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メイルトさんの力を借りたりして、ようやく1人で安定して暮らせるようになってきた。街の人も、陰険だと思っていたら意外と良い人達ばかりで安心した。
私は近くの雑貨屋で働く事になり、今では売り上げが大幅にアップしているので感謝されている程度だ。ふふん、日本でアルバイトしていた甲斐があった。日本では微妙な接客も、この世界では他の誰よりもうまかった。接客の心得のようなものがなかったのにはビックリした。私が接客うんぬんと長ったらしく話をしていたら逆に向こうにビックリされたのは良い思い出である。
暮らしていて知ったのが、明かりは魔力でついているという事だった。魔力の明りはまだ導入されたばかりで、かなり高級品らしい。私が1か月働いても、1日の魔力料金には届かないレベルで高い。
明りを付けなくて大正解だった。蝋燭がたくさん売っていたので怪しいと思ったのだ。かなり文化レベルの低いこの世界では蝋燭が主流なのでは?と思って購入したのが正解だった。
魔力明りは全く使用していない。これ以上ハーヴィスさんに迷惑になるような事はしてはいけない。
メイルトさんから聞いた話だと、メイルトさんも、ハーヴィスさんも、お国のお偉いさんだった。どおりで高級な明りや、高級な冷蔵庫などを取りそろえられるはずである。赤の他人にポンと家を買って貸してくれるくらいだし、お金持ちであろうことは分かっていたが……言葉で聞くと驚きもある。
でも、メイルトさんが超偉い魔法使いというのはにわかに信じがたいことである。いっつもぼろぼろだし、なんか軽いし。まぁ、親切ではある、うん。
でも、じゃあ何故ハーヴィスさんは街で暮らしていないんだろう?その事をメイルトさんに聞いてみると。
「あーねー、カナデちゃんに言ってないなら、俺が言える事じゃないよ。バレるとガチで殺されそうだし」
とお茶を濁された。
結局、彼の何もかも知らないまま、私は迷惑だけをかけていた。
あの日以来彼を見かけることはなかった。たまに無性に会いたくなる時がある。会って、抱き付いて、頭をわしっとしてほしい。低くても透き通った声を聞きたい。彼を忘れる日なんてなかった。
そして自分の気持ちに気づいた……これは好きだったんじゃないかと。彼が返事をするだけで嬉しくて、照れている所を見るとニヤけた顔がしばらく戻らなくなる。傍にいるだけで安心出来て、無性に幸せだと感じる。あの気持ちが恋だったのだと、今さら気付いた。もう捨てられてるけども。
それと、メイルトさんには異世界の人間であると打ち明けている。この世界には異世界の人間が落ちて来る事が稀にあるという。驚いていたようだが、すぐに納得したようだ。私に掛けた言語変換の魔法が、恐ろしく負荷がかかり、恐ろしく魔力を持っていかれたせいだと言った。
この世界の言語は殆ど知り尽くしているというメイルトの言語変換はかなり少量の魔力で済むのだという。けれど、全く知らない言語と言葉を合わせる為には、普通の魔法使いが何人もいるような大掛かりなモノになるのだ。
この世界の言語を知り尽くしているというのは眉唾ものだったが、この街だけでも3つの言語がまじりあっているのだという。私には魔法が使われているので全部日本語に聞こえるが、人に合わせて言語が変えられているのだそうだ。
例えばメイルトさんは人の中でもこの国の言語。
ハーヴィスが使う狐の獣族の言語。
そして隣国からの移民の言語。
というように、気付かない内だが、色々変換されているのだという。
そう聞くと、なんだか段々とメイルトさんが凄い人のように思えて来るではないか。
「いやー実際凄いんだよ。君くらいだよ、てきとーでないがしろな感じに接してくるのはさ。まーそれが気楽なんだけど」
他の人間は格式ばって息が詰まる。というのがメイルトの意見だった。確かにいっつもぼろぼろでゆるゆるな人なので、きっちりしたものは苦手そうだった。というか、未だかつてきっちりしているところを見た事がない。
