僕と君の優しさの魔法
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「御用改めである!」
ガシャン!
「なにやつ」
「あ、もしかしてこの近辺の薬師ですか?」
「急に改まったね。とりあえず壊れたドアからどいてくれると有難いんだけど、もしかしなくても薬師だよ」
「そうですか!弟子入り希望です!」
「断る」
「なんでですか!私の事、何も知らないでしょう!?断るのは早計だと思いませんか!」
「とりあえず、いきなり他人の家のドアを蹴破って入ってくる人間だと言う事は分かっている、出ていけ」
「そんな!ご無体な!」
「ご無体なのはどっちだ」
……
「道場破りである!」
ガシャン!
「きたよ」
「今日も弟子入り希望です!師匠!」
「君の師匠になった覚えはない、師匠と呼ぶな、出ていけ」
「冷たいですね、そこもまたカッコいいと思いますよ」
「僕がカッコいいのは知っている。だからなんだ、出ていけ」
「所でこのドア立て付け悪くありません?」
「昨日君が壊したばっかりだからね」
「ああ!まだ名乗ってませんでしたね!私はマリっていうんです!」
「聞いてない」
「師匠は師匠って呼んでも良いんですよね!」
「聞いてくれない」
「弟子入り許可って事で良いですか?」
「断る」
「冷たい!」
「当然の反応だ」
……
「たのもーーー!」
ガツン!
「(うわきた……でも今日は鋼で溶接してあるぞ)」
「あれれ?今日は薬屋おやすみのご様子?」
「(そうだ……帰れ)」
「あ……開きそう」
ミシ……ミシ……
「(やめて!)」
バキン!
「師匠!今日も弟子入り希望です!」
「ファック!この馬鹿力め!」
「えへへ、良く言われます」
「照れるな、褒めてない」
「所で師匠、このリンゴを見てください」
「僕は君の師匠じゃないけど、なんだい?」
ゴシャア!
「……どうです?」
「見るも無残に砕け散って床が汚れたね」
「私は師匠のその細い首も簡単にへし折る事が出来ます」
「こわい」
「でもそんな事はしません、弟子入りしたいからです」
「なんだろう、全然納得できる理由じゃない」
「こんな風に床にぶちまけられたくなかったら大人しく弟子にしてください」
「脅しにかかってきた。怖すぎる」
「安心してください。いつでも寝首をかけますが、そんな事しませんので」
「安心出来る要素がない」
「ここまで冗談です!どうです?笑いのセンスも抜群でしょう!」
「真夏には良いかもしれないね、背筋が凍って」
「へへ、有難うございます」
「褒めてない」
……
「あれ?今日は扉があいてますね!」
「いつも君に壊されるのはかなわないからね」
「私を待っていたって事ですか?嬉しいです!」
「なんでそうなるのですか」
「これはもう、弟子入りですね!」
「ところで君さ、どこの子?」
「ふぇっ!?しし、師匠!私の事が気になります?」
「然るべき所に訴えようと思ってね」
「えっとですね、師匠がいつも薬を送ってくれているプナル村です」
「ああ、あそこね」
「私はあそこで師匠の素晴らしい薬に感動したのです!そして、ここまで辿りついたのです!」
「僕はとんでもない過ちを犯したみたいだね」
「いえいえ!師匠の薬は素晴らしいです!とっても良く効くって評判なんです!しかも良心的な価格!これはもう、弟子入りするしかないと!」
「それを聞いて悪い気はしないね」
「そうでしょう!私も師匠のように沢山の人の命をわが物にしたいのです!」
「え、ごめん。聞き間違い?まるで掌握したいと言っているように聞こえるんだけど」
「間違えました!えっと……なんていうんですっけ?えーと」
「沢山の人の命を救いたい?」
「それです!」
「もうお前帰れ」
……
「師匠!今日も来ました!」
「……やぁ、きたね」
「どうしたんですか?いつもにまして今日は暗いですよ」
「プナル村の村長に聞いてみた、君の事を」
「……し、師匠、そんな……」
「あの村にマリなんて存在しない……」
「待って下さい、師匠、あの」
「君は……」
「やめてください!」
「マリモルピンピンが本名だってきいた」
「いやあああああああああ!」
「まり……ピンピン……くっくっく!」
