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流星(★)

 腕には刺繍の入った白いグローブ。胸元をリボンで飾られた空色のドレス、その縁には職人が丁寧に手編みしたレースが飾られている。初めて履いたヒールのあるパンプスが、大聖堂の床石をコツコツと鳴らした。


(鳥が木に穴を開けるときの音に似てる……)


 時々不安定になる体勢を整えながら、目の前で行われている式に参列していた。


(……ったく、殿下ったら人を玩具みたいに……)


 豊穣祭の最終日、フォルカーは『堂内警護』という名目でポルトを堂内へ配置。

 そして敵の目を欺く為だと言って、どっさりと小道具を渡していった。しかも背後には先日ポルトを見事な貴族少年に仕立て上げたあのメイド達を従わせながら。

 完全に彼のお遊びの範疇である命令だが、立場上断るわけにもいかず……。小さく頬を膨らませることが精一杯の抵抗だった。


 正面入り口から真っ直ぐ先にある祭壇には、黒い神から世界を救ったという白い神リュトレーギンの像が屈強な腕を宙に広げて立っている。

 その左右には天と地を守る神々の像が優美な姿で並んでいた。内陣を囲むように柱が立っていて、その上には地上で神聖具を守る役目を最初に担った四大国の王達が立っていた。


(えぇと、ファールンは『英知を与える指輪』だから……)


 右手前、長いローブをまとった男性が指先で指輪を持っている像が見えた。恐らくあれが初代ファールン王なのだろう。

 始祖を見つめる興味津々の瞳の前を、髪飾りについているヴェールが薄く覆う。


 城の敷地内にあるウルム大聖堂、その主礼拝堂に入れるのは司教と王族の者だけ。それ以外の者達はそこからずっと離れた場所、出入り口近くにある広まった身廊で参加するのだが………。


(なんか目の前の布、邪魔だなぁ)


 何故こんなヴェールが必要かというとエルゼもここに参加しているからだ。

 すでに存在が知られている今、うかつに彼女に見つかるわけにはいかない。

 メイド達が腕によりをかけて施した髪型とメイクのおかげで、見た目だけは見事に化けている。特にこの腰まである金髪のウィッグが見た目を大きく変えていた。


 式典前に様子を見に来た隊の仲間達は、その変貌っぷりとささやかな胸元に大笑いし、フォルカーは言葉を失ったまま持っていた聖典を落としていた。

 後で鏡を見たら、見たことのない女が苦虫を噛みつぶしたような顔で映っていて、狼小屋に逃げ出したくなった。


(まぁ……、これだけ変わってればエルゼ様に見つかる心配も無いかもしれないけどさ)


 気になり視線を向ければ、幸いにも彼女の視線は主礼拝堂にいるフォルカーに釘付けになっていて、こちらの存在には全く気づいてはいないようだ。

 胸元が大きく開いたドレスをまとったエルゼは白い花が咲いたように美しく、遠くからでも居場所がわかるほどよく目立っている。


(悪い人じゃないと思うんだけどなぁ)


 美しい容姿、立派な家柄に加え、役人も驚く程の教養の持ち主。少々高波踊る性格を直せば彼女は理想の女性像だろう。

 何より自分の望んだ道を、自分が望むように凛と歩いている姿は、自分にはない強さを感じずにはいられなかった。

 それにひきかえ自分はどうだ?未だ文字も満足に読めず、剣の腕も並程度。心を許せる友達一人、持ってはいない。


 『お前はとりあえず女友達から探せ』


 フォルカーの言葉がふいに脳裏を横切ってため息が出た。

 誰かこんな自分でも好きだと言ってくれる人はいるんだろうか。全てを知って、それでも受け入れてくれる……そんな人が。もしいたら、無条件で好きになってしまうかもしれない。


(殿下は私のこと、少しは友達みたいに思ってくれているのかな……?)


 最初はただの犬の世話係。それは前任の身代わりである存在だ。

 共に過ごした時間も短くはないし、一緒に飲み屋にだって行った。内緒の話だって、ひとつやふたつじゃない。彼にとって少しは特別な何かになっているのだろうか?


「……っ……」


 人々のざわめき声ではっと我に返る。どうやら中での祭事が無事に終わったらしい。

 主祭壇では聖典を手に持った司教が恭しく頭を下げている。

 錆色の髪をしたその司祭は第三位の王位後継者であるクラウス。宮廷財務大臣であるダーナー公の息子だ。彼自身、優秀な人物ではあるが、政治よりも神々の世界の方に興味があり、神職を続けているのだと聞いたことがある。


 ウルリヒ王が出口に向かって歩を進めた。後ろから王太子フォルカーも続く。

 祭事を見守っていた群衆が、二人に合わせてるように順番に頭を下げ敬意を表した。

 

