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青い空の下で-3

 フォルカーは痛い程鼓動する胸を押さえ少女に問う。


「なぁ……、牢の前で俺と父上のこと大罪人だって言ったよな?俺達のせいで沢山の国民が死んだって……。それも…やっぱそれも…本心だったのか?」


 その言葉にポルトは首を振る。


「以前ローガン様に『胸につかえていることがあるなら、言える内に言っておいた方がいい』と言われました。本当にその通りだった。……殿下、酷いことたくさん言ってごめんなさい……。本当に本当に……」

「……俺たちのこと、やっぱり恨んでるか?」

「――……。少しも考えなかったわけではありません。知らない場所で顔も名前も知らない者同士が傷つけ合うことに疑問を持っていたのは本当です」


 戦場で剣を振るう者、振るわれる者、きっと町で普通にすれ違っていたら目すら合わせなかった。

 なんでそんな相手と殺し合わなくてはいけないのか。

 剣を交え倒れた者達にも、愛して待っていてくれる家族や友人がいただろうに。


 この惨劇を引き起こした原因は何か、少女は考えた。血と煙の臭いでむせ返るようなこんな場所で、何故皆が望まぬ剣を振るっているのか。誰の為なのか。これをすることで一番有益な人間とは……。

 そして行き着いた答えが牢で出た言葉だったのだ。


「でも、今の私は、殿下や陛下がそういうことを望んでいたわけではないと……戦いを好むようなお二人ではないことをよくわかっています。戦は待ってはくれない。剣を持たねばならない時もある。身勝手な上官に振り回されて壊滅した隊も多いのですから、ファールンの指導者がお二人でなければもっと沢山の仲間を失っていたでしょう。でも、真実をまるで含まない嘘は、貴方にはわかってしまう。そうでしょ?」

「……っ」


 それは二人でいた時間の長さ。言葉を交わさずともお互いによくわかっていた。


「じゃ…じゃあさ、ポチ……嫌いじゃなければ」


 ゆっくりと歩を進めてポルトの正面に立つフォルカー。自分の姿を金色の瞳に映す。


「俺のこと…好きか?」

「!」

「国のこととか、昔のこととか、そういう小難しいことは関係なくて。もし俺達がどこか別の時代の別の国に生まれていたとして…もし同じ身分の人間だったら……?お前は…俺を望んでくれたか?」


 少女が息を飲んだのがわかった。その視線は一度胸元まで下がり、何処か遠くを見る。

 緊張と不安がフォルカーの手に拳を握らせた。

 ここまで歩いてきた彼女の人生を思えば、どんな結果が出た所で責められるはずもない。

 少女はふと顔を上げ、少し怒りを滲ませつつも複雑そうに唇を尖らせた。


「バカ。今も、ですよ」

「――……っ!」


 フォルカーの驚いた表情につられて、一瞬少女が微笑んだような気がした。しかしすぐに口唇を噛んだかと思うと、みるみるうちにまん丸い瞳は三日月のようになり、言葉と一緒に押し出された涙が零れそうになる。

 かすかな声すら漏らすまいと力が入った。


「ポチ……」


 自分のそばでやっと葉を広げた表情だ。

 この涙はどんなに広い領土よりも、どんなに大きな金よりも、ずっと…ずっとずっと価値のある存在だと感じる。


「私……殿下が好き」


 白い喉が熱を持ち呼吸も早くなる。歯を食いしばるように一言一言を絞り出す。


「でも…皆のことも好き。だから、守りたい。本当に大切なんです。皆、大切だから…守りたい……」

「――っ……」

「もう誰も、私みたいにならないで良い……!!」


 小さく震える声で。熱のある息で。噛みしめるような言葉で。手を濡らす涙でわかった。

 これが彼女の根底にある行動の源なのだ。

 汲み取るようにフォルカーは答えた。


「ならないさ。俺と父上がこれからもっともっと国を強く良くする。皆も一緒だ。人間一人に出来る事なんてたかが知れてるもんだ。でも二人なら…三人なら、四人なら、もっと沢山いたら…出来ることはもっともっと多くなる。そうだろ?」

「………」

「一人でここまで来たわけじゃないんだ。お前が願えば、きっと叶うよ。今度こそ本当に」

「――……!」


 何故かその言葉にポルトが反応する。


「……私を引き止めた人が…あの女性(ひと)が同じことを仰っていました」

「引き止めた……?」

「出奔の前日の夜……。星がキラキラしてて、とても綺麗で……。でも…それを貴方と一緒に見ることはこの先ずっと無くて。もう…貴方の事を想うこともできなくなって。貴方に出来ることは何もないんだって…そのことに気がついた。そしたら…すごく胸が痛くなって……。辛くて…悲しくて…寂しくて……。ああ、またこの痛みに苦しめられるんだ。だったらもう全部消してしまおうって……」

「全部消すって…お前…それで鈴が……!?」

「まるで眠りにつく直前のような気持ちで…もう何もわからなくなってきた時にあの女性(ひと)が現れたんです。そして『自分と皆を信じろ。そうすれば、二度と心を凍らせる必要など無いことがわかる』って……」

「――……!」

「あれは王妃様だったのですね」


 いつまでも追いかけない(むすこ)にしびれを切らしたのだろうか?どうやら先に迎えが行っていたらしい。


「私の記憶はそこで終わっています。そのまま外で凍死していなければ、私は生きているのかもしれない」

「今どこにいる?」

「……っ……」


 その質問に、ポルトは視線を外した。



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