追跡者達からの逃走
「くそっ、なんであんたが追いかけられなきゃならねぇんだよ!」
すっかり暗くなった街中を、神谷隼斗は女の子の手を掴んで走っていた。
「隼斗―――君」
彼女の名は白神結乃。現在、隼斗と共にとある組織から逃走している。
「ごめん、出来れば何処かに隠れたいけど―――」
パンッ、と乾いた銃声が響く。銃弾は隼斗の頭上を通り過ぎ、彼は背筋を凍らせた。
辺りにはうるさいサイレンが鳴り響き、既に辺りから人は消えていた。
「隠れる隙がない……」
やがて前方に十字路が見え、どちらに曲がるか考える。
(どっちに行くべきか―――)
しかし、それは無意味なことだった。
十字路の左右の道から六人の追跡者が現れたのだ。その手には拳銃が握られている。
「くそっ、挟まれた!」
隼斗は後方を振り向くが、やはり五人の追跡者が追いかけて来ていた。
追跡者達は隼斗達から一定の距離を置いて立ち止まると、一斉に銃を構える。
恐らく中に入っている弾は麻酔弾だが、それなりの威力はあると聞いている。当たり所次第では、重症になる可能性もあるらしい。
隼斗の結乃の手を握る力がわずかに強くなる。
彼が額から冷や汗を流しながら身構えていると、後方の追跡者の一人が口を開いた。
「少年よ、もう一度警告する。我々は≪対異能組織≫だ。そして、その少女は≪異能者≫、殲滅対象だ。今すぐ彼女をこちらに引き渡せ。さもなくば、貴様も少女と共にこちらで処分させてもらう」
勿論、隼斗には彼女を組織に引き渡すつもりなどない。
しばらく隼斗が黙っていると、追跡者は再び口を開いた。
「なるほど。引き渡すつもりは無い、か。ならば、済まないが君から処分させてもらう」
そういうと、そいつは銃口を隼斗に向けた。そして、引き金を引いた瞬間。
「危ない!」
そんな結乃の叫び声と共に、隼斗の身体が大きく横に揺れた。彼はそのまま、地面に倒れる。
再び、乾いた銃声が響く。
不意に倒されて身体に大きな衝撃を受けたが、隼斗はそれに動じず咄嗟に結乃のいる方向を見た。
その時、ドサッと人が倒れる音が聞こえた。そこには仰向けに倒れた結乃がいた。
「結乃!」
慌てて隼斗は立ち上がると、結乃に身体を向けてしゃがみ彼女の肩を揺すった。左の横腹を撃たれたようだ、僅かに血が滲んでいる。
追跡者は少し動揺したようだったが、再び銃口を隼斗に合わせた。
「くっ―――」
結乃は麻酔弾を撃たれ、気絶している。そして次の弾は確実に隼斗を仕留め、目が覚めたころには結乃は死んでいるだろう。
これは、絶対に選びたくない選択肢だったが、
(結乃が奴らに捕まるくらいなら―――!)
その時、隼斗の身体から黄色のオーラが放たれた。
「なっ、こいつも異能者か!?」
追跡者達が目を見開いた。
彼は立ち上がると結乃を撃った追跡者に身体を向け、右手を身体の左側から右側に振った。すると、そこに闇が発生した。
そして、銃弾が放たれた。
しかし、その銃弾は隼斗の身体に当たることはなかった。銃弾が闇の中に入って出てこないのだ。
やがて隼斗は両手を前に突き出すとそれを後ろまで回し、自分を囲むように闇のリングを作り出した。
追跡者たちは警戒しつつ銃を構え直した。
その時、重い銃声が何重にも重なって響いた。続いて人が倒れる音が重なって聞こえる。
しかし、隼斗は全くの無傷だった。
一瞬にして追跡者達の腹部は銃弾に撃ち抜かれ、皆、その場に倒れた。
しかし一人、当たり所が良かったのか倒れずに銃を構え続ける物がいた。そして、彼は発砲する。
しかしそれにいち早く気付いていた隼斗は右手をそちらに向け、周りの闇をそこに集めて壁を作った。
銃弾は闇に入り、出てくることは無かった。
「ちくしょう!」
その追跡者は叫び、もう一度発砲する―――が、やはり当たらず闇の中で銃弾は消えた。
やがて、隼斗が右手を闇の中に入れた。そして、そこから取り出されたのは一丁の銃。
追跡者がもう一度発砲するが、それも当たらず消える。
彼は更に発砲したようだが、カチッと。弾切れを伝える音が静かな街の中に聞こえた。
やがて隼斗が生み出した闇が全て消えた。そして、彼は視界に入ったその追跡者に右手の銃を向けた。
追跡者は慌てて左腰のホルダーにある予備の銃を取り出そうとするが、手を滑らせてそれを地面に落としてしまう。
「―――!くそっ、なんなんだよお前!」
追跡者は銃を拾おうとせず、再び隼斗の顔を見た。
拳銃のスライドが引かれる。
「こんな能力聞いたこと―――」
しかし、その声が最後まで言われることは無かった。
重い銃声が、今度は一つだけ聞こえた。
さっきまで立っていた追跡者は身体を後ろに傾け、そのまま倒れた。
そして、追跡者達は全滅した。
隼斗の足元で倒れている結乃は、相変わらず気絶している。
やけにうるさいサイレンだけが街に響く。
「馬鹿、もしあれが実弾だったら死んでたぞ」
隼斗は結乃の近くにしゃがむと、彼女の身体を抱き上げ背中に背負った。
(それにしても、外で異能を使っちまった。この辺には防犯カメラもあるし、俺ももう異能者だってばれているだろうな)
隼斗は立ち上がり、周りを見回す。
やがて、彼は
「ひとまず、奴らの次の追跡者が来るまでにここから立ち去らなきゃな」
そう呟いて路地裏の中に入っていった。
しかし、その時彼は気付いていなかった。自分が何者かに観られていたということに。