「師匠のばかー!」
「馬鹿で結構!二度とドア壊さないでくれるかな!?」
……
「師匠……」
「まさか今日も来るとは、案外君も根性がある」
「名前の事は忘れてください」
「忘れがたい名前だよね」
「意味は良い言葉なんです!」
「神に愛され、守られる存在、良い名前じゃないか。親に感謝するべきだ」
「本当にそうおもうなら名前を交換しましょう」
「ごめん……本当にすみませんでした」
「手のひら返すの早くないですか?ひどくないですか?」
「なんで素直にマリアにしなかったのか悔やまれる所だね」
「神に愛された子が良かった。余計なトッピングしないで欲しかった」
「親のセンスは選べないって不幸だね」
「神に愛された子、マリアの首が全てへし折れる呪いないかな」
「やだ、物騒」
……
「師匠!お頼みもうす!」
「なに、今日は元気だね……誰その子?誘拐?」
「違います!熱が高いから連れて来たんです!決して誘拐ではないです」
「そう?うーん……たしかにこれは高熱だね。よく連れて来てくれた」
「へへ!褒められた!初めてほめられた!やっふー!」
「静かにして、病人に障る」
「ごめんなさい」
……
「師匠」
「……」
「師匠ってば」
「……」
「しーしょーおー!」
「なにかな!もう!うるさいな!今調合中なんだからね?」
「もうそろそろ弟子入りしてもいいんじゃないですか?」
「調合の邪魔をするやつはいらない」
「弟子にしてくれたら邪魔しません」
「弟子にしなかったらずっと邪魔するってことかな?」
「そう聞こえました?えへへ……私の愛って深いんですよ」
「怖すぎる」
「こわくなんてないですよーだ!私って結構役にたつんですよ?掃除に、洗濯に、料理だって出来るんです」
「それは心底意外だな。てっきり脳みそまで筋肉で出来ていると思っていたよ」
「今までどういう目で見ていたんですか!こんな可憐な少女捕まえて!」
「むしろ僕が捕まって拘束されそうなんだけどね」
「あはは!確かに私の方が追いかけてますね!師匠うまい!」
「もう面倒になってきたんで、試験的に弟子入りを許可するよ」
「まじですか!いぇえええええ!」
「僕の弟子なら叫ばないよね?」
「はい!ししょー!」
「うん、じゃああの女の子の冷タオル交換してきて」
「はい!ししょー!」
「その後食器洗っといて」
「はい!ししょー!」
「その後適当に料理を作って」
「はい!ししょー!……ふふ」
「なんだい?笑ったりして」
「いえ、師匠はやっぱり優しい方だと思いまして」
「今更かい?普通ならもうとっくに包丁を振り回しててもおかしくないレベルで君の行動は常軌を逸していると思うけどね」
「えへへ……照れますね」
「いつも言うけど、褒めてないからね?」
……
「ありえない……」
「ししょー、ダメでしたか?」
「はぁ……まじで、もう……」
「そんなにダメでしたか?」
「いや……美味しい」
「うわー!よかった!一安心です!作った甲斐がありました!」
「この脳筋少女がまさか料理上手なんて誰が予想し得るだろう?いや、ない」
「ふふふ、これで師匠の胃袋をガッチリつかみましたね!」
「今、僕の胃がきゅっとなったよ」
「恋ですかね?」
「胃痛だよ」
……
「今日も弟子は飯だけ美味い」
「ありがとうございます」
「僕も作れるんだけどね、どうしても研究の方がメインになっちゃって食事がおろそかになるんだよね」
「お役に立てたみたいで嬉しいです!」
「うーん、こんな所で役に立つとは」
「えへへ……」
「でも掃除は出来ないみたいだね」
「掃除ならちゃんとしてますよ?」
「え、どこ?扉ならもう粉砕されてるんだけど」
「この家の周囲にいた野犬を追い払いました。主はこちらだぞ、と警告を」
「え、掃除ってそっち?いや、助かったけどね?」
……
「じゃあ師匠、隣の村に薬運んできますね」
「ああ、頼むよ」
「任せてください、熊がきても退ける覚悟です」
「まず出会わないようにしようね」
「犬なら余裕なんですが、熊はちょっと無理ありそうですからね」
「うん、そうだね」
「目が急所なんですよ。あと、噛みついてきた時が勝機です。思いっきり喉を、こう……」
「うん、出会った事があるんだね?その腕の傷跡はその時のものだって分かったよ。だから安心して弟子を見送るよ」