それはそうと、異世界から移動してくる人間は、前の世界には戻れないのだという。未知のありえない力がかかっているそうで、この世界では解明されていない。今でも世界各国に3人の異世界人がいるが、誰もまだ帰れていないそうだ。その事を残念に思うし、寂しかったが、周りの人は優しいので何とかやっていけている。
それに、ハーヴィスさんに恩も返せていない。何も返さずに帰るなんて事できる訳がない……ただ、会いたいだけとは口が裂けてもいえそうにない。
台所にあるかまどは、火の調節が出来るので驚いた。同時に、また迷惑をかけてしまっている事に気が付いたものだ。こういった魔法を使った道具は高級品なのだ。メイルトさんが補充してくれるっていうけど、流石にそこまで迷惑はかけられないので丁重にお断りした。今では熱した鉄板で調理している。調節も直接火にかけるよりやりやすいし。
ハーヴィスさんといた時は味が全くない肉ばっかりだったのだが、ちゃんと調味料は存在していた。塩、コショウ、砂糖、なんか香ばしいもの、なんか良い匂いの苦いもの、などなどである。メイルトさんによると、ハーヴィスのような獣族では味なしは珍しくないそうだ。なので肉にも味を付けなかったのだろう。かと言って、味ありが苦手と言うほどでもなく、むしろ好んで食べる人もいるので、単純に味をつけるのがめんどくさいタイプなのだろうと言っていた。
確かにハーヴィスさんは色々面倒がりそうだと思う。私を助けたのも奇跡に近いかもしれない。気まぐれか、ただの暇つぶしか分からないが、最終的に面倒になったのだろう。
「そういえばもうすぐ衣替えだねぇ」
「え?あー寒くなってきましたもんねぇ」
メイルトさんの言葉に頷く。しばらく心地よい気候が続いてたのだが、肌寒くなってきた。服を買えるだけのお金を自力で稼ぐことは出来ているので、なんとかしのぐことは出来るだろう。
「そろそろ来るかもしれないよ?」
「なにがですか?」
「何って……ハーヴィスだよ」
「!!いっ、いつ!?なんでですか」
「うわっ!?近い近い!離れて!」
メイルトさんの言葉に思わず掴みかかってしまった。
自分が予想以上にハーヴィスさんをか渇望している事を知って、なんとなくショックを受ける。もう平気になったと思ったのに、まだ好きだったか……。
ハーヴィスさんの顔を思い出して、同時に彼が放った最後の言葉も思い出してしまった。
急にしょんぼりした私から距離を取って、けほんと咳払いする。
「んん……はぁ、俺ってつくづく良い人だよな」
「……?」
「こっちの話。ともかく、そろそろハーヴィスの衣も変わるはずだから、服とか、櫛とか買いに来るはずだよ」
そっか、さすがのハーヴィスさんも衣替えをしなければ寒いのか。なんだか強い敵もサクサク倒すので、冬にも強いと思っていたが、そうでもないらしい。
獣族の中でも冬に強い狐だが、ハーヴィスさんは苦手な方なのだそうだ。毎年暖かい羽毛とか、燃やす為の木材とかを買うらしい。
それは良い事を聞いた。
その日を狙って是非ともお礼参りをしに行こう。
「ちなみにいつくるんですか?」
「さぁ?今日か、明日か……まぁ、もうじき来るさ」
なんとも曖昧なお返事である。
ところで、なんで櫛を買いにくる必要があるのだろう。ハーヴィスの髪は短髪なのだが。
「なんでってそりゃ、あるじゃん、しっぽとか、毛が」
「ああっ!なるほどっ!」
そういえばもふもふしていたな!私の飼ってた猫も生え変わりがあった。同時に、部屋の掃除が大変だった。よく制服に毛がまとわりついていたのだ。
猫の場合は毛づくろいとかしていたが、犬とかはブラッシングがあったか。狐も自力で毛づくろいしそうなものだが、普通の狐とハーヴィスを同じに見るなとたしなめられてしまった。
いいな……ハーヴィスさんの毛づくろいしたいな……。でもきっと嫌な顔をされてしまうと思うと、やはり気分が落ち込むのだった。
仕事の時間になったので、いそいそとメイルトさんのぼろい店からでる。この店は相変わらずぼろい。国で働いたお金を研究につぎ込んだせいでこんなおんぼろになっているらしい。
冷蔵庫や、魔力電気と言ったものを開発したのも彼らしいので、かなり凄い事だと思う。
