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願い-2

『――……。死を目前にしたヨハンの気持ち…わからんでもない。ウルリヒもきっとそうだろう。だから厳しい処罰は与えなかった。……最期を悟ると残された者のことを考えてしまうのさ。自分がいなくなった世界で愛する者のために何を残してやれるのだろう…とな。形振り構ってられなくなる。お前も子を持つようになればわかるよ』

「……っ」

『それで、お前の望みは遂げられたのか?指輪に人の心を変える力はない。全てあの娘の意志。お前の知りたがった〈事の真相〉であり〈彼女が隠していた全て〉だ。満足したか?』

「……そう見えましたか?」

 

 フォルカーの問いかけに母は意地悪そうに口角を上げる。


 ――ポルトの気持ちは痛い程わかる。


 無理を押して一緒になっても、何かの拍子に彼女が苦境に立たされる時が必ず訪れる。

 苦境…それは本人に向けられた貴族連中のやっかみや嫌がらせだけとは限らない。


 戦時中や王不在時には王妃が執政を行い、城だけでなく領地を管理する役目を担うこともある。

 一歩判断を違えれば彼女が一番危惧したことも起きてしまうだろう。

 そんなことになれば、彼女はまた自分自身を激しく叱責する。

 心を凍らせる位では終わらないかもしれない。

 外の世界を、そして城の中の世界を見た彼女だからこそ、嫌というくらい現実的な答えを出した…その結果が今なのだ。


「ッ……」


 わかっている。

 わかっているが……喉奥で黒い固まりが引っかかって、飲み込むことが出来ない。

 今度こそ演技でもなんでも無く、彼女は自らの意思でこの手から離れていったというのに。


 シュテファーニアは、苦悩と葛藤で頭を垂れるフォルカーを見ていた。


『お前なら他にいくらでも相手が見つかるだろうに、随分とあの娘にこだわっているんだな。彼女の境遇に同情しているのか?』

「そういうわけでは……っ」

『中途半端な情けは互いを傷つけるだけでは済まんぞ。似たような境遇の者はこの世にいくらでもいる。それは千年時をさかのぼっても、千年時が過ぎても変わることはない。ウルリヒも言っていただろう?あの娘が特別不幸だったわけではない。たまたまお前の見える場所にいただけの、何万人、何億人のうちの一人に過ぎん』

「……っ」


 その言葉は嘘の欠片もない真実だ。


「――……。この広い世界で、そういった歪な社会が出来てしまうことは仕方のないことだと……理解はします。が、どうしようもない胸糞悪さを感じずにはいられません。そんな場所にアイツがいたことも含めて」


 本来なら出会うはずなど無かった別世界の相手。選ぶはずもない相手だった。

 結ばれない運命だったなら、何故指輪は彼女を選んだのか?

 この出会いに何か意味を持たせていたと?


『無論。故に、あの娘はお前に望みを託した。規模は小さいながら、お前は娘の前でそれをやってのけた。どんなに弱く小さな者でも見捨てるような男ではないと……娘はそう思っただろう』

「やってのけた?……もしかして、あの教会に居た子供達のことですか?」


 自分は子供達を集めただけで最後は母の力では?そう訝しげな表情を浮かべるフォルカー。


『剣をぶん回すだけならごろつきにでもできる。王に必要なのは鉄の力ではない』

「――……」

『時にはそれも役立つこともあるだろう。こんな世界だ、否定はしない。しかし鉄を…剣を使うのはことの最後だ。そうだろう?』

「はい……」

「王として真に求められるのは鉄を使わない力。そして臣民が望むのは皆を守り慈しみ導く力だ。傷ついた幼子を腕に抱くお前を見て、娘は安心しただろうさ。……しかし、これからお前が対峙するのは辺境のあんな小さな教会ではない。ファールンの広大な領地、そしてそこに住む多くの民だ」

「はい……」


 母の言葉の意味はわかる。そもそも王族の婚姻は国をより強固にするための手段だ。何の財産も後ろ盾も無い彼女を選ぶことはその利を全て捨てるということであり、個人的な満足以外の何者でもない。


『あの娘の望みは手強いぞ』

「――――……」


 右手を見た。

 指にはまっている指輪からは禍々しい空気は消え、白く優しい光を宿している。

 謁見した夜にポルトの唇が触れた指輪。何も知らない彼女を受け入れた時も、指輪は優しい光を放っていた。


「……そうだな、リガルティン」

 

