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指輪が見せた世界-1

 森を抜けるとしばらく上り坂が続いた。

 樫やモミの幼木を横目にしながら進むと、ふいに視界がひらけて平地が現れる。足元には比較的背の低い雑草が自由奔放に生えていて濃い草の香りがした。

 空は厚い雲が敷かれたように広がっていたが雪の気配は無く、肌に当たる風はさっきまで自分がいた場所よりも暖かい。

 少し視線を上げれば鋭角なシルエットを描く山脈が浮かぶ。どこか遠くから聞こえるのは水が流れる音……。きっと近くで川が流れているのだろう。

 赤い前髪をかきあげた。


(ここはファールン……なのか?)


 仕事で地方に視察に行くことも多いがここは初めて見る。

 縁を切り取ったような崖の上には古びた教会がぽつんと建っていて、半分朽ちた柵が申し訳ない程度に打ち付けられていた。屋根より少し高い程の木が数本、教会に薄い影を落とす。壁は漆喰の殆どが剥げるか土汚れで黒くなっていて、中には割れてごっそりと落ちてしまっている所まである。(ろく)な手入れなどされたことがないのだろう。


 とりあえずこんな体をなしていても教会は教会だ。中に場所を示すものがあるかもしれない。フォルカーは周囲に気を配りつつ、固く閉ざされた門の前に建った。

 見た目は廃墟のそれに近い。とりあえず真っ黒な扉を二三度ノックする。……しかし、中から誰かが出てくる気配はない。

 教会は自身の土地を持ってて、そこを耕すことで収入の一部を得ている。もしかして裏に畑や農園があり、そこに僧侶がいるのかもしれない。

 そう考えていた時、かすかな足音が聞こえた。それだけではない、「はい」という小さな声も。

 一度そむけたつま先をもう一度扉の前に戻す。


「俺はファールン王都から来た者だ。人を探している。この教会の責任者に会いたいのだが、扉を開けてくれるか?」


 不用意に明かしていい身分ではないので適当にはぐらかしてしまったが…怪しまれないだろうか?そんな心配をしているとしばらくして微かに扉が開き、数センチほどの隙間から覗く目に気がついた。


「……」


 その位置が低い。腰程もない背丈の子供が隙間からじっとこちらを見ている。ここに務める小姓だろうか?かなり警戒をしているようだ。

 確かに、見知らぬ大人の男が突然声をかけてきたら怯える子もいるだろう。性別を変える術もなくどうしたらよいものかと考えた時、ふとポルトと二人で街に出た日を思い出す。……以前、マキナの実を子供に与えていたポルトは腰を下ろしていた。自分もそれに習い、腰を下ろし目線を子供に合わせる。


「やぁ、こんにちは。訳あって名は明かせぬが、怪しい者じゃない。……と言って怪しまない者もいないか。うーん……そうだな……。家族みたいに大切にしていた人がいたんだけど、喧嘩しちゃってね……。飛び出して行っちゃったんだ。その人を探しているんだけど、ここに大人の人はいるかい?」


 恐怖心が少しでも薄らぐようににこりと笑う。見知らぬ人間との接見なんて星の数ほどこなしてきた。プロのそれと言っても良い表情の作りに一瞬止まった子供だったが、突然扉が大きく開いたかと思うと、先程までとは違い目をキラキラとさせて抱きついてきた。


「――おとうさまだ……っっ!!」

「は?」

「おかえりなさい!!おかえりなさい!!」

「ちょ…ちょっと待って」


 おや?効果がてきめんすぎてあらぬ方向に行ってしまったようだ。子供を刺激しないように優しく言葉を選ぶ。


「ほらほら、落ち着くんだ。俺にはまだ子供はいないよ。もしかして君のお父上は俺にそっくりな人だったりする?」

「おとうさまだよ…!しってるよ!みんながいってたもん!」

「どういうことだ?」

「ん!!」


 子供はフォルカーの手を握ると、教会の中へと走り出した。その身長差に中腰になりながらも、フォルカーは連れられるまま教会の中へと入っていく。


「――……ここは……」


 一歩入って感じたのは異様な暗さ。そして屋内に入ったというのに足元から小石を踏む感触がする。アーチを描く窓は何故か板で覆いがされていて、隙間から光の筋が差し込む程度だ。

 視線を落とすと床板が落ちている。すでに地表がむき出しになっていて、枯れた雑草で所々白くなっていた。

 奥へ進むほど強くなる異臭にフォルカーは表情を歪ませる。


「ここだよ、みんないるよ!」

「!」


 思わず鼻を覆いたくなるような臭いが立ち込めるその部屋は、この教会の主礼拝堂であろうと思われる場所だった。


「……っ……?」


 戸板から差し込む光でぼんやりと輪郭が浮かぶような人影は十数名分はあるだろう。突然現れた大人の姿に一瞬動きが止まるも、フォルカーが「や…やぁ、みんな」と一声発したのを合図に駆け足で近寄ってきた。


