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狂った王を殺した英雄の話

タグ:ハッピーエンド、騎士、王、転生

「貴方が私の騎士となる方ですね。宜しくお願いします」


 そう言って手を差し出してきたのは、なんとも地味な男だった。


 俺はダンドラト国の王に仕える騎士の家に生まれ落ちた。子供の頃から騎士として厳しく鍛えられて、ようやく王の側近として迎え入れられる。いくら代々王に仕える家系だからと言って、不出来な者を王に仕えさせるほど馬鹿ではない。

 俺もまだ未熟ではあるが、第一王子の護衛として迎え入れられるほどの実力は備わった。


 が、目の前の地味な男を前にしてなんだか少しやる気がそがれてしまった。

 この国の王と王妃は絶世と呼ばれる程の美男美女であるにも関わらず、なぜこの目の前の王子はこれほどまでに地味なのか。まるで両親の悪い所だけを集めて来たような残念感がその男に漂っている。

 血は確かに繋がっているはずだ。部分部分は似ている箇所がいくつもある、ただただ、残念と言わざるを得ないだろう。

 この国の未来を背負うには、少々情けなさすぎる気がしたが、まぁいい。まだ彼は若い、これからいかようにも成長できよう。若いと言っても、俺と3つしか違わないわけだが。



「あっははは……いてて、強いですね」


 地面に倒れ込む王子を見て脱力感が増す。王子と言っても、多少は訓練を付けなければ話にならない。もし戦争にでもなった場合は、先頭に立たなければいけないのだから。勿論、実際に戦わせることはないが、多少動けないとお話にもならない。

 戦わせても普通、勉強も普通、そして魔法はからっきしだ。


 だが、ある意味そういった男の方が、国を操る側としては都合が良かったのかもしれない。

 しかし、王になった時に彼は変わってしまった。


 平和で安全な国をつくりたいと口にしていたはずなのに。明るい未来を口にしていた彼はいなくなってしまった。

 確かにこの国に蔓延った膿を排除する必要はあったが、見せしめのように殺す彼の目の冷たさにゾッとした。彼の本性は俺が思っていたよりも、もっと冷たくて残忍なものだった。

 今まで騙されていたのだ。のんびりとした口調も、民を想う気持ちも何もかもが。

 重税や度重なる見せしめが良い証拠だ。


 あまりにひどい政治に、やがて争い合っていた貴族同士すらも手を取り、彼を見放した。


 彼の暗殺が決まった。暗殺というより、もはや謀反か。

 なぜなら、ずっとそばで彼を守ってきたはずの俺が彼を殺す事に決まったのだから。


 何も知らずに俺に向けている背中のなんと無防備な事か。

 この国中の者がすべて彼の敵だというのに、なんて呑気な。

 ギリ、と歯を食いしばる。

 何故か中々切り殺す事は出来なかった。穏やかに時間が流れる。

 彼が優しく笑っていた頃を思い出したせいだった。

 俺が躊躇していると、彼が小さな吐息を吐き出した。


「ああ……次はどの貴族を見せしめにするか、楽しみだよ」


 その瞬間、俺の体は勝手に動き、彼に致命傷を負わせた。

 この期に及んで、まだ誰かを殺そうというのか!込み上げたのは怒りだった。

 何故だ!何故そんな風に変わってしまった!

 貴方が夢見た未来はこんなものではなかったはずなのに!!


