ヒカリの魔法講座①
ある晴れた日の午後、珍しく7人の神子とが揃って昼食を食べていた。食後のコーヒーを飲んでいる時、ヒカリが6人に言った。
「みんなに新しい魔法を考えたんだけど、覚える気はある?ちなみに今から教える魔法は、神子である私たちにしか使用できない魔法だけど。」
ヒカリは、趣味の一環で今までテラフォーリアに存在していなかった魔法や魔道具を開発している。それは、せっかく魔法と言うファンタジーな存在を、最大火力で使用できる『光の神子』と言う存在になり、また何かを開発するという新しい趣味に目覚めたヒカリが、ここに辿り着くのは火を見るよりも明らかだった。
開発する魔法や魔道具の範囲も、多種多様に広がっている。生活に密着しているモノ。特定個人しか使用できないモノ。従来からある魔法のうち、その属性を持たない物しか使用できなかった魔法を、魔力さえあれば誰にでも使用できるようにした魔道具まで揃っている。また、誰かの要望に応じて、即席に造ってしまう事もある。今回もその一環。
「それはぜひ覚えてみたいな。俺も一応魔法開発はしているつもりだが、ヒカリには全然敵わないからな。」
タケシが、ヒカリの問いかけに答えた。他の神子も、楽しそうに光の問いに乗った。
「それじゃあ、いつもの場所に行きましょうか。ノリコ、精霊魔法の練習がてら、ここにいるメンバーを、いつもの場所まで瞬間転移してくれない。」
「分かった。…『瞬間転移』」
ノリコが瞬間転移を使うと、いつも魔法の練習をしている場所、浮遊大陸サンマリオスにある荒れ地にとヒカリたちはやってきた。そう、直前まで談笑していたリビングのイスとテーブル。テーブルの上に乗っかっているモノすべてとともに。
「ノリコ、いつも言っているでしょ。瞬間転移する対象を指定しないとダメだって。そうしないと今回のように、目に映っているモノすべてを瞬間転移してしまうからと。」
「ごめんなさい、ヒカリさん。ちゃんと指定しているんだけど、なかなかうまくいかなくて。」
メンバー全員が苦笑しながら聴いている。各いう自分たちも、指定したモノだけを瞬間転移出来るように、随分と練習をしたものだ。練習するたびに、部屋の中にあったものと一緒によく瞬間転移をした。しかし、再び瞬間転移すると、余分なモノまで持ってきたり、逆に持ってこなかったりしたものだ。そのたびに部屋の中の家具がよく変わっていた。
「まあ、練習あるのみだ。今回は、テーブルとイスだけで済んでよかったな。ヒカリが初めて俺たちと瞬間転移した時なんかは、その場にあったものすべてを、部屋ごとと言うか、家ごと?いや、あれはどこかの町の宿屋だったな。たまたまその宿屋に泊っていた客ごと、宿屋の建物ごとすべてを引き連れて瞬間転移したからな。」
「あの時は心底驚来ました。窓の外を見れば、大草原のど真ん中だったんですから。まあ、一番驚いたのは、あの時その宿屋にいたお客さんでしょうね。瞬間転移したのは確か夜中でしたから。朝起きたら町の中ではなく、全く見覚えのない大草原のど真ん中なのですから。唯一の救いは、すぐ近くに街道が走っていたことですね。
アッ!そういえばその時のヒカリの対応ッたら、すごく腹黒かったですね。なんせだんまりを決め込んで、宿屋の客と一緒に驚いていたんですから。」
ケンジがヒカリの大失敗談を、コーヒーを飲みながら話すと、マナミが追随して当時の思い出に花を咲かした。タケシの隣に座っていたヒカリは、すました顔で話を聞いている。
「今、あの宿屋はどうなっているんだ?ヒカリ。」
タケシが、件の宿屋の現況を、ヒカリに聞いた。ヒカリなら確認しに行っているだろう。
「あの宿屋ですか?まだ瞬間転移した先で、宿を続けていたはずですが。ご主人の胆が据わっていましたからね。たまたま何処かの町と町の中間地点の草原に瞬間転移した後、そこが気に入ったみたいで。先日少し気になって、覗きに行ってきましたが、高笑いをしながら、元凶である私を迎えてくれました。瞬間転移した場所が良かったのか、とても儲かっているみたいです。」
ヒカリが、現在の宿屋の様子を簡潔に答えた。
「そうか、元気にしていたか。そのうち泊まりに行ってあげようか。しかし、あのご主人は、本当に肝が据わっているな。
そうそう、リョウコの時なんかは最悪だったな。部屋の中のモノと一緒に瞬間転移したのは同じだが、した先がな…。」
