プロローグ
乾いた風が強く吹いている。
汚れた靴先が重力に囚われながらゆっくりと前に進む。
カシャン カシャン
ぶつかり合うメイルが無機質な音を出す。
舞い上がる砂煙に時折咳き込みながら、狭まった視線をゆっくりと持ち上げた。
周りには自分と同じように背を丸め、まるで地獄からはい上がってきた亡者のように歩いている男達.
その先には高いポールに結ばれた国旗が勇壮にはためいていた。向かい合う二匹の一角獣は、その昔『白き神』に英知の指輪を与えたと言い伝えられている。
帰還した英雄達を、勝利のラッパが高らかに迎える。
それに応えるように腹がグウゥと鳴った。
そういえば最後に食事をしたのは四日前。乾いたひとかけらのパンを雨水でふやかして口にいれただけ。それも仲間の一人が死に際に「もう俺には必要ないから」と渡してくれたものだ。
(今出てきたら……絶対喰ってやる……)
少年はそう思いながら胸に大きく描かれた一角獣を掴んだ。
再び砂煙あがる足下に視線を落とすと、同時に意識がふっと途切れる。
「おっと」
力が抜けた身体を大柄の男が受け止めた。
「おい、ポルト。しっかりしろ。せっかく戦に勝ったってこのまま死んじまったら元も子も無いだろう。もう少しで腹一杯飯がくえるぞ」
男は近くに落ちていた槍を拾うと少年に渡す。そして片腕を担ぐように肩にかけた。
「は……っ。俺は難しい話はよくわかりませんが、こんな状況で『勝った』だなんて喜んでる奴は……何も知らない貴族のお偉様方か、よっぽどの馬鹿野郎ですよ……。こんなもの……参加した時点で負けでしょう……」
半分折れた槍をなんとかつっかえ棒にしつつ、飽き飽きとした声出す。それを聞いた男は苦そうに笑った。
「ま、敵も味方も無い。生き残った奴が勝ちってこったな」
「ああ、それ良いですね……」
「お前には感謝してるんだぜ?食料が尽きちまった時に鳥だのウサギだの、猟師みてぇに獲ってきてくれたおかげで、最後までもったんだからな。俺にゃ出来ない芸当だ。帰ったら俺の店に来いよ。一杯おごらせてくれ」
「……アントン隊長、俺、酒は飲めません」
「ガキじみてんな、相変わらず。そんなことだから声変わりもまともにこなかったじゃないのか?」
「ブルノの方が酷かったですよ……」
少年の声は、男にしてはやや高く、柔らかい。加えて兵士というには頼りない細身の身体に低い背丈……。知らない者が見たら一瞬子供ではないかと間違えてしまうだろう。同じ隊にいたブルノは、背丈こそ自分より高かったが、体格は小枝のようにひょろりとしていて、声は幼子のように高かった。二人揃って仲間にからかわれることも何度かあったが黙って無視をし続けた。
今となってはその殆どが神の世界の住人だ。
「……酒の代わりに、飯おごってください」
「おぅ、まかせとけって。たらふく食ったら、お前の背も伸びるかもしれねぇしな!」
上司は泥に汚れた顔で笑った。
最後の最後まで彼には世話になりっぱなしだった。生死の境まで一緒に漂った仲だというのに、まだ彼には話していない秘密がある。
(隊長……、飯喰っても、多分これ以上は育ちません……)
除隊処分になるから、まだしばらくは言えないけれど。
兵士達を待ちわびていた家族達が厚い人垣を作っている。
その一番奥にある高い登り台にはこの場に似つかわしくない小綺麗な青年が立っていた。この国の王太子なんだそうだ。ウルリヒ王に代わり、時々戦況で指揮をとることもあった。聞けば、この歩兵隊を前線へ送ったのもこの男らしい。
弔いの為か、同じような髪色の司教を従えて、いかにも帰還した兵士達を労っているようにも見える。
軽く舌を鳴らして、ポルトはそっと視界から彼らを外した。
なろう様初投稿になります。
縦書き執筆に惹かれて来たのは良いけれど、右も左もわからず慣れる前に心が折れて失踪してしまうかもしれません(笑)
どうぞよろしくお願い致します。