そして伝説へ
―――『最果ての地で眠り続けていた娘が、王子の愛で目を覚ました』
村は御伽話のような噂で持ちきりになり、それがファールンの王子と元兵士だとわかると、更に人々は沸き立った。
戦場では国を守るために剣をとり、戦が終わると暗殺者の手から国王を救い、こんな辺境の村をも悪党の手から救った。
しかもその少女は野盗を討ち取り得た金品を自分の懐に入れず、復興資金として村人に分け与えたそうだ。
王都から来た衛兵が言うには、あの黒き神の滴とも言われるネドナの毒すらその生命を刈り取ることを拒むのだという。
身分を問わず、貧しい者達にも手を差し伸べる娘は『ファールンの戦乙女』、『指輪の愛子』などと、本人の意志・本性を全く無視した所で着実にイメージ像が造られていった。
このファンシーな噂の主な犯人は、「せっかく有名になったのだから、これをネタに観光地化できないか?」と思い立った宿屋の夫婦。そして村に活気を取り戻したい周辺住民で結成された観光協会の皆さんだ。
きっかけのひとつとなったものには、こんな出来事もあった。
まだ続く冬の季節に新しい収入源を確保すべく、思案していた大人達の前で起きたちょっとした事案。
野盗から助けて貰った礼をしようと村の娘達がポルトのいる宿へ訪問した時のことだ。
入り口にいた艷やかな黒髪の近衛兵…モリトール卿に「何の用だ?」と呼び止められた。娘たちはアメジストのような瞳と視線があうと「私達…この宿にいる子に差しィイケメェエンッ!?」と叫び、半数がよろめきながら来た道を戻っていった。
差し入れに問題がないことがチェックされ、家の中へと通された生存者。
開かれた扉の先に現れた仰々しい程の警護に少し身体を強張らる。中にいる者達に失礼が無いように頭を下げ――……
「し・失礼致しィイケメェェンン!?」と玄関で叫んだ彼女達の前には、案内役として現れたローガンが不思議そうな顔をして立っていた。
戦線を離脱した仲間達の分まで荷物を手にした極少の生存者は、室内へと迎えられる。
ロビーにいた宿主の見慣れた顔になんとか平常心を取り戻し、本来の目的を遂げるべくあの金髪の少女がいるらしい部屋の前に立つ。
数度のノックの後に開かれた扉。その瞬間、氷の季節とは思えない…なんとも芳醇な薔薇の香りが漂ってきた。
ドアノッカーに手をかけながら現れたのは、ポルトの代わりに対応に出てきた白き神の御使い……白銀髪の青年。
乙女達の時が止まる。
雪のように白い肌は高級なドールにも似ていて、深い海を思わせる蒼い瞳は光を放つ宝石のよう。整った目鼻立ちは、教会に飾られた天使の肖像画ですら遠く及ばない。
天の御使いは「おや、可愛らしいお嬢さん達だ」と潤やかな唇で優しく微笑む、と、同時に歓喜の金切り声を増幅した絶叫が起き、持っていた荷物は全て床に落ちた。
余談だが、突然の不幸に見舞われ悲しみにくれた村人の為、広場に簡易的な祈りの場が設けられていた。
神の言葉に救いを求めた村人達は高貴な血を引く聖職者の前で膝を折り、祈った…が、時折「司教様……、どうか我々を救ィケメェェエェェーーーン!?!?」という声が上がっていたそうだ。
そんな光景の数々を前に、観光協会では一計が案じられた。
王子が連れてきた衛兵達のおかげで村の復興は驚くほど早く進んだし、ポルトから「壊れた所の修繕費とかっあのっなんか色々使ってくださいっ(大照)」と渡された寄付金は十二分に余っている。
王子一行が引き上げた後、その資金を元手に『愛の奇跡が起きた場所』として村を大々的に宣伝し始めたのだ。
宿屋に泊まればどんな難しい恋愛も成就するとか、王子様のような彼氏が出来るとか、イケメンの親類が現れるとか、見目麗しい騎士様と出会えるとか、剣が上手になるとか、安産になるとか、お金が拾えるとか、考えられる可能性を欲望が浮かぶまま全て盛り込んだ。
宣伝は旅人や吟遊詩人達の口から口へと語られ、国内はさることながら国外へもにわかに広まるようになる。
そして効果は爆発的に現れた。運命の人を求める若い女性達が中心となる観光客の獲得に成功したのだ。
村までの道は多くの人々に踏みならされて平らになり、宿に泊まれない客のために食堂や茶屋、他の宿泊所等も次々に作られ、それらを支えるために多くの物資が行き交うようになった。人の目が増えたせいか野盗も減り、周辺の治安は格段に上がった。
丹精込めて作ったお土産は、冬の収入源として桁外れによく売れた。
一番人気なのは勿論恋に効くお守り。そして銀髪の見目麗しい男神が描かれた宗教画だ。
また、王子がつけていた指輪(という噂)のレプリカなんかもよく売れているらしい。ポイントは誰も本物を確認したことがないので、販売店舗によって少しずつデザインが違うところだろう。
観光客は好みのものを笑顔で選び、未来の夫を想像して鼓動を高まらせては村名物の聖女クッキーを頬張った。
活気に溢れた村を見て、白ひげの村長はこう語る。
「2年に一回位やってくれんかのぅ……」
 