まぁ、商品も何もない店だから営業できているか甚だ疑問だ。彼が言うには、魔法使いにしか出来ないような仕事を持ってくる人がたまにいるのだそうだ。そう、ハーヴィスが私に言語変換をしてやってくれと言ってくれた時のように。本当にお世話になりっぱなしだった。
結局その日はハーヴィスさんを見つける事は出来なかった。
次の日は朝から仕事だったので、探したい欲求をぐっとこらえて笑顔で接客する。
「カナデちゃん、今日も元気そうだね」
「あ、ダートさん!おはようございます!いらっしゃいませ!」
毎日店に顔を出してくれている、パン屋の長男ダートさんだ。ダートさんはそのパン屋の跡を継ぐのだそうだ。まぁ、次男も三男もよりおいしくなるようにパンの研究をしている。だから3人兄弟で力を合わせて……っていう風に上手くはいかない。いつも意見が食い違っているそうだ。
彼らが作ってくれた試食のパンを何度ももらっているが、それぞれが美味しくて選べない。長男のダートさんのパンは本格フランスパン。外はかたいけど、中はふわっとしていてほんのり甘い。
次男は菓子パンを作っている。この世界にはメープルシロップが流行っているので、甘味はそれ程高くないのだ。でも、お砂糖は結構なお値段するんだけどね。私もちょっとしか持ってないし。
三男は惣菜パンだ。煮物をいれたり、パスタを入れたりしている。これはかなり邪道として認知されている。ダートさんも次男からも非難ごうごうである。でも私はこれをかなり気に入っている。この世界でも惣菜パンなんてあるんだなーと感心してしまった。
ダートさんは今日も美味しそうな香ばしい香りを漂わせている。
「んんっ……今日も良い香りさせてますね。美味しそうでお腹空いちゃいました」
「そ、そうか?そんなに分かりやすいか?」
「はいっ!ロマネのパン屋は街最高ですし!とってもおいしいですよね」
3人兄弟の両親が開いているロマネのパンはやはり段違いでおいしい。まだまだ彼らも修行中の身なのだろう。けれど、それぞれが1品だけ毎日店の片隅にパンを置かせて貰っているのは知ってる。結構売れ行きは良いみたい。修行中の3人の作品だから安いしね。
私がニコニコしていると、ダートさんが手のひらサイズの袋をくれた。
「今日も試食してくれ」
「わぁ!んー……!おいしそう!」
「カナデちゃーん、ちょっと休憩して食べてもいいわよ?」
「え!本当ですか!?やったぁ!」
「すぐに戻ってくるのよ?まぁ、あんたは言わなくても分かってると思うけどね」
「はいっ!」
雑貨店の店主の許可が出た。
朝食は食べたのだが、どうも彼の顔をみるとお腹がすくようになってしまった。なんだっけ、パフパフの犬、じゃなくて、パブロンの犬……だっけ?もう条件反射的にお腹が減ってくるのだ。
店から少し離れて、袋を受け取る。
まだ暖かいパンを口に頬張る。カリッとしていて香ばしい。
「おいひい~」
「……よかった」
最初は遠慮していたけど、今では遠慮なく食べさせて貰っている。だって捨てるって聞いたんだもん。見習いなので、失敗作は多く出て来る。毎日すべてを食べられる訳じゃないので、捨ててしまうらしいのだ。捨てるなんてもったいない。なら貰おう、という事である。
「あの、カナデちゃん、今度の休みに……」
「兄貴……まぁた抜け駆けか!」
「なっ!お、オルフ!いつの間に」
「ぼくもいるぜ!にいちゃん!」
「サジェ!」
次男のオルフ、三男のサジェも来た。
これはいつものことである。誰かがパンをくれる日は決まって3人揃う。
「相変わらずネリアス雑貨店の看板娘はもてるねぇ」
まぐまぐとパンを食べながら3人の掛け合いを見てると、肉屋のおっちゃんがニヤニヤしながら話しかけて来た。
「俺の嫁さんも若い頃はベッピンでなぁ、俺は男前だったから、モテたのなんのって」
「もぐ、もぐ」
お腹周りのたるんだところをみていると、とてもモテそうには見えないが、顔つきはなかなか渋いので、あながちウソでもなさそうだ。まぁ、多少は盛ってそうだけど。
ゴクリと口の中のパンを飲み下して、3人に話しかける。
「ダートさん有難う!ごちそうさま!もう行くね!」
「え!あっ……!」
「行っちゃった……」
あまり長くもいられない。店に迷惑をかけられない。あそこでも役立たずの烙印は押されたくないのだ。