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「今夜はイノシシ鍋の予感です」
「はよいけ」
……
「師匠の薬は偉大ですね」
「なんだい突然?まぁ当然だけどね」
「どう言う所がポイントなんですかね?」
「細やかな調合と度重なる研究の成果だよ。並大抵のことでは身につかないさ」
「私もいつか師匠のようにみんなに笑顔を咲かせたいです」
「そうだね、出来るといいね」
「出来るといいね、じゃないです!やるんですよ」
「やる気だけは豊富だね。良い事だと思うな」
「私、実は師匠と前に会った事があるんですよ」
「へぇ、そうだったのかい?こんなクレイジーな女の子いたかなぁ……」
「まだあの時はそこまでファンキーじゃなかったですからね、気付かなかったんでしょう」
「名前を知っていればきっと深く記憶に刻まれてたと思うけどね」
「本名は名乗らなかったと思いますよ。ずっとマリって言ってますからね」
「意味は素晴らしいのにね」
「意味なんてくそくらえ」
……
「師匠、この薬草はなんですか?」
「これは解熱作用のある薬草だ。しかし、多く服用すると毒になるから調合の際には気を付けないといけない」
「難しいんですね」
「人の命を左右する仕事だからね。そう簡単にはいかないさ」
「師匠、それは何をやっているんですか?」
「ん?……あー……これは……」
「珍しく歯切れが悪いですね。何かやましい事でも?」
「違う!これは……魔法をかけているんだ」
「魔法、ですか」
「ああ、無事に病気が治りますようにって、ただのお祈りさ」
「素敵です」
「あれ、馬鹿にされるかと思ったのに」
「馬鹿になんてしません。師匠のその優しい気持ちが、より薬の効力を高めているんですね」
「ただの気休めさ」
「いいえ、いいえ!師匠は魔法使いです!優しいて暖かい、薬の魔法使いです」
「……そう褒められると恥ずかしくなってくるよ」
「私も昔、その魔法をかけて貰いました」
「なんだろう、黒歴史を直視させられている気分だ」
「もっと人を守る強い女の子になりたいって思ってたんです。そうしたら、もう君は強い女の子だよって言ってくれて!なんかそれ以来自信がついたんです!」
「過去の僕!なんて事をしたんだ!」
「うふふ、照れ隠しですね」
……
「ししょー!女の子の目が覚めました!」
「そうか、無事に回復してくれたようでなによりだよ」
「師匠の薬のおかげですね」
「いいや、僕の魔法はその人の体力をアシストするだけさ。本当に頑張るのは本人なんだ」
「謙遜ですか。今日も師匠はカッコいいです」
「知ってる」
……
「異端狩り……ですか」
「なんともまぁ、外は物騒なんだね」
目覚めた少女は異端として殺されそうになったためにここまで逃げて来たそうだ。
その途中、熱が出て動けなくなった所に弟子が来て運ばれたと。
「なるほど確かに、君の目は血のように赤いね」
「ししょー!これは宝石のように綺麗って言うべきですよ」
「良い意味ではそうかもしれないね。でも、全ての人間がそう思うとは限らない」
「師匠、いつになく真面目ですね」
「君は早く真面目になった方が良い」
目が赤いだけでは異端狩りまではされない。その少女の村では、死の病が流行しているそうだ。それを広めたのは少女と言う事になって、原因を殺そうという考えに至ったのだ。
「けれど、少女もその病にかかっていた。かなり危険な状態だったからね」
死の病は少女のせいではない。現に、少女自身も死にかけていたから。
けれど、死から逃れたい村の者はそうは考えない。
「いくところがないなら、僕の家に留まると良い。弟子のご飯は美味しいからね」
少女は迷ったようだったが、頷いた。
誰しも、望んで死にたい訳ではないから。
「やっぱり師匠は優しいですね!」
「はぁ、君も僕の優しさにもっと感謝すべきだ」
……
「師匠、それはなんですか?」
「謎の死の病の解明さ。生き残ったリリの血液を貰って突破口がないか探している」
「師匠はやはり偉大です。なにか欲しい薬草があれば私に言ってください。すぐに取ってきますので」
