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【後】噂話

 『殿下がとうとう一線を飛び越えた』


 そんな噂が、城中にじわじわ広まり始めていた。

 国中の娘達の憧れの的、国一番の遊び人とまで呼ばれたフォルカー王子が……とうとう女だけでなく男にまで手を出し始めた、と。

 相手は従者の少年。それも一見女性と見違えてしまうほど愛らしい姿をしているらしい。

 以前から夜更けに二人で城を抜け出す姿が目撃されていて、一部独特な趣味を持つ使用人(主に女子)からは黄色い声が上がっていた。


 彼女等からしてみれば今回の過保護すぎる看護は当然の流れであり、「いいぞ、もっとやれ」と大きな期待を寄せている。


(おいおいおい………)


 財務会議に出席するために出てきたフォルカーだったが、時折すれ違う使用人達のそこはかとない好奇な眼差しに、その意図を感じずにはいられなかった。

 まだ好意的に受け取る者達はいい(いや、ほんとは良くない)。

 会議室に入るとき、いつもにこやかに挨拶をする顔見知りの衛兵が目をあわせなくなった。


(いくら俺でもそこまで節操無しじゃねーって)


 でもその隣にいたもう一人の衛兵は、少し頬を紅潮させて微笑んだ。


(そのアピールいらねぇえええぇぇ――――――――――――っっっ!)


 出来ることなら奴の胸ぐらを掴み、前後に激しく揺さぶりながら「そんな趣味ねーよ!!ド阿呆ッッ!!」と怒鳴りつけてやりたい。

 引きつり笑いで返しながらも、頭痛がしてくる。

 大臣達の耳にも入っているのか、会議室はいつもよりざわついているような気がした。……いや、自分が他人の目を気にしすぎているせいか?


 こうしている間にもまだ傷の癒えぬ阿呆従者が、衛兵のいない窓から抜け出しやしないかも心配だ。あいつならやりかねない。

 捕まらない犯人、限度を知らない従者とこの噂……。重なる気苦労に白髪でも生えてくるんじゃないだろうか。


「――――殿下、私の言葉が聞こえていらっしゃいますか!?」

「!」


 次官のフィシャベの声にふと我に返った。気がつけば会議は終了間際。最後の議題に入っていた。ぼうっとしていたらしい。

 フィシャベは少年のように正義感に溢れた男であるが、時々熱が入りすぎて回りが置いて行かれる時もある。どうやら今回は税の取り立て方に不満があるようだ。


「前々から申していた通り、貴族連中に気を遣いすぎです!裕福な者から多く税を取るのは当たり前のこと。ダーナー殿も殿下も、何故もっと厳しく取り立てをなさらないのか……!民の中にはボロ切れのような服で日々を過ごす者も少なくないのですぞ!」


 ふむ……と足を組み直し、フォルカーはその口を開く。


「お前の言いたい気持ちはわかる。恐らく民の中にもそう考える者も少なくなかろうな」


 ただ遊ぶためだけに城を抜け出しているわけではない。国民が普段の生活を送っている道を同じように歩き、彼らの顔を見る。物の相場をチェックし、酒場に出入りしている人間を見る。常連連中の話は特に重要だ。彼らは異変があればすぐに気がつき、酒の肴にする。

 ……それでも一番盛り上がるのは、嫁や王族貴族への悪口と泣き言だが。


 こんな家に生まれたせいで自然と目につくようになったことだってある。

 以前ポルトと出かけた時、人混みの中であるご婦人を見つけた。晩餐会に時々現れる顔見知りの方で、確か西へ遠征させたこともあるハルト騎士団の副団長の妻とその侍女らしき娘。悪い噂は聞いたことは無いが、じつは彼女もこっそり息抜きをしていたということだろう……と、そんなことを思っていたら、懐から何かを出し質屋の顔色をうかがっていた。


 帰りにポルトとその店先を覗いてみると、飾られていたのは庶民の生活とは無関係な軍事功労勲章の記念指輪。磨けば光る銀製だ。デザインからみて十数年以上前のもの。既に亡き先祖の物を売ったようだ。


 貴族連中が行き交う場所ではすぐに足がつくので、こんな場所を使ったのだろうが…騎士の親族が名誉の証を金にするなんて、やはりまだ戦後からの完全復旧とはいかないらしい。


「……今、彼らの財産を取れるだけとってみろ。横暴な搾取から逃れる為に人と財が国外へ移動を始める。そこで行われていた営みは途絶え、働いていた者達は職を失う。本来入るはずだった税収は無くなり、民には更なる貧困が襲いかかるだろう。下手をしたら北のスキュラドのように反乱すら起こりかねん。目先に捕らわれ事を進めれば、取り返しのつかぬことになるぞ」


 そもそも騎士団とは家督や満足に領土を継げなかった貴族の子息達でその殆どが構成されている。城で生活が出来なくなったら一族の争いの種になる。それに貴族達の反感が高まれば内務だけでなく軍務も内部から割れ、外から攻められるよりも深刻な状況にもなりえる。何事もバランスが必要なのだ。


「…そ・それは……………」

「民に足りないものは雇用し自身等に作らせれば良い。利益が上がったら、しばらくは労働環境の向上に人と予算を付けよう。そうすれば民は喜び更に働く。国も潤う。正教会に寄付させたっていいしな。どうだ、悪くない案だろう?」

