ハッピーエンドのその先。
タグ:バットエンド、乙女ゲーム転生、ライバルキャラ、詰み
私は貴方を愛しておりました。
私は四塚家の長女として生を受けました。
四塚というのはとても由緒ある名家でございます。幼い頃から厳しくしつけられて参りました。
けれども、私には兄がありました。兄はとてもとても優秀な方で、私ではとても手が届かない高みにいる方でございます。
それゆえに、私はいつも叱られてばかりいました。「どうして壮真のように出来ないの」「比代子は本当にダメな子ね」「本当に俺達の子なのか」毎日毎日そう言われ続けました。
それも仕方のない事でございます。私は本当に愚鈍で頭が悪かったのですから。いつも失敗を繰り返し、人様に迷惑をかける事しかございませんでした。
密かに息をひそめて、両親や兄、先生の方などに迷惑にならないように過ごしました。そんな事をしていたら、いつしか私は一人ぼっちになっていました。
「今日からここが比代子様のお家でございます」
家政婦の方にそう言われて小さな家を見上げる。今日からこの小さな家で一人で住めと、両親はそう言ったそうです。
何か言おうと思ったが、意味のある言葉が出て来る事はなかった。言った所で、目の前の家政婦さんにはどうする事も出来ないからです。それに、この方に迷惑をかけるのはいけない、そう思ったからです。
ただ一言、「わかりました」と答えました。それは丁度、私が小学校に上がる時だったので、よく記憶しております。
両親は、何をしてもパッしない私を一人にして、自分でなんでも出来るように育てたかったのだと思います。それだけ私は何も出来ない子だったのです。
完璧に一人という訳ではありません。たまに家政婦さんが見に来てくれて、片付けや料理をしてくれる事があります。なるべく彼女の負担にならないように、日ごろから片づけをするようにしておりました。
料理で多少失敗しても、誰も目くじらを立てないのは、幸なのか、不幸なのか。誰にも迷惑をかけないという状況は、少しばかり気が休まり、また、とても寂しかった。
しかしそれも自業自得なのだろう。そう言い聞かせた。
「四塚さん」
学校で本を読んで休み時間に時間を潰していると、突然話しかけられた。驚いて顔を上げると、そこには可愛らしい顔立ちの男の子がおりました。何故声をかけられたか分からずに戸惑っていると、笑顔で男の子は話しかけてきます。
男の子は二宮という家の子で、ここもまた、大きな武家だそうで。そのご立派なご子息が何故こんな何も出来ない四塚の娘に声をかけるのか、本当に分からなかった。
けれど、そんなものはどうでも良くなった。私には、人の優しさというモノに飢えていたのだ。彼は誰にでも優しく、それは愚かな私にも分け隔てなく与えられた。
そんな彼に恋するのに、さほど時間はかからなかった。
誰よりも彼の事を愛していると自負していた。彼の方も、私の事を特別気に掛けてくれていたように思う。それは私がそそっかしかったからかもしれない。優しい彼は心配で放って置けなかっただけかもしれない。けれど、その時、その時間だけは、私だけを見てくれていたのだ。
「そんな寂しそうに笑わないで」
彼はそう言って私の頭を撫でてくれた。私以外誰も住んでいない部屋を見て、励ましてくださいました。私にも幸せを願っていいと、望んでもいいとおっしゃってくださって。
彼が私の事だけを見てくれる。そんな幸せが続いていたのに。
彼女が、現れた。
彼女は陽だまりのような笑顔を持った人。誰に対しても分け隔てなく。時に優しく、時に厳しい。とても綺麗な、誰からも愛されるような人でした。
そんな彼女に会ってからというもの、彼は、いつも彼女の事を気にかけるようになりました。
私が転んでも、失敗しても、私を気にしているように見えますが、心に必ず彼女の存在がありました。私はずっとずっと彼を見て来ていたのです、分かります。
彼女の前で見せる彼の笑顔は、とても眩しかった。私が欲しかった笑顔を向けられる彼女が羨ましかった、妬ましかった。
だから、私は彼女を消そうと思いました。
手酷くしてやれば、きっと彼女は転校なりなんなりしてくれると思ったのです。彼女の事だ、転校した先でも上手くやれるのだろう。だから、この学校からだけは、出て行って欲しかったのです。
しかし、手酷くすればするほど、彼の顔は曇っていきました。いじめられている彼女を見て、心を痛めていたのです。
より一層、憎さが増しました。
もっと私を見ていてほしいのに、彼女ばかりを気にかける。私と話しているのに、いつも上の空。
綺麗な花を見せても、弱々しく微笑む彼を見て苛立ちました。あの女は、どこまで彼に迷惑かければ気が済むの。いっそ、本当にこの世から消えてしまえば良いのに。あいつさえいなければ、あいつがこの世にいなければ、彼の心は私だけのもの。
私は彼を愛している、誰にも渡したくない。私には、彼しかいないのだ。誰も私を見てくれない世界で、ただ一人、彼だけが私を認めてくれたのだ。そのままの私を見てくれていたのだ。
彼女は、なんでも持っている。だから、私のものを持っていかないで。彼しかいないの、私には彼しかいないの。彼だけしかいらないの。なんでも持ってるなら、いらないでしょう?ねぇ、ずるいわよ。どうして私が最も愛してやまない人を持っていこうとするの?