「そういう事なら、食料調達がてら、リリが道中で口にした植物を片っ端からかき集めてくれるかな」
「了解しました」
「ようやく弟子らしくなったね」
「人の命がかかってますから」
「その通りだ。じゃあ、熊には気を付けて行ってくるんだよ」
……
「師匠」
「……」
「師匠っ!」
「はっ」
「寝るならベッドで寝てください」
「うん……そうだね、あともうちょっとだけいいかな」
「仕方ありませんね。今度目を瞑っていたらお姫様抱っこで強制連行させて貰います」
「それだけは断固として回避せねば」
……
「師匠、最近休んでませんね?」
「気のせいさ」
「リリも心配してます」
「リリは元気かい?もう1度採血させて欲しいんだけど」
「たぶん了承してもらえると思いますけど、その前に休んではどうですか?疲れていては優秀な頭脳も発揮できないと思うんです」
「僕が寝ている時間に、一体どれほど感染しているか、どれほどの人間が死んでいるか分からないんだよ?僕はそんな状態で穏やかに眠れる気がしないよ」
「師匠のそういう優しい所、私は好きですけど、人間には休息が必要です」
「大丈夫、もう少ししたらちゃんと休むよ」
「仕方ないですね」
「諦めてくれた……かっ!?」
「ちっ、外しましたか。案外素早いですね」
「なんで今攻撃した!?なんで今攻撃した!?」
「眠らせようかと思いまして」
「今の攻撃力は永眠させる威力だったよね!?」
「気のせいですよ、ほら、安心して身をゆだねて」
「分かった!僕が悪かった!今から寝るから!」
……
「……ごくり」
「……かん、せい……か?」
「ようやくですね、師匠」
「ううん……僕の判断では完璧だけれど……患者に直接打ってみないとなんとも言い難いね」
「皆さん治るといいですね、師匠」
「そうだね、それが僕の唯一の望みだからね」
「薬師らしい望みですね、師匠」
「薬師を目指した理由だからね」
「それじゃあ、私はリリの村に行ってこの試作品をこっそり誰かに試してきますね」
「うん、気を付けてね」
「私は熊も退けたんです、病もきっと退けますよ」
「そういう事じゃない。病が広まっているなら、元気な者を妬む人間がいるからね」
「病より人間の方が御しやすそうです」
「君らしい答えだ」
……
「師匠、やりました!あの薬、完成されてたんですよ!」
「そうか、よかったな!」
「師匠はやっぱり素晴らしい薬師です!」
「褒められるのはまだ早い。また数個作っておいたから、持って行ってくれるかな」
「かしこまりました!すぐに出立してまいります!」
「ああ、油断なく行ってらっしゃい」
……
「ああ~師匠って偉大ですね!皆感謝していましたよ!」
「村が救えたようでなによりだ」
「だから師匠、しばらくお休みでもいいんじゃないですか?」
「でも、薬を作っておかないと、在庫が減ってきているから……」
「簡単なものなら私も作れるようになりましたよ!師匠のおかげで!任せてください」
「大丈夫かな……」
「より不安そうな顔を!?もうちょっと信用してくださいよっ!」
「分かった。じゃあ僕は弟子を信じて寝るよ……ふぁああ」
……
「弟子よ……ん?」
目が覚めたので台所に行くと、簡易的なメモが置かれてあった。どうやら材料の調達をリリとしに行ったようだ。暗くなる前には帰ってくるだろう。
……
「……」
外がもうすっかり暗くなってしまった。普通ならもう帰ってきている時間なのに、何かあったのだろうか。
「って、何やっているんだ、僕は」
上着を羽織ろうとして、やめる。夜の森は危険である事は分かっている。探しに行くなら翌朝が良いだろう。見つけようにも、夜中では見つけられないかもしれないからだ。ならば今は体力を温存しておくのが良いだろう。
帰りが遅くなっているだけだ、暖かい料理でも作って今は待とう。
……
「行くか」
結局、夜明けになっても弟子は帰ってこなかった。冷え切った料理を一瞥してから、簡易的な薬箱だけ持って出かける。僕の料理はこんなに不味かったのだろうか。それとも弟子の料理がおいしかっただけなのか。それを確かめる為に、また弟子に料理を作らせよう。
……
「リリ!」
森の道中、木にもたれ掛っているリリを見つけた。
