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カールトンの場合【前】

 糧を得る為に働く。眠る。食べる。そしてまた新たな糧を得るために働く。

 人生とはその繰り返しだ。

 特に好き好んだ娯楽もなく、生きているだけの生活を長く送ってきたカールトンだったが、今回の任務中は珍しく多くの女性と話をする機会があった。その殆どがダーナー公に挨拶に来る客人や、裏に別の目的がありそうなメイドばかりだったが、一人だけお守りをさせられたことがある。

 指輪を盗み出した夜、ウルム大聖堂でうずくまったまま動かなくなってしまったシュミット家の令嬢エルゼだ。


 王太子であるフォルカーに「部屋まで連れて行くように」と命じられ応じたが、エルゼの部屋ではどれだけフォルカーに想いを寄せていたのか一晩聞かされるハメになった。勿論意見は求められていない。逃げる隙も与えられず、ただただ頷くだけの一晩だった。


(女とはよく喋るものだ。よくも話題が続くものだな)


 最後にエルゼが力尽きるように眠りに落ちた時もそう思った。

 取り乱してもその美しさが陰ることはなく、これが生まれながらの《高貴》というものなのだろう。肌でそれを感じた。


 あの王子がポルトを手放した間、彼女は笑顔でいられたのだろうか?いつもの高慢そうな高笑いを響かせていたのだろうか?

 そして今、仲睦まじく寄り添う二人を前に、あの娘は何を思っているのか……。


(俺には関係のないことか……)


 春を待つ森の中、カールトンの長い黒髪で風が遊ぶ。今日は鳥の声もしない。足で踏む落ち葉の音がサクッサクッと聞こえた。

 暫く行くと、所々ヒビの入っている古い壁が見え始めた。目的地だ。事前に教えられていた通りの方角へ進むと木の扉が石のように静かに佇んでいる。


「――……」


 氷のように冷え切った扉に手をかけ中を覗くと、そこは何かの木が綺麗に並んで植えられている庭……。果樹園のような場所で、一人背を丸めて木製の柵を直している男がいる。

 黒い修道服は土汚れで裾が白くなっている。人の気配に気がついたのか、男が立ち上がりパンパンと手の泥を払う。


「やぁ、いらっしゃい」

「………」

「やだなぁ、そんな顔で見ないでよ。私だって大聖堂に所属する修道士なんだから、壊れた場所の修理くらいするさ。ただでさえ人手が足りないんだから」


 いつものにこやかな笑顔を浮かべたのはクラウス。公爵家出身であり、ダーナー卿が死去した今この国の第二位の王位継承者。

 このウルム大聖堂では司教という身分の高い立場にいるはずなのに、薄汚れた格好で金槌を持つ姿はまるで小姓のようだ。


「約束の時間通りだね。来てくれて嬉しいよ。奥に休憩所があるから中で一杯お茶でもどう?」

「余計なことはいい。要件だけ済ませろ」

「あれ?うちのお茶、美味しくないって殿下に聞いちゃった?」


 首をかしげるクラウスは無視することにした。


「じゃ、せめて風除けのある所まで移動しようか。流石にここで長話をすると風邪ひいちゃうからさ」


 そう言うと、庭の奥にある小さな小屋へと案内される。

 いつからここに建ってるのだろうか、壁として打ち付けられている板からは完全に水分が抜け、色も黒く変わっていた。中には園芸用品が置かれていて、そこが納屋に近い何かなのだろうとカールトンは察する。


 クラウスは転がっている木箱を拾うと四方の埃を払い縦に置く。それを二つ用意すると、片方に腰を掛けた。「君もどうぞ」というように手を伸ばし、クラウスに促す。


「最近どうだい?殿下の話だとガジンの所にも通っているそうだね」

「……あいつには借りがある。それに俺の知らない知識も豊富にある場所だ。荷物持ちで付き合いながら、色々話を聞いている」

「ガジンは趣味が多いから、知識も深い。付いていくには良い師だと思うよ。……もしかして今後も彼の元で?」


 その問に、カールトンは首を振った。


「――……。ここは悪くはない場所だ。しかし馴染まない。俺の居場所ではない。お前の言う『書き直されたシナリオ』で俺に任された仕事は終わった。そろそろ出国しようと思っている」


 相変わらずぶっきらぼうな言い方にクラウスは笑う。

 

「まぁ、今までの生活を考えると…そうなるか。そもそも君は安穏とした未来を望んでいたわけじゃないし、馴染まないのもわかるよ」

「……」

「本当に君って野生動物みたいだよね、あっはっは」


 カールトンとは違う脳天気そうな司教の口調。


「ポルトはどう言っているんだい?せっかく会えたのに…寂しがるんじゃない?」

「あれにもう俺は必要無い。俺がここにいる意味はない」


 『家』である教会が焼け落ちた日、幼き日の自分はあの娘を燃え盛る炎から逃した。それは誰に頼まれたわけでもなく助けた命。しかも彼女はその後も生き残り、再び目の前に現れた。

 奪い奪われることしかなかった人生の中で、あの少女は自分の正の部分を具現化した証拠だとも言える。

 その事実は何処か胸中で淡く異質で白い光を放っていて、これから先の未来もあの娘にとって穏やかであれと思う。


「必要ないなんて言ったらポルトが可哀そうだよ。いつだって君のことを心配しているんだから。きっと君の為なら火の海の中でも飛びこんで行くだろう。殿下がいらっしゃらなければきっと……」


 その先の言葉は飲み込んだ。


「まぁ、ありもしない『もしも』の話なんて、君にはつまらないだろう。さて、では本題に移ろうか」


 クラウスはそういうと立ち上がり、待っててねと一言置くと小屋を出ていった。

 しばらくして再び扉が開く。


「――……おや」


 顔を覗かせたのはクラウスではない。

 目深に被ったローブに隠れた顔。その出で立ちには覚えがあった。


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