 そうつぶやき、フォルカーは顔を上げる。


「……何事も楽な道を選ぶのは容易い。しかし…長く安穏とした道はあまりにつまらない。そう思いませんか、母上」

『………』

「私は次代のファールンの王です。いざという時に折れた男より、『私は諦めなかった。だからお前達も諦めるな』、そう言える男の方が断然格好いい」

『まぁな』

「はっはっはっ!……だから手に入れますよ、全て。彼女も、この国の未来も。貴女と父上の血を継いでいる私が出来ないわけがない。そう思うでしょ?」


 にいっと口角を上げる。その笑い方は母親にそっくりで、シュテファーニアは一瞬驚いた顔を見せたがすぐに息子と同じように笑った。


『やれやれ……、ウルリヒが泣くな。またこめかみを押さえてうなだれるぞ』

「何を。貴女を失った時に彼の涙は枯れました」

『ふん、当然だ』

「伝えておきます」


 フォルカーは再び指輪に目を移す。


(さあ、迎えに行こう。ぼやっとしてたら他の男にとられちまうからな)


 応えるように指輪の光が強くなり、フォルカーの足先が白い光を帯び始める。次第に小さな光の球が現れた。それは徐々に数を増やしていき、ポルトの時のように花びらとなって宙を舞い始めた。


「お別れですね、母上……。お会いできて本当に良かった」


 顔を上げ、立派な青年へと育った息子を母親(シュテファーニア)は優しい眼差しで見つめる。

 フォルカーが七歳の時に離れ離れになってしまった。幼子を置いていくことになった母親の気持ちは言葉に表しようもない。子もまた同じだ。まだ母の温もりを感じ、手を握っていたかったろうに……。


『我が愛子……、本当に大きくなった。母は…お前を心から誇りに思う。リガルティンと共に、ずっと見守っているよ」


 立派になった我が子の姿というのは、こんなにも胸を満たすものなのか。愛する夫(ウルリヒ)は父親としての役目をしっかり成し遂げてくれたようだ。

 彼の妻になれて、この子を産むことが出来て本当に…幸せだ。

 白い百合揺れるように優しく微笑むと、再びあの白金の仮面が現れシュテファーニアの表情を隠した。


『さあ行け。ファールンの子、フォルカー』


 細腕から伸びる指先が柔らかく宙を舞うと、風に浚われるように花びらが一気に舞い上がり、フォルカーの視界を白く染める。


 まるで天地の概念すら無くなるほどの真っ白な世界。


 その眩しさに思わず目を閉じた。







「―――……!!」


 次に目を開いた時には辺りは一変し、最初にいた指輪の間…ウルム大聖堂に戻っていた。

 それに気がついた瞬間、急に重力がかかったような重さを感じてその場に倒れ込む。


「フォルカー……!!」


 クラウスが慌てて駆け寄る。彼の表情はフォルカーが指輪を使ったあの時と変わりなく、あの不思議な空間へ送られてから然程の時間も経っていないことがわかった。

 身体を支えるクラウスの腕をフォルカーはぐっと掴む。苦悶の表情を浮かべながらも口元には笑みが浮かんでいた。


「クラウス……!わかったぞ…全部……!俺が知りたいことは全部……!」

「――!?お…お前…!!その姿は……っ……!」

「全部……!あいつの……ば…しょ………」


 水を浴びせられたように汗が滲み出し、胃袋がひっくり返りそうなほど気持ちが悪い。体中を倦怠感が襲う。焦点の合わない視界はかすれ始め、クラウスの声は段々遠くなっていく。


「あ…いつ…の……」


 薄れていく意識の中、瞼の裏に緑の草原を見た。狼達の森だ。

 秋風に柔らかくなびく狼達の毛並みと、その隣には膝を抱えている彼女がいる。

 いつものサーコート姿で…本当なら今も隣にいるはずだった。


「ポ……チ……!!」


 幻とわかっていても手を伸ばしてしまう。触れたい。彼女を抱きしめたい。もし会えるのならば身を滅ぼしても良いと思うほどに。

 黒い霞がかかったかのようにどんどん視界は狭くなる。それでも中心に彼女の像を捉え這いずるように腕を動かした。

 ふいに少女の口唇が動く。


 ――『この世界にはいっぱいいっぱい人間がいます。いつかきっと……私の全部を好きになってくれる人が見つかりますよね』


 それは昔の記憶。

 まだ陽の光の中にいた彼女が告げた、結晶のように純粋な思い。


(ああ……。ここにいるよ。待っていてくれ。必ず迎えに行くから――……)


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