血みどろで、見るも無残だった、それでもまだかすかに息をしていた。誰かに木に縛られたのだろう。この傷は、野犬の噛み痕だった。
「なんて酷い事を」
この辺りは弟子が野犬を追い払っていない。そんな所に一晩中縛りつけられていたというのか。
僕はリリを慎重に縄から解放し、傷の具合を見る。外科は専門外だが、重症である事は誰の目から見ても明白だった。
傷口は汚れているから洗った方が良いのは分かっているが、どうみても洗った方が良いのだが、それだと出血が多くなってしまう。ただでさえ大量の血を流している。これ以上血を流すと、致命傷になりかねない。が、洗わないと破傷風になってまた命が危ぶまれる。
どうすればいいか僕が迷っていると、リリがうっすらと瞼を開く。
「リリ、リリ、もう大丈夫だ。安心して」
全然大丈夫などではなかった。それをリリも理解している。生きながらにして野犬に体を食われたのだから。
リリは痛みに顔を歪めながら、右手を差し出し、南の方角を指さす。それは、リリの村がある方角だった。
「リリの村で何かが!?弟子が、弟子がそっちにいるのか?」
リリはコクリと頷いてから、静かに息を引き取った。
「……」
何があったのか、訳が分からい。だが、行かなけばならないだろう。
……
「なん、だ、これ……」
その村の中心にはたくさんの人が溢れかえっていた。何かの祭りを連想させる熱気が満ち溢れている。
その中心に位置する所に、誰かが縛りつけられていた。
弟子だった。
どうしてそんな状況になったのか、眺めている村の者に尋ねる。
近頃、魔女狩りが盛んだった。リリもそのせいで村を追われた。その原因は、謎の死の病。その病から立ち直った村として、教会に目を付けられた。村の者は皆、弟子の事を尊敬して教会の者に話す。だが、教会の者は弟子を異端として認識してしまった。村の者が神ではなく、弟子や薬を重宝したのがだめだったのか。
病の原因を振りまいたのが、僕や弟子のせいなのだと言う事にされたらしい。
「この異端者に、石を投げつけよ!」
教会のお偉い様なのだろう、代表して口を開いている。
だが、誰もその言葉に従わない。それもそうだ、救ってくれたのは命がけで薬をここまで運んだのは、他でもない弟子なのだから。僕は安全な所でひっそり薬を作っただけ。人を救いたいと必死でかけずり回ったのは弟子なのだ。
きっと、看病も懸命に行っていたのだろう。弟子を悪い風に見ていないのは、俺から見ても分かった。
「投げつけよ!貴様らも異端者として処刑するぞ!」
いう事を聞かない村のものに苛立った神官が、近くにいた女の子を殴りつける。それを止めようとした父親が蹴られる。やめてくれと叫ぶ女性、あれが母親か。
周囲は異様な空気に包まれている。
沢山の人が息をのんでいる中で、弟子と僕の目が合った。
『投げてください、師匠』
弟子は僕にそう言った。
弟子らしい言葉だと思った。
目の前で倒れている者がいれば助ける優しい弟子が、自分のせいで殴られている女の子を見捨てられる訳がないのだ。
謎の死の病で、自分が倒れるかもしれない所に、何度も何度も危険な森を抜けてまで行き来した弟子が、見捨てられる訳もない。
けれど僕も、投げれる訳がなかった。
弟子は石を投げられるいわれはないからだ。
例え出会い頭にドアを蹴破ろうとも、こちらの都合など考えなしに弟子入り希望しようとも、脅しをかけようとも。あれ、今考えたらロクな事してない。
それでも、弟子が誰かを救いたいと思う気持ちは本物だった。張り付けにされて、石を投げてられていい人間じゃない。
このままでは弟子が殺されてしまうではないか。悪魔なのは、異端なのは、人を殺しているのは、他でもない、教会の者じゃないか。
僕は弟子を助けようと人混みを掻き分けて前へ行く。殴られ、切られた傷が痛々しい。恐らく、教会のものにいたぶられたのか。
「なんだ、この者は!」
前に出た僕を衛兵らしき男が殴りつける。けれど、それはあまり痛い強さではなかった。
「やめといた方が良いです。貴方も殺されますよ」
衛兵は小さく僕に呟いた。衛兵も、きっと弟子に命を救われた者なのだろうか。なのに、どうしてみんな傍観している?なぜみんな何もしない?どうして弟子がこんなひどい目に遭わなきゃならない?
