【前】一難去ってまた……
村を囲っていた柵はいくつかの丸太が倒れ、その役目を果たせずにいた。犬は激しく吠え、村は燃える藁の臭い、そして恐怖と混乱が立ち込めていた。
畑のある開けた場所に人が集まっているのが見える。皆男のようだが野盗にしては軽装だ。きっと村人だろう。
輪になって囲んでいるその中心に一人の男が這いつくばるように倒れている。その装備、状況からして彼が野盗の仲間であることはすぐにわかった。
(村の自警団の人達…?これで全員やったの?)
ポルトが倒した敵は二人。そして目の前に転がっているのは一人だ。さっき助けた女性は七~八人程見たと言っていた。少なくともまだ四人いる。
(どこにいる?)
細い通路側に身を潜めて用心深く周囲を見回す。ふいに村人の輪から声が上がった。野盗が輪の中に切りかかったらしく、男達が子魚のように散っていく。しかし各々手には棒やら鍬やら武器があり、すぐに集まると野盗に応戦した。
あの人数差なら大丈夫だろう、ポルトがそう思った矢先、南側の通りから大きな荷物を手にした男達が人垣の方へと歩いてきた。燃える我が家から荷物を運び出してきた村人……ではない。残っていた野盗達が物色の済んだ家から出てきたのだ。仲間が苦戦している様を見つけると一気に剣を抜き村人たちに襲いかかる。
炎でオレンジ色になった通りに金属がぶつかる音が響いた。
(いけない!!)
咄嗟にポルトは通りへ飛び出し、矢を引き絞ると野盗の一人の足を狙って放つ。男は「ギャッ」という声とともに地面に転がるが、痛みを堪えながらも近寄ってきた村人に剣を振り回した。
矢で狙うには敵味方が入り乱れすぎる、そう判断したポルトは剣を構えてその中へ身を投じた。
突然現れた見知らぬ人間に村人も野盗も驚いたが、村人の一人がポルトを見て叫ぶ。
「お嬢ちゃん!?」
鉈で応戦していたのは宿屋の店主。ポルトを見つけて笑顔になった。瞬間、後ろで野盗が剣を大きく振りかぶる。
「ご主人!!後ろっっ!!」
ポルトの声で自分の危機を察した店主が身体を縮めた。ビュンと空気を裂いた切っ先が店主の肩の肉も切る。
「ウアァッ!!」
手にしていた鉈を落とし傷口を抑えた店主。血を飛び散らながら地面に跪く。そこに最期を告げる野盗の剣が勢いよく降ろされた。――が、突然剣は硬い音と共に軌道を外し、男は前転するように宙をひっくり返る。
「っ!?」
一瞬何が起きたのかわからなかったポルトだが、炎の光の中に浮かぶ人物に目を見開いた。
「兄様っ!!」
火の粉舞う風に踊る黒髪。柔らかく伸びのある筋肉が覆った強靭な身体。ポルトよりずっと高い位置にある青い瞳は燃える炎でヤマネコのように煌めいているようにも見える。戦いの跡が刻まれた手でゆっくりと剣を抜くと鞘を放り投げた。
「村の人間は離れてろ。近くにくるなら区別はせんぞ」
一瞬目が合った。
いつもと同じ感情の薄い瞳は乱れの欠片も感じさせず、実際ここにいる誰よりも冷静だった。
彼にとってこんな騒動など騒ぎの内に入らないのであろう。目の前にいるのは、闇の中で闇を食う…そんな世界で生きてきた男なのだから。
「あんたたち……!こっちおいで!!」
少し離れた家屋から女性の声が聞こえる。見ればひとりの老婆が家屋の物陰から一生懸命手招きをしている。ポルトは大きく頷き、店主を肩で担ぐように支えその場から離れた。
「兄様!こちらへ!」
「――……」
呼びかけられたがカールトンはポルトの顔を見ることも無く、視線は次の標的へ。
長い脚で踏み込む一歩は敵が思う以上に間合いを詰め、一度振り上げた剣は必ず肉を断つ。振り下ろした反動を利用し再び舞い上がる白い剣。四肢が小石のように飛んでいく様は、獣に引きちぎられているようでもあった。かろうじて倒れなかった者は身を丸め裂かれた腹を押さえる。しかし指の隙間から流れる己の血を止めることも出来ず、五度呼吸をする間もなく肉の塊になった。
ろくに剣を握ったことのない村人達さえわかる常人ならざる動きは、ポルトには到底真似の出来ない剣技だ。
(あれは…剣の切れ味が良いとかいう話じゃない。鉄の塊を力で無理やり振り切って骨ごと断ち切ってるんだ……)
正面から戦って勝てるはずもない。ポルトは野盗よりも猛々しい兄の姿に小さく身震いをした。
◆◆◆
肩を怪我した店主に止血用の布を巻き終わる頃、戦いは幕を下ろしていた。
話を聞けば手招きをした老婆は先程助けた娘の母親マリアであり、教えてもらっていた右腕の火傷も確かにあった。娘の無事を知ると涙目になりながら喜んでいた。
一方、カールトンは周囲に敵がいなくなったのを確認すると、倒れていた野盗の服で剣の血を拭い鞘に収める。
村人達は自分達を助けてくれたこの男…その狂剣にたじろいでいたが、「兄ちゃん、あんたスゲーな!!」と宿屋の主人が傷ついていないもう片方の手をブンブンと振っているのを見て、同じように笑顔を見せ始めた。刺繍や料理が上手い女性が同性から慕われるように、わかりやすく強い男は同性から尊敬の眼差しを受け、カールトンの側に村の男達が集まってきた。口々に「あんちゃん、すげーな!」「良くやったよ!」と見知らぬ旅人を褒め称え、肩をバンバン叩いている。
いつもは一人で日陰にいるような兄がヒーローになっている姿を見つめる妹。
(私もしたことないのに……ずるい……)
飼い犬が他人に懐いた時の気分とはこんな気持ちだろうか?……というか、多分これは彼に蜂蜜ミルクを運んでいた時の王子と同じ気持ちだろうと推測する。
カールトンは相変わらずのぶっきらぼうな調子で「余計なことは良い、火を消せ」と村人達を冷たくあしらっていた。
「アンタ達…一体何者なんだ……?」
店主が家屋の壁に身を寄りかからせながらカールトンを見つめる。ポルトは少し困ったように眉尻を下げた。
「特にあの兄ちゃん……。遍歴の騎士様か何かなのか?まぁ、いいか。こんな所を旅してる位だ。アンタ達にも色々事情があるんだろう」
「彼は、その…運動神経がいいんですよ。それに戦争のおかげでどこも物騒でしたから、こういったことにも慣れちゃったと言うか……」
「ああ、なるほど。いっそこのまま用心棒にでもなれば一財産稼げそうじゃねぇか。ああ……、うちの村にもあんな人が一人いてくれたらなぁ……。――痛……っ!!」
「あ……、ご主人、無理はしないで下さい」
「家に戻らなきゃ……。あの兄ちゃんがここにいるってことは家には嫁が一人……」
そう言いかけた所でカールトンが二人の元へ歩いてくる。
「……深いのか?」
「いいや、大したことはねぇ。兄ちゃん、あんた凄いよ。ありがとうな……!」
「奥様の元へ帰りましょう。きっと心配されています」
ポルトは近くにいた村人に湖に避難している者がいることを伝えた。