 動く人山から押し出されるように端へ端へとポルトは移動し、出口付近でやっと落ち着くことが出来た。幸運にも一番前。背伸びをしなくても二人の姿が見える場所だ。


 圧迫された息苦しさから解放され顔を上げと、そこには絵画のような光景が広がっていた。

 開かれた大扉から差し込む陽が、最も高貴な血を持つ一族を包み込むように照らしている。正装である純白の衣装は黄金色に染まり、思わず息を飲んだ。


「――――……っ………」


 近くにいすぎて……すっかり忘れていた。


 いつもふざけたようなことばかりして、我が侭ばかり言って、時々乱暴で、女好きで、時々小さな子供みたいに笑うあの人は……自分とは全く世界が異なる人物なのだと。


 髪まで金色に染まったフォルカーと視線があった。

 見慣れた顔に口角を軽く上げ、「よぉ」とばかりに微笑む。


「――――――!」


 自分の意志とは関係なく飛び上がる鼓動。見ていられず顔を伏せた。

 グローブをはめた手に力がはいり身を強ばらせる。


 最近いつもと違う服を着ているから……、いつもと違う場所にいて、楽しいことばかりしていたから、錯覚を起こしていたに違いない。

 あそこにいるのは一国の元首になる人間、そして自分は国の平安を維持するための手段、歯車のひとつにすぎない。

 ……それも小さな小さな歯車だ。


(『特別』だって?笑わせる……)


 二人が通り過ぎるのを感じて顔を上げると、扉の外から大きな拍手と歓声があがるのが聞こえた。聖堂に入ることのできない国民達が外で国王と若き後継者を迎えているのだ。


 手でひさしを作り、目を細める。

 黒い影を作る国王達が観衆に向かって手を振っていた。


(着せ替えごっこで浮かれていたのは自分だったってことか……。現実に戻らなきゃ)


 大きな祭事はこれで終わり。

 肩の荷が下りてほっとしたその時、門から見える空に見慣れぬ星がかすかに輝いた。


 旅人を導く道標星?

 いや、方角がまるで違う。でも確かにあれは…見覚えのある光。


「―――――ッッッ!」


 頭飾りを脱ぎ捨る。

 床石を蹴って扉の外へ飛び出すと、出来る限りの声量で叫んだ。


「陛下――――――ッッ!! 」

「っっっ!?」


 王の腕を掴み、力の限り自分の後ろへと引き倒す。

 刹那、謎の流星が一直線に背中を引き裂いた。


「ッ!!」


 雷のように走る痛みに一瞬歪んだ表情。

 飛び込んできた星はそのまま聖堂の石床にはじかれ、近くにあった木製の長椅子に刺さって止まった。

 人々が恐る恐る覗き込むと、一本の矢が赤い鮮血を滲ませていた。


 布を裂くような悲鳴が次々と上がり、辺りは騒然とする。


「敵襲――――――ッッ!!」


 体勢を崩しながら、それでも腹から声を上げる。


「陛下!!」

「陛下!!ご無事ですか!?」


 近衛隊や門の入り口で警護をしていた兵達が駆け寄り、国王とフォルカーの防御壁となる。

 その中心でポルトが国王に覆い被さるように倒れていたが、安全になったことを知ると急いで身体をどけた。


「陛下……!どこかにお怪我は!?」

「あ…ああ、私は大丈夫だ。そなたは…一体……」


 人垣の中からフォルカーが現れ、やや放心状態の父王に寄り添うように抱き起こす。


「よくやった、ポチ……!って、お前その背中……!!」

「ちょっとかすっただけです、問題ありません…!殿下はご無事ですか…!?」

「あ……ああ。ピンピンしてるよ」

「……良かった……」


 仲間の腰からショートソードを抜くと逆さに持ち換え、邪魔なスカートの裾を一気に引き裂いた。布一枚で給料数年分になるだろうドレスかもしれないが、わざわざ着替えに行けるような状況でもない。ついでにパンプスのヒールも切り落とした。


「ポルト!大丈夫か!? 」


 駆け寄ってきたのは隊長のアントン、そして副隊長のリートだ。


「いつもチェーンメイルを着ているお前が、たまたま脱いだ日にこんなことになるなんて……。薄幸っぷりは相変わらずだな 」


 リートはやれやれというようにため息をつく。


「この程度……問題ありません。それより隊長、あそこに刺さっている矢を見て下さい。これほど厳重に警備されている場内で矢を放つなんて……。考えられません……」

「警備の後ろから射ったとなれば、かなりの距離になる。その辺の素人じゃないことは確かだな」


 肉の切り口から焼けるような痛みがうずき始めた。

 状況がわからない群衆が生み出す混沌とした空間。子供の泣き声、女達の悲鳴、男達の怒号……。

 懐かしい空気に鼓動が次第に早くなっていく。


「シーザーとカロンを使ってみます。もしかしたら何か見つかるかもしれません」

「わかった」


 号令が周囲に響き渡る。緊張感を帯びた空気をまといながら周囲にいた兵達が一斉に動き出した。


「待てポチ!お前は戻れ!!」

「っ?」


 近衛隊によって聖堂の奥に連れられていくフォルカーが声を上げた。


「傷の手当てをしてもらうんだ。お前は救護室へ行け!」


 主の命令に一瞬足が止まったが、体中を駆けめぐる血は風を求めて強く波打っている。

 芯に火がついたかのように身体は熱いというのに、急に手綱をひかれたような気がして奥歯を噛んだ。


挿絵(By みてみん)


「貴方を背に撤退などありえない……!」

「!!」


 やはり自分は、泣いて怯えるだけのお姫様にはなれない。


 長椅子に刺さっている矢をドレスの端布で包むと、混乱している人々をすり抜けて狼達の名前を呼んだ。



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