研究ばかりのひ弱な僕では、弟子に手が届かない。手加減をしている衛兵ですら押しのける事は出来ない。
なぁ、弟子よ。神に愛され、守られし存在なんだろう?どうしてお前がそこにいるんだ。神に守られているはずだろう!抵抗しろよ!自分は何もやっていないと!異端ではないと!
「火を放て!」
痺れを切らした神官が、そう言い放つ。
やめろ、お前は何様だ。自分が神だとでもいうつもりなのか。何の罪もない者を殺すのが神だというのら、僕も神になれるだろう。
けれど知っている。いつだって神は何もしてくれやしない事を。僕の村も、リリの村のように病で滅んでしまった。どれだけ願おうにも神に許しを乞おうにも、なんら叶えてはくれやしない。自分の命を救うのはいつだって人だったし、自分の力だった。
だから僕は薬師になった。僕の村のような事にならないように。必死で勉強して、僕の村が滅んだ原因も突き止めた。
ねずみを媒介とする病原菌だった。リリも村も同じようなものだった。簡単に薬なんて作れるはずもない。僕は、僕の村が滅んだ時から、ずっと研究を重ねて来ていたのだ。リリの病は僕の薬では治りが遅かった。だが、確実に治った。当たらずも遠からず、薬は完成していた。あとはもう少し薬を調合しなおすだけだった。僕の薬が、薬師としての目標がようやく達成されたような気分だった。
その村で、どうして弟子が殺されなきゃならない。ぶざけるな!
火の熱が、僕の頬を撫でる。弟子は、もっと痛いし、熱い。
救えない。なんで僕は弟子の1人も救えない!
ならせめて痛みを和らげる薬を。僕にはそれしか出来ない。
だから、僕は弟子に麻酔の薬を投げた。
大量の麻痺薬を頭からかぶった弟子は、僕に笑いかけてきた。ありがとうございます、と微笑んだ。僕の意図を汲んだのだろう、麻痺薬を舐めてくれた。
僕が瓶を投げた事に呼応して、他の人も燃え盛る炎に石を投げ入れる。でも、誰しも弟子にあてる事はなかった。皆、炎の中に投げ入れていたのだ。
麻痺薬が効いているのか、弟子の顔に苦痛はなかった。ただただ、優しく笑っていた。本当に心優しい人間なのだ。
僕はなんの役にも立たない、ただの薬師だ。弟子すら救えない、ろくでもない師匠だ。
こんなバカな人間を、師匠と慕っていた弟子は大馬鹿野郎だ。
人の扉を壊した報いは受けて貰った。麻痺薬の瓶を頭に投げつけてやった。ざまぁみろ。でも、それでも死んで良い訳ない。良い訳がない。
人の命を救いたいと走った弟子が、どうして死ななきゃならない。弟子を罰していいのは僕だけだ。扉を壊された僕だけなんだ。お前らが勝手に殺して良い相手じゃない。
そんな弟子を殺したお前らを僕が殺したって、誰も文句はないだろう。
ないだろう?
