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指輪の見せた世界-6

 誰かを救いたいと思う気持ちも誰かを貶めたいと思う気持ちも、同じ欲望だ。

 ならば、何も望まないことこそ、この世で崇高とされることではないか?


 ポルトの足下に黒い影がうごめいた。

 湯が沸きだつようにポコンと黒い水滴が上がり、中から生まれた小さな手がブーツを掴む。


「――……」


 半分爪のはがれた傷だらけの小さな手。

 ポルトは影に剣先を押し当てたまま、その腕を掴んで思い切り引き上げる。引き裂かれた影。悲鳴を上げる。無惨に散る塵と変わっていくそれは最後に小さな手になった。

 何かを探すようにゆらゆらと揺れながら溶けていく。


 最後の一欠片を消える様を、フォルカーは拳を握りしめながら見つめていた。


「……そいつも……なんか言いたいことあったんじゃないのか?聞いてやる位はしてやれただろ」

「聞いてどうするんですか?影達が言いたいことはわかっているでしょう?キリがないです。五体満足なその身体をくれてやるつもりですか?それとも貴方が父親になるおつもりで?」

「は…?そ・そんなことは出来ねぇ…けど……!」

「じゃあ、黙ってて下さい」

「!」

「お気持ちはわかります。でも興味本位で声をかけて、何も出来ないとわかった時どうするんですか?『頑張って下さいね』とだけ言って、そこに置いていくことしか出来ないのでしょう?……自覚も無く哀れな者を見下げる態度……そんなの鬱陶しいだけです。いっそ目も合わさず通り過ぎて行かれた方が何も感じずに済みます」


 声をかけてくれただけでもありがたいと、そんな風に考えるとでも思っているのか?

 己の惨めさを更に噛みしめるだけだ。その苦さはきっとこの男にはわからないだろう。


「お・お前こそさっきから偉そうなことばっかり言いやがって……!結局は諦めてるだけじゃねぇか!何か手があったかもしれねぇだろ!」


 行き場のない強い思いがフォルカーの心を波立たせ、その手にぐっと力が入る。

 さっきまであんなに恐ろしいと思っていた黒い影。

 今はその言葉を聞き、出来ることならその望みを叶えてやりたいとすら思う。

 勿論、全てを与えることは出来ないかもしれない。でも少しでも何か出来ることがあるかもしれない。

 まるで無意識に雑草を刈り取るようなポルトの行動こそ、非情に見えた。


「何も出来ねぇから死にますって…そう言ってるだけじゃねぇか!賛成なんか出来るわけねぇだろ!死んじまったら全てがお終いじゃねぇか!」

「はい」

「あん!?」

「全ての終焉。それが私達が自分の手で得ることが出来る唯一の救い」

「はぁ……!?」


 苛立ちを隠せないフォルカーが声を荒げた。

 まだ影に剣を刺そうとしているポルトの腕を掴むと強引にこちらを向かせる。


「!?」


 振り向いたポルトの顔…目は釣り上がり今までに見たことの無い程の敵意を見せていた。

 それは今まで見せたことのないほど…まるで別人と言って良い。 


 ゆっくりと開いた口で強く噛みしめるように少女は声を吐く。


「全ての終焉 が 唯一 の 救い」


 内に抱いていた怒りを現したとでもいうのだろうか?

 そう思った次の瞬間、フォルカーの思考は止まった。


『――これだから白き神の教えは無力だというのだ!愚かなファールンの血族め!!』


 変わっていたのは表情だけではない。

 その声まで…聞いたことのない男のものが重なっているようだった。


「な……」


 フォルカーは思わず手を離し身体を引く。

 不安を表すかのように周囲の空気に冷気が混じり始めた。冬のような冷たい筋のような風が刺さらない矢のように感じられる。

 瞬く間に曇天がその濃さを増し陽の光を奪っていった。世界が闇に侵食されているかのようだ。

 

 前のめりの体勢のままポルト…いや、ポルトのような何かが立っている。

 フォルカーを追うように力の入った手を向け、金色の瞳に抑えきれない怒りを宿した。 


『産まれる術、器は全て等しくあるというのに、何故()の子らはこんな終焉を迎えねばならなかった……!?何故白き神の下僕であるお前は、大罪を貪りながらも硫黄と火の雨に焼かれずにいるのか……!?』

「お・俺が一体何をしたって言うんだ!?」

『何もだ!何もしなかった!汝も見ただろう!白き神の手は()の者達に伸ばされることは無かったのだ!汝が神の力を与えられながら何もしなかったように……!!』

「――っ!」


 言い知れない力に押され、一歩、また一歩と後ずさる。

 『影』達と似た雰囲気を持っていたが、まるで異質のものだということだけは本能でわかった。


 上空は暗く筋ほどの光も見つけることは出来ない。

 子供達の亡骸、廃教会の石壁が固く閉じ込めていた情念が燃え黒い煙となり、雲が渦巻いているようにも見える。


 探し求めていた少女(ポルト)の目には別の誰かの意志が宿り、立ちすくむフォルカーの姿を狼のような目で強く深く睨みつけた。気の弱い人間でなくとも腰が抜けそうになる。

 フォルカーですら剣を抜くことすら出来ず、未知の存在を目の前にして思考は乱れに乱れ、まとまる気配すらない。


 彼を叱責するその声は父のように低く、そして雷鳴のように響いた。


『強き者よ、汝達が何も望まなければ、彼の者等のような人間も生まれなかった……!強欲な人間の支配者!無知なる王子!無力な男よ!その罪は血を絶やすまで消えぬ……!!』

「……!?」


 ふいにポルトの足元の影がゆらりと大きくなる。フォルカーは我に返ったように少女の名を呼んだ。


「ポチ!?……ポチ!!目を覚ませ!!何だ…!?今お前の中に誰がいるんだ……!?ポチ!!しっかりしろ!!」

「――っ……」


 聞き慣れた主人の声に反応したのだろうか、一瞬視線が合った気がした。糸が切れたようにカクンと垂れた少女の頭……。しばらくしてゆっくりと上がる。

 ポルトか?まだ謎の男のままなのか……?フォルカーは剣を構えながら息を呑んだ。


「――殿………」

「っ!?」


 耳に届いたのはいつもの少女の声。


「ポチ……!俺がわかるか……!?」


 様子を伺いながら少女の元へ歩み寄ると細い肩を掴んで顔を見た。

 意識はあるようだ。……ただ、目はいつもと同じ春の陽のような金色をしているというのに、まるで冬の氷のように冷たい。


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