「は…はい、確かに…。しかしそう簡単にいきますでしょうか…?」

「勿論、必ずそうなるとは言い切れん。だからといって何もしないわけにもいかんしな。もともと経済なんていつの時代もそんなものだろ」


 無いものは無い。補充をするには自ら生み出すか余所から奪い取るしかない。戦争という手段が取れないのだから、今とれる方法はこんなもんだろう。


「……ダーナー殿、貴方はどう思います?」


 フォルカーが横に座る男に視線を移す。

 『何日で復帰出来るか!?』という使用人達の賭け、結果は四日間だった。今日は無事にここまでたどり着けたダーナー公が、書類に書かれている数字に目を通す。


「そうですね……、このままいけば現状からかけ離れるほど悪い状況にはなりますまい。……コホッ。何かあれば方法にこだわらず柔軟に対応すれば被害も大きくはならないでしょう。幸運にも今年は麦の育ちも良いようだし、来年の春には畑の面積も増やせそうだ。私は殿下の案に賛成です」

「『柔軟』か……。あまり国庫をつつかないでくれるとありがたいですな、ダーナー殿」

「民があってこその国ですからな。いざという時は殿下の『お楽しみ』も減らして頂きますよ。……ということで、どうかな?フィシャベ殿」


 ダーナー目元が優しく微笑み、つられた次官が恭しく頭を下げた。


「はい……、そういうことでしたら……。申し訳ありません、出過ぎた真似を……」

「フィシャベ、お前はすぐそうやって熱くなるが…私はそういう所、嫌いじゃない。今までとは違った角度で物が見えるようになるからな。また何か思うことがあったら、今日のように言ってくれると助かる。その為の会議なんだから」

「殿下……、勿体ないお言葉です」


 ダーナーの助けもあり、スムーズに会議は進んだ。

 予定よりも早く終わり、皆嬉しそうに部屋を後にしていく。


「あ~~………」


 一方、フォルカーは椅子にもたれ、音にも似た声を出す。ポルトの世話(ちょっかい出し)で寝不足気味な日が続いていたし、少々疲れがたまっているのかも知れない。あの熱苦しい男の話をあと十分も聞いていたら、多分花瓶を投げていた。


「殿下、随分お疲れのご様子ですね。先ほど場を仕切られていたお姿とは大違いですな」


 声の方に視線を向けると、ダーナー公が困ったように笑っていた。


「フィシャベは母親が平民の出。ある程度は仕方ないでしょうな。それにしても先ほどはありがとうございました。今日はお身体の方は如何ですか?」

「ええ、ここ最近は落ち着いております。陛下にあんな事件が起きた時だというのに……申し訳ありません、殿下」

「とんでもない。こちらこそ随分とお力を貸していただき、助かってますよ。貴方がいなければ、こんなに早く国を立て直すことは不可能だった」

「いえいえ、少しでも陛下のお力になれるのであれば、これ以上光栄なことはありません」


 ワインレッドの口ひげ、髪と同じ色の瞳が穏やかな印象を与える。レース金刺繍に飾られた樺色の上着に手を置きながら、フォルカーに一礼した。


「お国の一大事ゆえ、クラウスにも手伝うようにと言ってはあるのですが、大聖堂に入り浸ってろくに家にも帰ってきませんし、剣術の鍛錬もさっぱりです。親の私に似て、運動神経などまるで無いのかも知れませんな」

「豊穣祭の時は立派な司教に見えました。司祭達は「彼は市民の話を良く聞き、人気がある」といっていましたし、彼は彼なりの方法でこの国のために尽くしていますよ」

「私は陛下や殿下のように剣で何かをするということは苦手で……。戦では直接お手伝いすることもできませんでしたし、先日の陛下襲撃事件でも、ただただ聖堂の柱の影に隠れて震えているのが精一杯でしたよ。いやはや、なんともお恥ずかしい……」


 現場で倒れられても困るので、むしろそっちの方がありがたい……ということは、フォルカーの胸にそっとしまっておくことにした。


「とんでもない。貴方にもしものことがあったら国の今後に関わります」


 ついでに言うなら使用人達の余興も減ってしまうし、医者連中は流行病の発見が遅れて困る。


「ああ、事件と言えば……、見事陛下をお守りした兵士、彼は怪我をしたと聞きましたが、その後容態は?私よりも深刻だったと聞きますが……」

「ああ、彼は私の従者です。大事を取って今は安静にさせていますが、本人は早く職務に戻りたいと言ってます。元気に過ごしていますよ」

「それは結構。戦は勇猛果敢な者から死んでしまう。身を挺して主を守る、彼のような人材は貴重です。マテック殿は良き兵を雇われましたな。殿下もさぞ心をお許しになっているようですし」

「ええ、まぁ……そうですね……。一応私付きの従者ですし……」


 言葉の端に嫌な気配を感じた。

 それに反応したようにダーナー公は身をかがめてそっと耳打ちする。


「使用人達に聞きましたぞ?心を許せる相手がいるのは良いことですが、おおっぴらにするほどのものではありますまい。よからぬ噂が定着する前に改めなされませ」

「……よからぬ噂って……」


 それが何を指していることなのかはわかっているが。


「べ・別にやましいことは何も……」

「王族の直系である殿下には例の“縛り"もございます。その気がおありでしたらそちらのたしなみは後にして、一刻も早く良き姫君とご結婚なされば良いでしょう。陛下も喜ばれることでしょうし。ああ、幼馴染みのエルゼ殿など、ご身分、年齢的にも丁度良いのでは?」

「は……?」

「彼女は心身共に健康ですし、世継ぎにも困ることはないでしょうな」


 ダーナーは孫を期待する祖父のように顔をほころばせる。

 反対にフォルカーは思わぬ提案の思わぬ人物名に、ただ愛想笑いを返すしかなかった。



この人(殿下)、いつ仕事してるんだろう…と思って書きました。

ちょっとくらい書いておかないと、ただの遊び人になってしまう……(笑)

次回はネタ小話になります。

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