……
ガチャン。
僕の家の扉が壊される。
もう僕の扉は壊されまくってボロボロなんだ、簡単に開くだろう。そんな所に弟子の名残があるようで、妙に懐かしい気持ちが込み上げる。
僕は1つ瓶を手に取り、闖入者に向き合う事にした。
「来ましたか」
来訪者は、あの日見た神官たちである。僕の弟子を殺した張本人たち。
弟子は馬鹿だから、師匠である僕の事を村に言いふらしていたのだろう。愛すべき馬鹿だから、愛おしいとさえ思える。
弟子もきっとこんな風になるなんて思っていなかったに違いない。
「異端の師匠という魔術師はお前か」
「如何にも」
肯定すると、ざわりと周りが騒がしくなる。
「お前が病を流行させたのか」
「正しくは違う、僕は神ではないからね」
「お前の様な悪魔が神という言葉を口にする事すら許されない」
「人殺しも神という言葉を口にしてはいけないと思わないかな?」
「戯言を、私は神の意志の通りに動いているだけだ」
「そいつはとんだイカれた神なんだろう」
「神を侮辱するか!」
「侮辱したのは果たしてどっちだったんだろうね?」
「ええい!押し問答は良い!さっさと捕えよ!」
「やれやれ、話を聞いて貰えもしない。異端として殺されるくらいなら、僕は本物の異端になってみせるよ」
僕があまりに静かな声で笑っているから、衛兵も出遅れた。
僕はその間に、神官にソレを投げつける。
「っ!なんだこれは!」
「あっはっはっは!死ね!お前は今日から死を振りまく災厄となる!大切な者から次々死んで行って、最後にお前が死ぬんだ!ざまぁみろ!」
「この、悪魔が戯言を!」
ザクリ、と、何かが僕の中に侵入してきたのが分かった。
ああ、刺されたのだろう。そう理解した時に僕の意識は遠ざかる。
……
その日からその神官の周りでは謎の死の病が流行する事になる。
異端の師匠と言われた者の宣言通り、大切な者から次々に死んでいく。
まるで呪いでもかけられたように。1人、1人、心を蝕むかのように。
神官の心が折れた時、神官は異端として処刑される事になった。
あの日殺された少女と同じように張り付けにされて。
……
「この話、どう思う?」
「物凄く悲しい話です」
「そうだね、僕もそう思う」
「所で先生、ここに出て来る師匠は、魔術師なんですかね?」
「さあね、どうしてそう思うんだい?」
「だって、宣言通りに人が死んでいくなんて魔法でもないと無理でしょう?」
「確かに不思議な話もあるもんだね。でも、僕はこの人の薬師としての技量を見てる。投げつけた瓶に何かしらの細工があったんだろう」
「うーん、病原体をその瓶に詰めたとして、都合よく大切な人間から死にますかね?」
「はは、まぁそうかもしれないね。僕は現実的じゃないと思うけど。たぶん話がもられてるんじゃない?」
「もー、先生は夢がないなぁ」
「夢見がちな君に現実をつきつけようと思ってね」
「冷たい!先生いつにもまして冷たい!でもそのサディスティックな笑顔もカッコいい!」
「知ってる」
「先生のそのちょっとナルシストな所、嫌いじゃないです」
「そうだろう?」
ふふ、と僕は微笑んでから本を閉じる。
「それにしても、先生はこの話、現実にあった事だと思っているんですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「話がもられてる、って言いましたし。現実と異なると言いたいんじゃないかと思いまして」
「本当にあった出来事でも盛られる事は珍しい話じゃないからね。仮想の話も含めて」
「そういえばそうですね」
納得したように頷いた少女は、チャイムの音に慌てて立ち上がる。
「あれ?予鈴じゃないこれ!先生気付いてた?」
「まぁ、知ってたよ」
「もー、先生のいけずぅ!教えてくださいよぅ!」
「僕は教えたよ」
「さらっと嘘つくのやめてくださいねーもう!」
ぷんすか怒りながら、少女が化学室から出て行くのを眺める。
「次は守るから……ああ、あの名前じゃ締まらないなぁ」
思い浮かべる名前を心の中で呼んで、くすりと笑った。




