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貧乏カレー

 好きな食べ物はと聞かれたら、カレーと答える。

 実に美しい会話です。伝統芸、様式美の香りを感じます。


 私はカレーが好きです。子どもの頃から好きでしたが、大学に入り一人暮らしをするようになってからなおさら好んで食べるようになりました。安い、一度に大量につくれる、旨い、と一人暮らし大学生(自炊派)の永遠の友人です。金が無くたってご飯とカレーさえあればお腹いっぱい胸いっぱい。赤貧生活では、空腹から満腹になった時に最大の幸せが訪れます。

 世の中には、固形のカレールーをお湯に溶いたものをご飯にかけて食べると言う「素カレー」なんてものを食べる人もいるらしいですが、さすがに私にはまねできません。私も一応カレー好きを名乗る者として、どんなにお金が無くても最高の状態でカレーを食べるべきだと考えています。


 我がこだわりのカレー作りは、食べる前日の夜から始まります。大抵なんだかハイな気分になり、目がさえてしまってどうしても眠れないときにカレーを作りたくなるのです。

 

 深夜12時。まずは玉ねぎの千切りから。

 なぜみじん切りじゃぁないんだ、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、細かいことは気にしちゃダメです。どうせ煮込んでいるうちに溶けるんですから。とろけるくらいに煮込むんですから。その代わりに、千切りは薄く、出来るだけ薄くします。

 カレーをおいしく作るポイントは、玉ねぎをたくさん入れること。私はカレールー一箱に対し中くらいの玉ねぎを8つくらいは入れています。

 続いて、ピーマンのみじん切り、場合によってはニンジンのすりおろしをします。ピーマンを刻んでカレーに入れる家庭はあまり多くないようです。ピーマン嫌いの方は眉をひそめるかもしれませんが、お勧めですよ、ピーマン。ピーマンの青臭い風味、どこか青とおがらしに通じるようなエッセンスがプラスされ、いつもとは違った華やかなカレーになります。


ちなみに、玉ねぎ1個20円、ニンジン1本20円、ピーマン1こ20円暗い。


 千切りの玉ねぎ8個分、ピーマンのみじん切り、ニンジンのすりおろしの連合軍をフライパンへ派遣。そこでじわじわ炒めてやります。

 なお、この時の正式な服装は、

 頭:タオル(ラーメン屋の店主風にまく)

 体:エプロン(これを付けるとぐっと「料理してる感」が増します)

 耳;イヤホン(⇔スマホ)

 右手:単行本(貧乏学生の味方、Amazonでの1円投げ売り)

 左手:木べら(フライパンの中のものを適当にかき混ぜる)

 となっております。


 こんな人目を気にしない感じの、一人暮らし万歳ないでたちで玉ねぎを炒めます。あめいろになるまでじっくりと、です。

(換気扇をつける時には要注意。あれは空気と共に室内の音も室外に排出してしまいます。料理を作りながら気分が乗ってしまい、鼻歌が熱唱になるタイプの人は気をつけましょう)

 玉ねぎがいい塩梅になるまでは時間がかかります。本を読んだり、踏み台昇降をしたり、太極拳をしたりしながらまちます。左手だけは、絶えず玉ねぎをかき混ぜるようにしましょう。焦げます。


 玉ねぎがしなりとなり、薄茶色になってきたら火を止めましょう。もうこれでカレーの8割は出来たも当然です。この時の玉ねぎは茶色いべたぁっとした塊で、おいしそうなんだかまずそうなんだか、玉ねぎなんだかもんじゃ焼きなんだか分からない感じになっていますがご安心ください。間違いなくおいしいです。 


 後はこれを、持っている中で一番大きな鍋に放り込み、水と、お金があるときは鶏肉(胸)をぶつ切りにして投入して煮込みます。灰汁を取りながら煮て、肉に火が通ったら一度ガスを止めカレールーを溶かして完成です。ここで注意しなければならないことは、必ず辛口のルーを使うこと。野菜がたくさん入っているので、甘味が強く出ています。辛さと甘さ、その黄金のマリアージュを楽しむためには、必ず辛口ルーでなければいけません。