「とうさまだ!!とうさまだ!!」

「おとうしゃまぁ!!」


 壁に立ったままこちらの伺っている子供も多かったが、小さな子供達は足元に絡みつくように次々と集まってくる。


「おとさま、おれのことわかるっ?」

「おとーしゃま!だっこして!だっこーだっこー!」

「とうさま、わたしもだっこ!!」

「おとうさま!ぼくのおやつはっぱあげる!まぁるいはっぱのあまいやつ!」

「ま・待て待て!俺は違う…!お前達の父親じゃない…!」

「おとうさま!!おとうさま!!」

「うそだよ!!」

「うそつき!!」

「うそつき!!」

「うそつき!!」

「うそつき!!」


 一斉に始まる非難の声に弱り果てると、誰かが「黙れ!」と一喝。その声に殆どの子供が表情を一変させ身をこわばらせると壁まで身体を寄せた。


「……あ…ありがとう……」

「――……」


 その子供は他の子供に比べて背が高い。緩く編んだ三つ編みが腰まで伸びている。薄暗がりに目が慣れてきたのか、周りの様子が段々と見えるようになってきたようだ。


「……貴方は父では…ないのですか?」


 幼さを残すどこかかすれた声。肌は浅黒く、それが汚れのせいなのか生まれつきのものなのかわからない。


「君は…男の子か」

「……はい」

「俺はまだ結婚もしていないし子供もいない。……何故みんな俺を父と呼ぶ?」

「――……」


 少年は少し考えると別の部屋を案内してくれた。さほど広くない小部屋で壁には小ぶりの棚、中央に机が倒れているくらいで特に目立ったものもない。少年は壁を指さした。


「――……?」


 そこには三枚の絵画が飾られていた。大きなものをが中央に一枚、聖人を描いた宗教画だ。右には名も知らぬ神父の肖像画。着ている衣装から推測すると恐らくこの教会の関係者だろう。そして、指を刺された最後の絵には自分と同じ赤い髪、そしてエメラルドの瞳をした男が描かれていた。装飾品には王家を現す一角獣のレリーフが施されている。


「――…………」


 それは曽祖父であるレフリガルト王の肖像画。

 各自治体に一つは教会を建てるようにと指示を出し布教に尽力したと言われ、今はファールンの聖人として扱われている。


「父です」

「……どういう…ことだ?」

「……父だと…教わりました」

「誰に?」

「兄です」


 少年の話によれば、自分達はこの男の子供であったが我儘を言って父親を困らせ、ここに預けられているのだという。父の友人と名乗る男達が時折現れ仕事を指示していくそうだ。その言いつけを守り良い子になったと判断されれば許しを得られ、父親が迎えに来てくれるのだという。


「あなたは…とても似ている。だから兄妹達(みんな)は間違えたのだと思います」

「君はお父上に会ったことはあるのか?」


 その問いに少年は首を振る。


「もしかしたら赤ん坊の時には会っているかもしれません。でもここに来る時はまだ乳飲み子だったり、やっと歩けるようになった頃だったりするので…皆覚えていません。俺も。だから話ができるようになると、上の者が下に教えてやるんです」

「君達はそれで…ここに……?」

「父は…きっと忙しい方なんです。だから手のかかる時期の子をここに預けているのだと思います」


 少年は父の肖像を見上げた。

 フォルカーはその横顔をじっと見つめ続けているうちに…記憶のどこかにひっかかりを感じた。

 誰かに…似ている。

 「こっちへ来てくれ」、そう言って窓の戸板の隙間から漏れる光の下に少年を立たせると、よりはっきりと浮き出た陰影に息を呑んだ。


(カールトン……!?ってことは、ここは……ウィンスターなのか…!?)


 濃い肌色、青い瞳、面立ちは子供のそれだったが…面影はしっかりとある。少年はフォルカーの手元をちらりと見た。


「……その手に持っている葉、貴方は食べるのですか?」

「え……?」


 そういえばさっき子供に渡された丸い葉っぱを持っている。おやつだといっていたが……。


「それは慣れない者が食べると腹を壊します。食べたことがないのなら止めた方が良い」

「……」

「根にはもっと強い毒がある」

「!」


 ――ネドナの葉だ。フォルカーは思い出した。根ほどの毒性は無いが、絶対に触っていはいけないと幼い頃母に教えられた。

 少年はフォルカーから葉を受け取る。


「お前たちはこれがおやつ…なのか?これがなんの葉なのかわかっているのか?」


 渡されたその葉を少年は躊躇なく口に放り込む。咀嚼をし、ゴクンと飲み込んだ。


「これが一番甘いから」

「……!」 

「俺達は慣れてます。だから心配いりません。……それで、ここへは何をしに?貴方も父の友人ですか?」

「直接会ったことはないが…彼は俺も知っている。知識としてだけだがな。彼はかつてこの地を収めていたファールン王だ。俺は彼の件とは全く関係なく、今は人を…探している」


 少年は細い光が当たる赤い髪に目をやる。


「……あなたは父の血縁者ですか?父ではなく、兄なのですか?」

「すまない。俺もこの場所のことを知ったのは初めてで……。詳しいことは……」

「……」

 

 少年は視線を壁に向けたまま言葉を止めた。その横顔を見ながらフォルカーは彼の心境を慮る。

 いくら好色なファールン王といえども、ここにいる子供の数は多すぎやしないだろうか?


(例えば毎日違う女性を一人、もしくは二三人聖地へ連れて過ごしたとして……)


 フォルカーは曽祖父の在任年数や自身の女性経験の数を参考に簡単な計算をする。そして……


(あ……割とイケる…かもしれない)


 従者がいたら「最低です」と言われそうな回答を算出した。ただ年齢を考えると釈然とはしない。


「人を探しているんでしたね」


 視線を戻した少年は、フォルカーを連れてさっきまでいた部屋まで戻った。

 再び現れたフォルカーの姿に子供達は怯えながらもそわそわとし始める。近寄ってこないのはきっとさっきの一喝が効いているせいだろう。

 少年に促され、フォルカーは小さく頷いた。


「皆に聞きたいことがある……!ここに…髪と瞳が金色の娘を見た者はいるか?毛は短くカールしているかもしれない。どこかで話をしたことがある者は?」


 見回しても、皆同じ様な服装に髪型…カールトンと同じ長い三つ編みを一本背中に垂らしている。


「とうさま……、きいろいのならあっちにいるよ……」


 怯える声は壁で縮こまっている子供のもの。小さな手が上がった。

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