 ずるりと、彼の体が力なく床へ崩れ落ちる。

 確かに致命傷は負わせた。なるべく苦しまないような所を狙ったつもりではある。こんな男でも、俺はまだ情をかけてしまったらしい。自分の甘さを呪いつつ、死ぬ間際の言葉を聞いてやろうと、足で彼の体を表に向ける。時間はわずかであるが、それでもまだ生きている事に間違いはない。最後に彼の口から発せられるのは、怨嗟の言葉か、それとも……。


 俺は、その場で息が出来なくなった。


 彼は、静かに笑っていた。


 狂人のようなあの冷たい笑い方ではない。

 昔の様な、優しい笑みだった。


「……何故、笑っている?」


 押し殺した俺の声に今気付いたように、ハッとして彼は表情を変えた。

 いつもの冷徹な、あの顔だ。取り繕ったその表情を見ても、もはや彼の本当の心が分からなくなった。


「……まさ、か。信じていたお前に殺されようとはな……」


 忌々しそうに、そう言い捨てているが、違う。

 彼も馬鹿ではない。だからこそ、今この瞬間まで生き延びてきた。裏で手引きし、様々な事を考え、そうしてここまで。

 結局は、殺される事になった訳だが、違う。

 彼は分かっていたはずだ。自分が殺される計画がある事くらい。今までだって幾度となくそういったものがあった。それを全て彼は把握していた。俺が恐れを抱くほど。戦いや魔法に関してはからっきしの彼は、こと情報収集、戦略に関してはずば抜けていたのだから。

 ひたり、と彼の頬に刃を突きつけて問う。


「何故だ。何故笑っていた!!」


 まさか、これもまた彼の計画の内なのではないだろうか。そんな焦燥感にかられる。

 手元が震えたせいで、彼の頬から一筋血が零れ落ちる。もはや痛いとも感じないのか、眉一つ動かさずに、冷酷に笑った。


「私が、死んだら、この国は誰が指揮する?」

「……質問に答えろ」


「ああ、ひどいものだな。こちらの時間は、も、残り少ないと言うのに。まぁ、見当は、ついて、いるが」


 そう言って、ごほ、と口から血を零す。

 体にはもう力が入らないのか、その血を拭う事も出来ない。致命傷を負わせてある、俺がやったのだから、誰よりも分かっている。だからこそ焦る。彼が何を計画しているのか、それを知っておかないと大変な事になる。

 ああ、もう少し、傷を軽くしていれば。

 俺が焦っているには関わらず、彼は浅く笑った。


「私の、計画は、これから、生きる者達が、つくる」

「……貴様の計画の好きにはさせん」


 ざわつく胸を片手で押さえつつ、嘲笑う彼を見下ろす。


「いいや、やって、くれる、さ。オーフェン、君なら、きっと、ね」

「誰が!!」


 俺が叫んでも、涼しい顔だ。それが、それが腹が立つ。何もかも計画の内?だとしたら……だとしても!俺達が作る未来で、貴様の好きにはさせない。

 俺が叫んだ後、彼の瞳が揺れた。

 懐かしそうな、どこか昔を思い出す様な、そんな顔だった。

 ……違う。

 だから違う。

 何が違う?分からない、分からないが、ざわつく胸がおさまってくれない。気付かなくてはいけないはずなのに。


「まぁ……せいぜい、踊れ」


 小さく掠れるような声で、そう言い残して力尽きた。


「……何が、踊れだ。好きにはさせない。貴様が最も嫌う、良い国にしてみせるさ」


 俺は抗うようにそう吐いた。




 あれから60年の月日が流れた。

 結局、胸のざわつきも杞憂に終わり、この世界で最も幸福と呼ばれる程の国に成長を遂げた。

 俺はこの国を救った英雄として、国王へと祭り上げられた。必死になって公務をこなし、宰相に支えられてようやくここまでたどりついた。今では息子が立派な国王へとなっている。

 60年経った今でも、あの日の事は忘れられない。未だにまだ何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。


