蝶々が舞う
綺麗に整理された廊下を一人の青年が歩いていく。両手に大量の書物を抱える
そのさまは人間で言う所のサラリーマンの下っ端を彷彿とさせる。
無造作に跳ねた白髪を空気に遊ばせたまま歩を進める青年の顔は若い。
まだ二十にも達していない程の顔つきに灯るは琥珀色の二つの瞳。
生気が少し失われた白い肌によく映える。人の良さそうな笑みを零す
形の良い唇は今は引き締められ真面目そうな顔に変わっている。
「シヅキー」
遠くから青年の名を呼ぶ声が聞こえ、青年――シヅキは燐光を撒きながら
振り向いた。
「はい?」
よく通る低い声で返事。軽く駆けてきたのは、同僚だ。
「お前、今日も自殺者の止めに成功したんだって?」
「あぁ・・・うん」
端整な顔を複雑そうに歪めて応えた。
「すげぇよなぁ・・・オレなんか実力行使以外で成功した試しがないぜ」
「そんな・・・偶々だよ・・・」
「偶々じゃねーって!実力だよ実力」
人懐っこい笑みで肩をバンバン叩く。・・・結構痛い。
「お前は見た目も良いし、言葉も丁寧、おまけに説得も上手い!!
っかー!!そのうちの二つオレに寄越しやがれ!!」
「えー・・嫌だよ」
「なにー!!友人の頼みを無下にするのかぁ!?」
わしゃわしゃわしゃと決して低くはない彼の頭を掻き回す。
ちなみに同僚―ドレイクの背は青年より高めである。
「ちょ、やめ、セットするの大変なんだよ!!」
「なぁにがセットだ!元から寝癖の無造作ヘアだろーが!!
地味に柔らかい髪質しやがってぇ!!」
「ほ、褒めてんのか嫉妬しているのかどっちなんだんだよ!
あと、これは無造作に見せかけた10分で出来るヘアスタイルだ!!」
「どっちもじゃ!!無駄すぎるセットだな、おい!」
「だから、もう、やめろって!!・・・・・・・・・・っあ!」
彼から離れる為に大きく後退した結果、近くを歩いていた誰かと
ぶつかってしまった。
バササッ ドタッ。
床に数枚の紙が散らばり、その上に小さな体躯が乗っかった。
「わっ、ごめんなさい!!大丈夫?」
「なーにやってんだよシヅキ~」
「半分お前のせいだろ!!」
「ごめんね~、怪我なかった?」
シヅキの非難がましい目を無視して倒れた人物をひょい、と
立たせる。足が宙に浮いた。
(・・・ちっさ!!)
存外に失礼である。確かに小っちゃいが・・・。
黒い正装のフードを目深に被っている為どんな顔かは分からないが
左側頭部付近に三つ編み状の赤いメッシュが僅かに見えた。
「・・・・・・・・・・」
パフパフと太股まであるロングシャツと短いパンツについた埃を叩く。
「本当にごめんね?はい、これ・・・」
シヅキが几帳面に揃え直した書類を黒い同類に差し出す。
「・・・・・・・・・・・・どうも」
少年の様な少女の様なそれでいて無機質な声でぶっきらぼうに
返事をして頭をぺこりと下げ、去っていった。
「・・・あんな子いったっけ?」
「さぁ・・・?・・・あ、そろそろ集会の時間だよ」
「うぉっと、そうだった。急ごうぜ!!」
二人は集会場へと急いだ。