【後】根無し草
カールトンの言うとおり。自分達は国から手配をかけられているかもしれない。そんな立場でいつまでも無関係な人の家にいるわけにもいかない。
変な嫌疑をかけさせない為にも素性が知られる前に出発しなければ。
「あ……!ここにいたのね!!」
杭を支えていたポルトが顔をあげると、見覚えのある若い娘が白い息を弾ませていた。よく見ればそれは野盗に襲われていたあの娘だ。湖の方へ避難していた村人達が戻ってきていたのだろう。乱れていた髪は一つの太い三つ編みになっていて、間に合わせで着せていた服は温かい毛皮の上着に変わっていた。目立った怪我がないことにポルトは安堵する。
「昨日は本当にありがとう……!自己紹介も出来なくてごめんなさいね。私はミリアっていうの。」
「あ……。私は…キー=ターナーと言います」
「キー?珍しい名前ね。それに昨日は暗くてよくわからなかったけど……」
「?」
ミリアは何かを見極めるようにじぃいっとポルトを見つめながら、二歩三歩と近づき…うん、と大きく頷く。
「ちゃんと女の子じゃない!髪は短いけど、明るい所でちゃんと見れば女の子の顔してるもの。ほっぺの丸い所なんて特にね!ま、この着ぶくれする季節じゃみんな一緒に見えちゃて、なかなか体型で判断するのは難しいけどさ」
「体型……」
ただでさえメリハリのない身体をしている。冬服で完全に覆ってしまったら、確かに判断は難しい…というか判別不能だろう。
「お母様は大丈夫でしたか?お家の方は……?」
「ちょっと擦りむいた所はあったけれど、それくらいで済んだみたい。あと久しぶりに全力で走ったから筋肉痛がきてるみたい。本当にラッキーだったわ。まぁでも、家の方はギリギリってところ……。外側の壁はすすで真っ黒になっちゃってるから、あとで綺麗にしないと。本当はうちに男手がいたらもっと本格的な修理をしたいところだけどね……」
ミリアは周囲を見回す。助っ人を呼べたら良いのだが、まだみんな自分達のことで精一杯だろう。
「とにかく、ご家族がご無事ならそれが一番ですよ。私もお二人が無事で安心しました」
「ホントそうよね。一人で母のお墓を掘ることになっていたら、きっと家なんてどうでも良いくらい凹んでいたと思う。……あ、ほんとにちょっとなんだけど昨日のお礼を持ってきたの。ほら、干しリンゴと魚!これなら保存が効くし旅先で食べられるでしょ?」
「え?そんなことされなくても……っ」
ただでさえ厳しい季節、厳しい状況だ。それでもこの地で生きていかねばならない彼女から貴重な食料など受け取れない。
「あなたは命の恩人よ、受け取って頂戴!私がいなくなったら母はひとりぼっちになっちゃってたし、彼氏も後追い自殺しかねなかったし……!」
「え?彼氏さんが後追い……??」
「自分で言うのもなんだけど…私にベタ惚れなの。あそこで昨日の連中にやられてたら、この辺一体を野盗ごと燃やしてたかもしれない……」
「え……」
聞けば今王都へ出稼ぎに行っている恋人がいて、春になったらこの村で式を挙げる約束をしているそうだ。察するに、彼が稼いでいるのは結婚費用だろう。
頬を赤く染め、くねくねと恥ずかしそうに話している娘の様子に、カールトンは至極つまらなさそうな顔をしている。恐らく彼は今、仕事を進める為ポルトに杭を持たせたいと思っているのだろう。
「家の方は、彼が戻ってきたら手伝ってもらうことにするわ!……あら、そっちの彼はあなたのお連れさんだったのね!村の皆が馬鹿みたいに強い男がいるって噂してたわ。黒い肌をした背の高い異国の人だって言ってたけど…そこの彼でしょ?」
「――……」
軍人だったポルトから見てもカールトンの強さは城で即雇い入れされるクラス。村人達が噂するのもわかる。
宿屋の方を見れば、自分たちの作業をそこそこに訪問に訪れる者達がチラホラ顔を見せ始めていた。どうやらお礼と出産祝いも兼ねて村人達が色々と持ち込んでいるらしい。
カールトンは特に興味無さそうだったが、誰かの役に立てて喜んで貰えたことは彼にとっても良い経験になったはずだ。
この日は簡単な酒宴が開かれた。
カールトンとポルトは賑やかなもてなしを受けたが、カールトンは相変わらずの仏頂面。
ポルトは時折話題の中心になるのが恥ずかしくて顔をあげることは出来ず、村人の玩具になっていた。