「オーフェン様」


 年老いた優しい女性の声に顔を上げる。

 白髪交じりになった髪を三つ編みにして、前へゆったりと流している姿は、いつ見ても美しいと思う。

 我が妻が、孫を連れてやってきていた。

 何やら、孫が話したい事があるらしい。その孫はかなり優秀で、10歳にして教師を泣かせるほどの秀才だという。今から将来が楽しみな子である。

 その孫が最近どうしても俺に会いたいと言って来ていたらしい。

 どうやら、俺が殺した狂王について聞きたい事があるのだとか。聡い子だから、あのような愚かな事はしないと思うが……少し心配ではある。どれ、俺が話を聞いてみようか。

 妻は席を外し、2人きりになる。

 考えを口に出すのを戸惑っているのか、それとも俺に気後れしているのか。中々切り出そうとせずに、当たり障りのない言葉を吐く。やれやれ、と思い、俺の方から本題を促してやる。


「狂王の事を調べているそうじゃないか。その事で、聞きたい事があるんだろう?」

「……はい」


 少し迷ったようだが、ようやっと口を開く。


「おじい様は、彼を殺したと聞きました」

「ああ」


「最後、どんな顔をしていましたか」

「何故そのような事を聞く?」


「確かめなきゃいけないと思ったからです」

「……そうか」


 何故孫がそんな事を聞くのか。

 良く分からないが、あの日の事は鮮明に思い出せる。油断していた彼は、穏やかに静かに笑っていた。それを思い出すと、今でも胸がざわつく。


「……笑っていたよ」

「どんな、笑い方でしたか?」


「そこまで聞くのか?」

「え、えっと、重要、ですから」


 俺が苦笑まじりに文句を言うと、途端にオドオドする。この子は強いのか弱いのか良く分からない子だ。


「……凄く、安心したような、そんな顔だったよ」


 そうだ、あれは、あれは安心していた。全ての事をやり遂げた時のような、安堵。


「……やっぱり」


 と孫が小さく呟く。


「何がだ?」

「あっ、いや……じゃなくて、えっと……おじい様は、その……」


「はっきりせんか。何がやはりなのだ」

「うっ……おじい様はやはり、狂王……いえ、アセニアト王の計画をすべて知った上で殺されたんですよね?」


 彼の、計画?

 それなら、知っている。彼の計画は、見せしめや重圧での愉悦のみ。どこまで人を苦しめられるか。

 違う、と心のどこかで警告が漏れる。

 ずっとずっと心の奥で感じていた焦燥。


「ほう、計画?ちなみに聞くが……お前はどのような計画を立てていたと思う」

「国家平和計画です」


「……は?」


 思わず変な声が漏れた。

 狂王と名高いアセニアト王には似合わな過ぎる計画の名だったからだ。

 俺の反応に可笑しいと感じたのか、孫は動揺している。


「おじい様にも、まさか……え?まじでかこの人、まじで……それでやり遂げたってのかよ。ありえないだろ」


 小さな声で呟いているが、全て聞こえている。

 焦る気持ちを抑えて、孫に問いただす。


「なんの話だ」

「え!?……えぇと、その」


「すべて話せ」


 孫は動揺していたが、深呼吸をして自分を落ち着かせる。

 そして口を開いて飛び出してきた言葉に、俺は驚いた。


 アセニアト王の真の計画は、この国の長期安定と平和と安寧にあるのだと。


 この国は腐っていた。それはアセニアト王が子供の時から手の施しようがないほどに。だが、彼は冷酷とも言えるような手段で次々と貴族を殺していく。その為、ある程度の支持はあるにはあった。俺もそこまでは従っていた、多少眉を潜めたが。

 しかし、それでも飽き足りずに彼はさらに国民にまで手を出す様になった。吊し上げ、重税、吊し上げは貴族にも当てはまる。

 それがどうして平和につながると言うのだ。


『ある程度、これよりマシかなって思えたら、我慢できると思いませんか?』


 怪我の手当てを受けながら、苦笑いを浮かべる。まだ優しかった頃の彼の言葉がふいに思い出された。

 圧政を強いた事で、小競り合いを起こしていた貴族すら手に取った。それは国民もそうだった。

 アセニアト王は誰もが認める悪に、自分から為ったのだ。

 アセニアト王が殺された後、あれよあれよという間に平和が訪れた。皆が彼の死を喜び、重圧から解放されて笑いあった。多少の事があっても、あの時の苦しみよりはマシだからと思える。そんな心まで出来上がっていた。


 変だと思っていた欠片が集まる。

 今まで考えないようにしていた事柄が、必然的に。


 彼がつるしあげた者は善良な市民?いいや、すくなからず罪を犯した者だ。

 彼がみせしめた貴族は悪事に手を染めた者だ。


 そして、市民から吸い上げた税は?


