隣の芝は青く見える話。
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ある日少女は呟いた。
「もう死んでしまいたい」と。
金のために売られ、奴隷となった少女は、毎日毎日辛い思いをしていた。殴られ、蹴られ、時には犯されもした。その度に泣いていた心も、時間が経つと毒が回ったかのように死んでいった。
死ぬ事でもう痛みを感じる事がなくなるのではないか。もう嫌な事をしなくて良いのではないか。そう思った。けれど、奴隷である少女には首輪をつけられ、最低限の食事を強要され、死ぬ事は決して許されなかった。それこそ、病気でもしない限り。
ある日少女は呟いた。
「もっと生きていたい」と。
少女は元々体が弱かった。立ち上がるだけでも目の前が真っ白になって、楽しそうにはしゃいでいる子達を見ている事しかできない。
それでも少女はこれ以上ない程に幸せだった。優しい両親大好きな兄に囲まれて、何不自由なく生きて来た。それでも体は年々弱まり、もう時間はなくなっていった。それこそ、奇跡でもない限り、少女の命の灯は尽きるだろう。
たまたま買い物を頼まれた少女と。
それが最後の外出になる少女のその呟きは、偶然にも両者の耳に入る事になった。
「……どうしてあなたはもう死にたいの?」
と少女は聞く。
明らかに体の弱そうな少女を前に、少女は答える事を逡巡する。こんなに綺麗な少女と会話しては、旦那様に叱られると思ったからだ。
だが、もっと生きたいと言ったこの少女と話がしたくて、つい、口をきいてしまった。
「つらいから」
「つらいの?」
「うん、毎日、痛くて、苦しいの」
「そう、私も。でも私は生きたいわ。もっともっと、世界を見てみたかった。でも、もう死んじゃうの」
「死ぬんだ?」
「そう、皆気を使って言わないけど、もう死んじゃうって分かっちゃうの」
「いいな、羨ましい」
「よくないわ、だって私は生きたいんだもの。自分の足で歩いていける、あなたの足の方が、私は羨ましい」
「羨ましい?私が?」
「歩ける健康な体が、私は羨ましい」
互いが互いを羨ましいと思った。
もっと生きたいと思えるなんて、余程幸せな暮らしをしているのだろうな、と。
歩けるだけでも、もう十二分に幸せな事だろうな、と。
「交換できたらいいのにね」
どちらともなく、そう言った。
死にたいと願った少女に不治の病があれば、死ぬ事が出来て。
生きたいと願った少女に健康な体があれば、生きる事が出来て。
きっとそうなったら幸せなのだろう。でも、そんな奇跡は起こらない。
そう思った少女は歩き出す。
少女はその少女を見送り、溜息を零した。生きているだけでも、きっと幸せな事は起こり得るのに、なんて勿体ない生き方をしているのだろうと。
交わる事のなかった少女たちは、その瞬間だけ会話した。
その日から本当に奇跡が起こる事になる。
「なんという、私にも原因は分かりませんが、快方に向かっています。これは奇跡です」
「まぁ!まぁ!!」
少女は、死にたがっていた少女と会話した日から、体が回復していったのだ。家族は涙して喜び、少女もまた喜んだ。自分の足で立ち、自分から家族の胸に飛び込んでいける体を得た事に。
「ちっ、やくにたたねぇガキだ。お前なんか買うんじゃなかった」
少女は、生きたがっていた少女と会話した日から、衰弱していったのだ。買主である旦那様は、少女を道に捨てていった。弱まっていく自分の体に、少女は喜んだ。やっと解放されるのだと。
「え?死んだ?」
元気になった少女の家族は喜んで、色んな所に少女を連れ歩いて、それはそれは大切に愛していた。けれど、乗っていた馬車が崖から落ちて、奇跡的に少女だけが生き残る。母も死んだ、父も死んだ、兄も死んだ、皆死んだ。ずっとずっと自分が真っ先に死ぬものだと思っていたのに。皆、少女だけを残して死んでしまった。