どこまでも貪欲で、浅ましくて、強欲な女ね。
「どうして、こんな事を……」
苛めていた事が、彼に見つかってしまいました。悲しそうに顔を歪める彼を見ていられませんでした。あの女さえいなければ、こんな風に悲しむ事はなかったのに。本当に、憎い。あの女が、憎い。
私は手にしていたナイフで女に斬りかかって行きました。けれども、彼女の周りには守ってくれるからがたくさんおりました。私は虚しくねじ伏せられ、ナイフを奪い取られました。
誰も彼もが、私を憎き敵のように睨みつけてきます。その中に、兄もおりました。兄もあの女に魅了されてしまわれたのです。何という事でしょう。あの女はきっと妖怪か何かなのだろう。何もかもを手に入れている。
どうして?なんでそんなに手に入れているのに!まだ何が欲しいって言うの!?私から彼をとらないでくれれば、それで良かったのに!
憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
あの女なんて、いなくなってしまえば……。
……違う。違うわ。
私が、いらない子なんだわ。
両親の落胆した顔を思い出す。いつもいつも迷惑をかけていた私は、周りが見えなくなって、こんなに人に迷惑をかけてしまいました。唐突に現実を理解してしまった。
瞳から熱いモノが零れてきます。
最初からいらない子だったのは、私の方。
両親の優しさに甘えて、彼の優しさに甘えて、ここまで生きて来た。
なんだ、なぁんだ。馬鹿よね。
「大丈夫か?」
彼が男達の拘束から私を解放してくれて、優しく手を伸ばしてくれます。私はいつもこの手に甘えてきた。それがとても愚かしい事だと気付かずに。
私はその手を取らず、走り出した。もう何もかもどうでも良かった。私が欲しがるものも、暖かさも、何の価値もないのだ。だって、私が価値のない、意味のない、必要のない存在だったのだから。
おかしくて、おかしくて、笑いが込み上げて来た。
やっぱり私はなんの価値もない存在だった。彼はそんな事ないといってくれていたけれど、やはり嘘だった。私の事なんて、困っている沢山の人間の1人でしかなかった。
なんておこがましかったのでしょう。彼が私だけを見てくれるなんて、そんな夢を持ってしまうだなんて。自分がとても恥ずかしいです。
「やめろ!」
屋上のふちに立った時に、彼の制止の声が聞こえて来た。
顔が真っ青になっていて、震えている。私を見て心配しているのだとすぐに気付いた。ずっとずっと彼しか見ていなかったのだから、すぐに分かった。
私が屋上から飛び降りそうになって、心配しているんだわ。
彼は優しいから、誰にでも、そう、私じゃなくてもいいの。むしろ、私じゃない方がいいの。彼には迷惑ばかりかけて、甘えてばっかりだった。長らく一人でいたから、気付くのが遅れてしまいました。
私はニッコリ笑いました。今までで、一番の笑顔だと自負しております。こんなに清々しい気持ちで笑えるのは、これが最期です。
「今まで、ありがとうございました」
「待てっ……!比代子!」
深くお辞儀をして、手を振りました。そして、何もない所へと足を踏み出しました。ふわりと体が浮くような感覚が襲います。
彼が、屋上から必死で私の名前を呼んでいるのが聞こえます。そして、彼を止めようと必死になっている他の男の声も。
ああ、彼も愛されているんだわ。皆から必要とされているんだわ。私だけがこの世界で必要のないものだったんだわ。
どうして平気な顔していきてこられたのかしら?でも、もう終わりです。
ああ、最期まで貴方を……りゅうちゃん、貴方を愛しておりました。
四塚比代子は乙女ゲームの攻略対象者二宮龍之介のライバルキャラ。生まれはお嬢様なのに不遇な育ちで、二宮を奪った主人公を恨んだ。ありとあらゆるいじめに手を染めたため、最後は全員に嫌われて自殺。その後は二宮が責任を感じて落ち込むが、主人公が付き添いゆっくりと心を癒していく。
二宮は幼馴染であった比代子の死という傷を負いながらも、しっかりと支えてくれる主人公と共に幸せな家庭を作る。
……という……ここまでは良くある乙女ゲームの話なはずなんだけど。
ピッピッピ……。
病院で良く聞く電子音が響く。口元には、酸素マスク。頭は動かないので、視線だけを動かして状況確認。
グワングワンと痛む頭が死ぬほど痛い。
「っ!比代子!?比代子が!!先生!早くきてください!!」
私のすぐ近くで手を握っていた龍之介がナースコールを押して叫ぶ。
うっさい。痛い、頭痛い。なんなの。なんなのこれは。
そもそも私は四塚比代子などという人間ではない。私は日本でOLやってて……あれ?そもそもなんでこんな所に?あ、そうだ、急にポテチが食べたくなって、コンビニに出かけて……それから?あ、あれ?っかしーなー……!?その後、なんだか車に轢かれた気がするんだけど?まさか死……いやいやいや待って!助かったんだよ私は!だってほら!今意識あるし。
「四塚さん、大丈夫ですか?」
四塚。え、四塚?そうだ、私は四塚だった。あれ?でも、え?うっそ、え?もしかして私、転生してたの……?
二宮が涙で泣き崩れる。二宮は比代子が最後に見た時よりもずっと弱々しくなっていた。比代子が眠っている間もずっと自分を責めていたのかもしれない。その男はそういう男だから。
って、いやいやまてまて……おかしいでしょ?比代子は屋上から自殺して終わりのはずでしょ?なんで生きてんの?
えっと、えっとえっと、落ち着けぇ。ちょっと整理したまえぇ。
四塚比代子は乙女ゲームの内容の通りに主人公をいじめて自殺した。そこまではいい。そこから命をとりとめたが、四塚比代子の意識はなくなり、前世の記憶である私が出て来たというわけだ。なるほど、なるほどな。
……え、今さらこの人生歩むとか詰んでね?
だれか助けて!!
続かない。