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指輪の見せた世界-3

 主人の危機を前に、少女は憎悪と怒りを込めた視線を影達に向ける。


「離れろッ!!」


 異質な存在を前にしても恐怖の欠片も見せることはない。猛る狼が牙を向いたような一喝は燃え上がる炎のようでもあった。

 その圧に押されたのだろう、影達は身体を微震させ怯えたように身をすくませる。

 一方、見知った顔を見て思わず肩の力が抜けたのはフォルカーだった。


「お前…今まで何処に……」

「殿下、ここから離れて下さい……!まだ彼らは諦めていません……!」


 緩みかけた空気を従者が引き締める。

 その言葉を合図にしたかのように地面から次々と黒い影が現れると、朧気な半身をゆっくりと起こし始めた。

 まるで死者が墓標から蘇るような様にフォルカーは息を飲む。そのうち一体が地面を舐めるように近づき、黒い手を伸ばしてきた。


 ―――ナン……デ……


「っ!!」

 

 それを見逃さなかったポルトの剣が影を切り裂く。

 甲高い悲鳴を上げなら姿は消えたが、違う場所からまた影が生まれ、フォルカーに向かってはいずってきた。

 諦めきれない…いや、諦めるものか、とでも言うように他の影達もつられて動きを大きくする。

 ポルトが他の影に気を取られている間にフォルカーの背中に飛びつき、人間じみた笑い声をあげた。

 

 ―――ハナサナイ!! ハナサナイ!!


 赤く鈍く光る目を細め嬉しそうに大口を開けた所を、ポルトの剣先が杭のように刺した。


「駄目だと…何度言えばわかる……!」


 血のような黒い液体のようなものを撒き散らし、骨があるのかどうかすらわからない腕をムチのように打ち付かせる影。そして声にならないあぶくを上げながらその姿を埃のような塵と化した。


 他の影を払いながらフォルカーの腕を引っ張ると身体を起こす。


「殿下、こちらへ!!」

「お…おう!!」


 松明もなく、真っ暗な通路を迷いもなく走り続けるがその間も影達の追跡はやまない。

 無慈悲とも言うほどに振り下ろされる剣。

 その度に影は塵になる。瞳から涙を流しながら。または世界を呪うほどの怒りや悲しみをまとわせて闇へと帰っていく。


 そんな影達を見続けたフォルカーがふいに口を開いた。


「ポチ……っ、あのおばけみたいな黒いのは一体何なんだ……っ?」

「今は黙って!舌を噛みますよ!」


 少女が足を止めたのは小さな部屋。そこへ飛び込むと扉を締めた。釜戸があるところを見るとここは調理場らしい。奥の壁には扉があったが、何故か封鎖するための板が打ち付けられている。


「調理場は外へ水を汲みに行くために出入り口が近くにあるものです。多分、これもそうでしょう」


 ポルトが足早に近づくと扉を調べ始めた。釘を打ち付けられた箇所は腐っている。隙間に指を滑り込ませて板を一、二枚剥がしていく。この扉さえ開けばすり抜けられそうだ。徐々に大きくなってきた隙間に、今度は剣を戸板と扉の間に剣をねじ込めるように入れながら、メリメリと音を立てて剥がしていく。しかしその後ろにあるドアノッカーは揺さぶっても扉は動かない。どうやら鍵がかかっているようだ。


「俺がやる」


 表情を歪めていたポルトの肩を掴んだフォルカー。

 蝶番に向かって力のこもった踵を一撃、二撃と蹴り込むと、錆びた金具が外れ扉が傾いた。と、同時に外の明かりが漏れる。地面にガリガリっと引っかかり完全に開くことはなかったがなんとか身体をねじ込められる程度には隙間が開いた。


「さ、殿下。くぐって……!」


 余裕のない声に押されフォルカーは身をかがめると転がるように外へ出る。その後に続いてポルトも飛び出してきた。……と思いきや、片足を影に掴まれてたのだろう、身体を強く地面に打ち付ける。


「ッッ!!」

「ポチ!!」


 ポルトは歯を食いしばり、雑草を掴むと力づくで身体を外へねじりだす。一緒にズルリと出てきたのはどこからか湧き出てきた影だった。曇天の下でその姿は黒い霧のように見える。

 涙で濡れた瞳が天を仰ぐようにフォルカーを見上げ、赤く開いた口が喉の奥から声を絞り出した。


『―――……マダ…ウゴケマス……』

「!?」

『――……モンダ…イ…アリ…マ…セン』


 雲の切れ間から淡く陽が差した。澄んだ水が汚れた泥を洗い流すように影を落とし、人の形を浮かび上がらせる。

 ……それは一人の少女だ。年は三つか四つ。まるでサイズのあっていない生成りのシャツは所々引き裂かれるように破れていて、周囲は赤黒い土気色で汚れている。それが血であることはすぐにわかった。


『――……だから…まだうめないで……。つれていって……』

「っ!?」


 栗色の瞳から溢れる涙が次から次へと土を濡らしていく。生え替わる歳でもないのに前歯は殆ど無い。虫の足のような細い細い指は黒く変色していて、肌は固くなっていた。細い細い枯れ枝のような手を伸ばす。


『つれて…いって……とぉ…さま……おねがぃ……』


 汗で髪がはりついた細い首。そこへポルトの剣先が押し込まれた。木の枝が折れるような音、そして「ア゛ッ」という音に近い濁った小さな悲鳴が上がり……、少女が再び動くことは無かった。


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