死と向き合って来た少女だからこそ、その絶望ははかりしれない。家族ともっと生きていきたいと願っていた少女から、家族はいなくなってしまい、ただ呆然と。呆然としていた。
そんな少女に笑顔で近づいてきたのは、親戚の家の人だった。笑顔で近づいて、少女を養子とした。ただただ呆然としている間に、少女は誰かも良く分からない親戚の人の家に行く事になった。大好きだった家は売り払われ、思い出もなにもかも失くした。
家を売り払った後、親戚の人達は急に少女に冷たくなった。召使いのように働かされ、死んだ方がマシだとも思える事もされた。
そこでようやく少女は、死にたいと願った少女の言葉の意味を理解した。
私も死んでしまいたいと、少女は思ったからだ。
「大丈夫か?酷い状態だ。安静にして」
意識を失っていた少女は、見ず知らずの男の家のベッドに寝かされていた。
ぎょっとした少女は逃げようと思ったが、病魔は少女を巣食い、動く事もままならなかった。そうだ、何をされようと、自分はもう死ぬだけだと思い直し、じっとしていることにした。男は甲斐甲斐しく少女に世話をやいた。
あまり裕福ではない為、医者は呼べなかったが、代わりに男と、その妻、その息子がかわるがわる少女の世話を焼く。
最初戸惑っていた少女も、その家族の優しさに触れ、次第に心が解けていった。いつもいつも優しく、心配してくれる暖かさに触れる。家族というモノは、こういうものだったか。少女の知る家族は、すくなくともこんなに優しい家族ではなかった。貧しくなったら、平気で子供を売るような、そんな家族で。貧しくても、見ず知らずの子供も助ける様な、そんな人に出会った事なくて、少女は泣いた。
嬉しくても、暖かくても泣けるのだと、少女は初めて知った。
そこでようやく少女は、生きたいと願った少女の言葉の意味を理解した。
私ももっと生きたいと、少女は思ったからだ。
少女は走った。死にたいと願った少女の元に。
死にたいと思っても、何故か自殺ができなかった。きっとあの少女が自分の体と交換して病気になっているはずだから。またあの子と交換すれば死ねるはずだと思って。
けれども、少女には、どこにいるか全くわからなかった。
「何かお探しかい?」
道で占いをやっている魔女に声をかけられる。明らかに怪しい風貌だが、もう頼るものもいない少女は必死で襤褸をまとった少女の風貌を伝える。
魔女は神妙にうなずき、占ってくれる。
そうして、魔女が教えてくれた所は、湖の近くてボロボロになった家だった。
ボロボロの扉をノックすると、涙で濡れた男が現れる。
「なんだい?」
「ここに、ここに女の子がきていませんか?それも、とびきり病弱の」
男は僅かに目を見開いたが、コクリと頷いた。
その反応に少女は喜色をしめす。
「ああ、知り合いかい?」
「ええ、ええ、そうです!早くあわせてください」
「少し、遅かったようだね」
そっと体をずらして男が見せた先に、ベッドで横たわったあの時の少女がいた。
女性と、その息子と思われる少年が、少女を取り囲んで、泣いていた。その光景に少女はひんやりと背筋が冷たくなる。
「死んだ?遅かった?なんで?なんで先に、私よりも先に。そんなのずるいよ!それは私のだったのに!!」
わんわんと泣き叫ぶ少女。
もっともっと生きてみたいと思いながら死んでしまった少女。
まるで、まるで少女の病気だけではなく、その取り巻く環境までも交換されてしまったようだった。
そんな悲劇的な物語を、ただ1人の魔女だけが見て、魔女だけが笑う。
「ああ、ああ。可哀相に」
と、言いながら。
使い魔「ひでぇことする魔女だぜ」
魔女「あら、どうしてかしら。私は願いを叶えただけよ」
使い魔「白々しい。あんなガキが泣いてるとこみてケラケラ笑うなんて趣味わりいぜ」
魔女「あらま。これは手厳しい。でもみて。幸福に浸って死んだあの子の寝顔。とっても良いと思わない?」
使い魔「……まぁな」
魔女「私達ってやっぱり気が合うわね」