 贅沢な物などなに一つ買っていない。

 莫大な金は彼の貯蓄庫に。

 さも、自分が死んだ後に使ってくれとでもいうように。その金で、国の復興はスムーズなものだった。

 それがすべて彼の計画の内?まさか、そんな馬鹿気た事。平和にしようと思うなら、圧政などしなければいい。安定をもたらそうというのなら、みせしめなどしなければいい。民を幸せにしたいなら、重税など課さなければ良い。

 それだけの事のはずだ。


「団結力を固めたんですよ、彼は」


 すべて悟ったかのような孫が……まるで、俺よりも年上だとでもいうような眼差しで、こちらを見つめている。


「俺……いえ、私も、バカげたことだと思いますけどね。人間って案外単純だから、大きな悪があると、皆団結して立ち向かうんですよ。その団結がこの国には必要だった」

「ローレンツ、君は……何者なんだ」


「孫ですよ……おじい様の」


 孫は苦笑いを浮かべている。

 これは確かに、教師陣も泣かされるはずだ。

 とっくに彼には追い越されているのだろう。そう思わせるだけの知性が彼にはあった。


「彼が殺したのは悪事を働いた者だけ。根腐れていた部分をすべて取り除き、国民、ましてや貴族も団結させ、平和を齎そうと努力させる。1人の英雄を作り出す事によって」


『いいや、やって、くれる、さ。オーフェン、君なら、きっと、ね』


 彼は知っていた。俺が英雄に仕立て上げられる事を。俺がこの国を平和にしたいと願っていた事を。

 その心までも利用し、俺に殺させたのだ。


『ああ……次はどの貴族を見せしめにするか、楽しみだよ』


 あの言葉は……そうか、俺が、迷ったから。

 俺に殺させる為に、殺さないといけないとおもわせる為に!知っていて促したんだ!俺が殺そうと知っていて、彼は!

 だから笑っていたんだ。

 やっと役目を終えたから。肩の荷が下りたから。これからは市民も貴族も幸せになるだろうと思ったから。


『なぁ、オーフェン。こういうの作ってみたいと思わない?』


 彼が夢を語ってくれた。例えば学校、医療、食糧の改良。全てに関して、俺が彼の死後、彼の言葉を思い出しつつ行った事だった。物凄く画期的な事を言っていてハズなのに、自分では何もやらずに、すべて俺に放りなげていきやがったんだ。


『まぁ……せいぜい、踊れ』


 完全にハメられた。

 俺がやりたいと願った事が、全て彼の予想の範囲内だったのだから。

 あらがったつもりが、彼の掌に踊らされていた。

 なんて滑稽な。


「……俺も随分長いダンスを踊ったものだ」

「え?ダンス?」


 孫がきょとんとしている。

 その顔は先程の顔と違い、年相応に幼く見えるから不思議だ。


 全ての汚名をその身に背負い、死んでいった狂王、アセニアト王。彼の優しさが本物であったなら、あの圧政がどれほどの苦痛だったことか。俺に憎まれる事が、どれほど……。

 この国はまだ道を違えないだろう。この孫や、息子がいる限り。

 この国に平和と安寧を、それをもって、貴方への忠誠としても、良いのだろうか。

狂った王は転生者、平和への計画をすべて騎士に叩きこんで死ぬ。

孫もまた転生者で、腐った国がどうやって立て直したか気になったから調べてみたが、予想を斜め上に行く結果で、狂王に良い意味でびびっている。

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