タケシが当時の事を思い出して黄昏た。ノリコ以外のメンバーも、その時の事を思い出したのか、何処までも透き通る青空を眺める。
「…、一体何処に瞬間転移したんですか?」
ノリコの問いに、サトミが答えた。
「…空よ。今みたいに、何処までも続く青い大空のど真ん中にね。その時落下していく先には、大海原が見えてたね。そして、みんなして、『ドボン』と、海の中に落ちていったわ。」
「あの時は心底焦りました。海面までは、少なく見積もっても100メートルはありましたから。とっさにヒカリとサトミさんが水の形状を変化させて、真綿のように柔らかくしてくれなかったら、ミンチになってたからね。」
「そんな事があったんですか。」
「そうだそんな事があったんだ。だから、この程度なら笑い話ですむ。しかも今回はお茶菓子付きだ。休憩するにはもってこいな環境だな。まあ、屋敷に帰る時に、すべて忘れずに瞬間転移してくれれば問題ない。
それよりもヒカリ、早速だが、俺たちに教える魔法とやらを見せてくれないか。」
タケシがここに来た目的に、話を戻した。
「そうね、さっそく始めましょうか。私がそれぞれに教える魔法のお手本を見せるから、みんなは、その後に個人で練習してください。
まずは、教える中でもっとも簡単なケンジから行きます。ケンジに教える魔法はこれです。」
そう言うとヒカリは、足元の地面に手を置いて、詠唱を始めた。
「地の中に眠り、地の中で育つ
大地と共に在り、数多の暮らしに密接する鉱石よ
我の願いに応え、我の思う形に成せ
大地変状形成陣」
ヒカリが、詠唱を唱えると、大地に付けた手元に1つの魔法陣が現れる。ヒカリが陣から手を放すと、一振りの両刃剣が姿を現した。ヒカリは剣を手に取ると、軽く素振りをする。
「理屈は簡単。大地に願い、イメージたままの武器や防具をその場で作り出す魔法。イメージが細かければ細かいほど、細かい形状を作り出せる。その気になれば、神鉄製の武器や、属性付与の武器だって作ることが出来るわ。今造ったのは、神鉄製で、6属性すべてが付与されている剣よ。」
ケンジは、早速ヒカリと同じようにやってみるが、なかなか思い通りのモノを作り出すことが出来なかった。剣の形が出来たとしても、振っただけで剣先が何処かに飛んでいくようなガラクタばかりが、山のように積み重なっていった。
ケンジが練習をしている横では、サトミが魔法を教わる。
「次はサトミさんだね。サトミさんに教える魔法はこれです。」
ヒカリは、両手を胸の前に掲げて詠唱を始める。
「天に地にも遍く広がる水漣の雷
水華は大地に根付き、天空を覇者する水王の涙となる
涙に触れし者は、死の川を渡る泥船に乗る
接触破殺水球」
ヒカリの前には、5個の水球が浮かんでいる。
「サトミさん、この球は一つずつ性質が違います。この球に当たると、それぞれの性質で対象者を殺害します。今は5つ出しましたが、慣れていけば、それぞれの球の属性を変化させて、十数個出すことが出来ます。一つずつどんな性質の球か、実演して見せましょう。」
ヒカリたちの目の前には、たまたまヒカリ隊に襲ってきた盗賊がいた。ヒカリは、ちょうどいいとばかりに、盗賊に狙いを定めて、魔法の実演を始めた。
「まずは、一番右の球から行きます。この球に当たると、瞬間冷凍されて凍死します。」
ヒカリが一番右の球を、盗賊の一人に向けて放つ。球が盗賊に当たると、弾けて中の水が盗賊にかかった。水がかかった瞬間、盗賊が真っ白な霜に覆われてその場で凍り付いた。
「その隣の球に当たると、消し炭まで燃やします。」
ヒカリが次の球を放ち、盗賊に当てる。球に当たった盗賊は、高温の炎に焼狩れて消し炭になった。
ヒカリは残り3つの球を、盗賊に向けて放つ。1つは、高温の液体が入っており、全身に大火傷を負って死亡。2つ目には、猛毒の液体が入っており、かかった瞬間に、盗賊の肌が焼けただれて、毒に侵された。最後の1つがかかった盗賊は、その場で石像に成り果てた。
「液体に付与する属性は、術者の思いのままです。自然界にない液体でも作り出すことが出来ます。最後の1つなんかは特にそうですね。かかれば石化する液体なんて、聞いたこともありません。」
サトミは、盗賊相手に魔法を練習する。たまたま現れた哀れな盗賊は、次のマナミの練習相手にもされる。盗賊の両脚は、いつの間にか大地に縫い付けられ、逃げることが出来ずに、魔法の練習台になるしかなかった。