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【前】遅れて知った事情

「!」


 背の高さほど積まれた略奪品の山の中に、小脇に抱えられるほどの額縁を見つけた。何気なくそれを手に取ると、描かれた聖人の姿に小さく息を呑む。

 ファールンを象徴する赤を基調としたローブに身を包んだレフリガルト王……、父の肖像画だった。

 白く柔らかそうな髭を顎に貯え、あのエメラルドの瞳を優しくこちらに向けている。

 初めて見た時も父は同じ笑顔を浮かべていた。この優しくて穏やかな眼差しに、きっとすがった者も多かっただろう。


 まわりをよく見れば他の荷物も教会で儀式に使うようなものや、神を模した古い像が目立つ。教会には値打ちのある装飾品が使われることが多い。恐らく野盗達が襲ってきた時の戦利品に違いない。


「おい、いつまでそんなものを眺めている」

「……兄様……。素敵な絵だと思って。聖人にまでなられて、父様はきっと信仰に厚い…お優しい方なんでしょうね」

「そう描いた方が教会にとって都合が良いだけだ。無知な連中は嘘のような情報でも簡単に流されるからな。……そんなことはどうでも良い。早く飯の支度をしろ」

「――……。わ・わかりました……」


 野盗達によって自然の中に隠すように造られたアジトは、いつ城からの追手が現れるかもわからないポルト達にとって都合が良い場所だった。冬でも葉を落とさない木々が茂り、場所によっては昼でも薄暗い。足音を立てるのは森に住む動物くらいだ。多少風が強く吹いても洞窟の中に入ってしまえば問題ないし、松明も大きく揺らぐこと無く力強く燃え続けた。

 ポルト達にとって更に幸運だったのは、生活するのに十分な設備と食料が蓄えられていたことだ。時折冷たい雪を降らす曇天と相談をしながら、しばらく滞在することを決めた。


 食事や寝床の掃除は殆どポルトの仕事になってしまったが、その合間にカールトンからこれからの仕事の…戦いの技を学ぶことが出来た。

 ポルトの動きは入隊時に上司アントンから習った王宮剣術が元になっている。しかしアントン自身、しっかりと技を習得した騎士から教わったわけではなく、その部下の部下辺りの人間から短期間でなんとなく…といった程度。

 ポルトに教える頃にはすっかり基礎は崩壊し、王宮剣術というにはあまりにもお粗末なものになっていた。

 技術不足は己の経験と身体能力でカバーをし、オリジナルの身のこなしで生き抜いてきたのが今のポルトだ。


 一方、カールトンからすれば、実践で使えるのならば流派などあってもなくても良い。今後を思えば妹を鍛えておくに越したことはない。

 そして何よりポルト自身、また野盗に捕まって良いようにされるのは望まなかった。

 カールトンは手の空いた時間にポルトに剣を握らせ、動きの無駄を指摘し、気に入らない所作には遠慮なく教育的指導を(ガツンと一発)行った。(食らわせた。)


 始めのうちは聞き分け良く従っていたポルトも、自身への扱いの悪さに段々とキレ始め、隙を見て飛びかかってきては取っ組み合いになることもあった。それはそれで、剣とは違う鍛錬になる。城の風呂場の時のように隙を突かれることもなく、敵意丸出しの大狼が近くにいることもないカールトンは大きな壁となり、ポルトは当たって砕け続けることになった。


 そんな時間を二人で過ごして数日。

 雪が止み、風が落ち着いた頃合いを見計らい、二人は洞窟を出ることにした。遠くに見える山の頂が眩しい光を浴びて純白に輝いている。

 洞窟に来た時に比べて生傷の増えてしまったポルトだが、際立って目立つような大きな(もの)は無く、パッと見た容姿はわんぱく小僧と言ってほぼ間違いはない。そんな少女を乗せ、新しい馬は蹄鉄の心地よい音を奏でながら山道を歩いていく。


「晴れてよかったですね」

「――……」


 雲間から久しぶりに見た青い空に目を向けた。その息が白くふわりと流れていく。所有者の変わった荷物を運ぶため馬も一頭増やした。それぞれの馬の背には、たっぷりの荷物を乗せている。次の町で換金し今後の路銀にするのだ。

 野盗達との戦いで破ってしまったポルトの服は、彼らが集めた略奪品の中から着られそうなものを拝借した。古びた木製の箱に入っていた衣類は麻や綿で出来たものだけでなく、絹のような高級素材を使っているものも多かった。それも子供服や女性用の服まであることを考えると、連中はどこか貴族の屋敷や馬車まで襲ったのだろう。絹で出来たなめらかなブラウスの感触にも、心が躍ることは無かった。

 以前泊まった宿屋の主人は、国境近くになると野盗が増えると言っていたが、この辺り一帯はしばらく静かになるはずだ。


(少しの間だけかもしれないけれど……)


 情勢や支配者によっては、傭兵や兵隊への報酬を略奪を容認することで払うことがある。幸いにもポルトが在籍していたアントン隊ではそのような報酬の与えられ方は無かったが、進軍した先の村では賊ではない者達に散々荒らされ廃村になった様を見ることも珍しくなかった。


 敵国に襲われ、守ってくれると信じていた自国軍の兵士にまで蹂躙された人々の心境はどれほどのものだっただろうか。

 そもそも倒した野盗達だって、自ら希望しその仕事に就いていた者は何人いたのだろう。勿論畑を耕したり牛の世話をする労力よりもずっと楽に稼げるという理由で就いた者もいる。しかし、思うように収穫が得られなかった者、貧しい農家で口減らしにあった者や破産した商人、雇い主が見つからない傭兵……それぞれの職で食べられなくなった者だって決して少なくはない。

 

 内政に力を注げる安定した統治、それがきっと望んだ未来を叶えるのに必要なのだ。そう思えば、あの人の元から離れたことに間違いは無かったのだと感じる。少し…寂しくもあるけれど……。

 瞼の裏にあのルビーレッドの髪が浮かび…ぶるぶるぶるっと首を振る。


 (駄目だ、駄目だ)


 浮かびかけたイメージを払拭する。思わず目頭が熱くなって空を見上げた。よく晴れた青い空がどこまでも広がっている。

 大丈夫だ。この空は彼のいる場所までつながっている。もしかしたら、今この瞬間、彼もこの空を見上げているかもしれない。同じものを見ているかもしれない。


(おそろい…!この空、おそろだから……!ぜ・全然寂しくないしっ)


 同じ空の下で同じ陽の光を浴びている。上から彼を覗いた雲が流れてくるかもしれない。その気になれば、繋がりなんていくらでも探せる。


 引かれる後ろ髪のように、蹄の跡が新雪の上に長く長く続いていく。

 ――どうか、今感じた胸の痛みが伝わっていませんように。

 奥歯をギュッと噛み締めて、片手で頬を二三度軽く叩くと「根性、根性っ」と表情を引き締めた。

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