 ここで味見をしましょう。夜12時から作り始めると、順調に言っても深夜2時前くらい。決してたくさん食べてはいけません。あくまで味見ですよ、味見! ちょっと一味足りないなと思ったら、冷蔵庫にある調味料を適当に加えます。ケチャップとか、ソースとかを入れると酸味がプラスされて良い感じです。


 さて、カレーを作ったことで昂ぶっていた精神も落ち着きいているはず。少しのさわやかな倦怠感とともにベッドに入る……その前に、炊飯器の予約をセットします。これで朝起きてすぐカレーライスを食べられます。



 翌朝。今日はカレーの日です。

 朝起きたらまず、ご飯が炊けていることを確かめます。予約失敗なんてしたら、大参事です。私はご飯炊き忘れのショックで講義をサボったことがあるくらいです。

 次にするべきことは、カレーを温めること。お鍋の中を見てみて、カレーが固まっていたら水や牛乳などで水分を補給してやります。暖める時には弱火から中火で。強火だと下だけ焦げてしまいますからね。

 カレーを温めている間に、顔を洗い、トイレに行き、心身ともにベストコンディションに近付けておかなければなりません。


 準備が整ったら食事です。まずおさらにご飯をよそう。私はごはんちょっぴり大目が好みです。おさらにご飯がのったなら、しゃもじでその形を少し整えてやります。今日は、右側に寄せてみようかな、いいや、やっぱり真ん中だ。この前はちょっとうずたかく持ったんだっけ、と貧乏カレー道の中でも最も楽しい瞬間の一つです。

(なお、お昼のお弁当にカレーを持っていくときは、お弁当箱にカレーを先によそいます。カレーをよそったうえからごはんをかぶせることで、持ち運んでもお弁当箱からカレーがこぼれなくなりますよ)


 そしてついに、その時。カレーをかける時がやってくるのです。このご飯の量に対してだったら、お玉1.5杯分かな、と熟練者ならばすぐわかるのですが、入門者は少しずつかけていくのが良いでしょう。御飯とカレーのバランスが崩れてしまってはコトですからね。

トッピングは何にしましょうか。福神漬ですか、それともラッキョウですか。卵や納豆なんてのも用意しています。私は専ら福神漬です。業務用スーパーで購入した大量の福神漬の袋から、スプーンで大胆にどさりと盛ります。いくら貧乏ってったって、これくらいは我慢しちゃいけません。


 


 さて。いまあなたの前にはカレーがあります。白と茶のコントラスト。部屋の空気は静謐に澄み、心は凪の海のようです。目を閉じればカレーの香り。


 いただきます。


 スプーンを握り、食べます。カレーが冷めないうちに、興奮も醒めないうちに食べます。

 今まで、カレーがどうの、玉ねぎがどうのとか、格好をつけてたことなんて全て忘れて、ガッツきましょう。

 ひと匙すくって口へ。

 熱い、やけどしそう。

 からい、からい、からい。あれ、あまい。玉ねぎの味だ。

 鼻腔にスパイスの香りが抜けていくのを、額に汗が流れるのを感じながら食べます。

 口の中が、カレー一食になったら福神漬を一口。


 ぽりぽりぽり。うん、あまったるい。辛いものが食べたい。

 そうだカレーがあるじゃないか。

 カレーをひと匙すくって。さっきはカレー:ご飯=5:5だったけど今度は7:3だな。うん、ルーの味がはっきりわかる。今回のカレーも上手く出来たな。

 次の一口は、ご飯の大目で。おお、ただの御飯なのに甘くて爽やかに感じる。口の中の辛さが甘いご飯で押し流されていく。


 リセット。


 カレーをひと匙すくって、口へ。

 口へ。

 口へ。



 ……ごちそうさまでした。

 暑い、暑い。でも嫌な暑さじゃない。思いっきりスポーツをした後のようなそんな爽快感。激辛カレーストレス解消法とか良いんじゃないかしらん。



 これだけ食べても数百円。手間もかかったけど、洗いものも大変だけれども、手作りカレーにはそれを我慢できる価値があると思う。


貧乏学生の幸福は、少なくともひとつはカレーのなべに沈んでいる。


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