店に戻ると店先に沢山の荷物を抱えた人が立っていた。抱えたモノが大きすぎるので、男かも女かも分からない。ただ、その人を見つめた店主が酷く怯えているのは分かった。
私は慌てて店主とその人の間に割って入った。
「なんでしょー!?何かお買い求、め……」
前から見て、驚きで言葉を失った。
勿論恐怖とかではない。荷物を背負っていたのはハーヴィスさんだったからである。
ハーヴィスさんも驚いたように私を見つめていたので、私がここで働いている事を知らずに来たのだろう。
「は、ハーヴィスさ……」
「……メイルト、め!」
憎々し気にメイルトさんを呼んだ後、店から離れていこうとするので、慌てて引きとめる。
「や!ま、待って下さい!」
私のひ弱な力などすぐに振り払われるだろうと思ったが、幸いハーヴィスさんは止まってくれた。
「お、お礼したいんです!色々してくれたにょねっ!」
緊張しすぎて噛んだ!かああっと顔が熱くなった。
ふっ、と息を吐きだして僅かに笑われる気配がした。向こうをむいているので見えないが、恐らく私が噛んだ事を笑ったのだろう。嬉しうような、恥ずかしいような……やっぱり嬉しい。
まだすごくハーヴィスさんが好きな事を実感する。だってこんなにも嬉しくて楽しい。ここにいてくれるというだけで、こんなにも。
「カナデちゃん!危ないよ!離れて!」
店主が悲鳴のように叫んで驚く。
「へ。ネリアスさん、何が危ないんですか?」
「何がって!そいつはあの有名なセキレイ殺しだよ!」
「ん、んん……?」
なに?セキレイ殺しって?この世界の事はまだまだ知らない事が多いのだ。私が首を傾げていると、掴んでいた手を振り払われた。
「あっ、ハーヴィスさ……」
「……」
私の呼びかけ虚しく足早に歩いて行ってしまう。このままじゃ前回と同じだ。せっかく会えたのに。私は前より成長したと思う。働いてお金も少し溜まった。お世話になった分のお金には程遠いのかもしれないが、少しでも返したい。
そう思って追いかけようとしたが、誰かに腕を掴まれてしまった。
「カナデちゃん!なにしてるんだ!あんな危険な男の所に行くんじゃない!」
「だ、ダートさん?危険な男って……誰の事?まさかハーヴィスさんのことじゃないよね?」
「まさかって、知らないのか?」
心底驚いた、という顔をされて困惑する。
何に驚かれているか分からない。
「あの男はセキレイすら殺すような化け物だ。機嫌を損ねると自分の命どころか国1つ滅ぼせるほどの力を持っているんだ」
「え、え……」
でも、メイルトさんはハーヴィスさんは国に努めるエライ人だって言ってたよ。そりゃ強いのは知ってるけど、そんなに怖がるのが良く分からない。ところでさっきからいってるセキレイってなんだろう。
「セキレイっていうのはこういう生き物の事さ、ちょうどあの城と同じ大きささ」
私が首を傾げているのを見て、店主が雑貨に埋まっていた図鑑を取り出して見せてくれた。それをみると、ドラゴンのような見た目をした生き物が載っていた。しかし、頭が5つもあった。こういうの、名前なんて言ったっけ?これと似た感じの名前が確かあったはず……まぁ、それはいいか。この5つ頭のどでかいドラゴンがセキレイと言うらしい。
「国も危険なものを飼っていると思うよ。なんであんな化け物を……命がいくつあってもたりない。しかも獣族ときた。人間より感情で動く生き物だ、危険極まりない」
ダートさんの言葉にムッとした。
「ハーヴィスさんはそんな人じゃないよ!」
化け物化け物って、ハーヴィスさんはそんな風に言われる事をしていない。いや、しらないけど、少なくとも私を救ってくれたし、話も通じる。ちょっとイラッとしても殺しにくるような人じゃない事は私が良く分かっている。
街に来た時の不穏な空気は、ハーヴィスさんに向けられたものだったのだ。ドラゴンも簡単に倒すハーヴィスさんは、皆に恐れられている。
だからハーヴィスさんは街には住めないと言っていたのだと、ようやく知った。その事に胸が痛くなる。
別にハーヴィスさんは何も悪い事なんてしてないのに、そんな風に言われるなんて間違っている。
私は、ダートさんの制止も振り切って、ハーヴィスさんが向かった方向へと走り出した。
続く。