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お題『粋』

 殺陣。否、それは剣舞と呼ぶべき流麗な刀捌きであった。

 無駄がなく、それでいて殺意を秘めた武器としての重さ、鋭さを感じさせる。

 だが、自由。無碍。緩い弧かと思えば稲妻のように鋭角に跳ねる。

 一閃。跳躍。左右に獲物を持ち替えてまた一閃。

 当然のように倒れていく有象無象の敵たち。

 最後の一人に斬りつけ、切先を斜めにして流し落とす血振り。残心。

 相手が倒れたのを見計らい、左手で握った鯉口を上げ、そこで侍は刀を宙に放った。

 くるりと回転しながら落ちていく刀。その下には、構えた鞘。

 かちん、と。

 まるで吸い込まれるように収まる刀身。


「悪党同士が殺し合い、こいつで元の鞘通り。積まれた罪とばっちぃ罰は、万事あっしが背負いやしょう」


 朗々とした語り。

 常打ち小屋の小さな舞台に、破裂しそうなほどの拍手と歓声が満ち溢れた。



 ◇   ◇   ◇

 


 暗くなった庭先で刀を振るう。

 とはいえ、舞台で先輩たちが振るような立派な模造竹光ではない。

 あれは一本数万もする商売道具で、うちみたいな中小一座の、しかも駆け出しに握れるようなものではないのだ。

 ジャージと安っぽい刀もどきで、それでもイメージするのは先輩の殺陣。

 粋。

 普段使うことのないその単語を、初めて見たその動きから連想した。

 大衆演劇において、剣劇は芝居の中でも特に重要なファクターだ。

 演目の多くが時代劇で、なおかつわかりやすい盛り上がりを演出できるからである。

 アクロバチックな殺陣、舞踊の要素を取り入れた殺陣、リアルを追及した殺陣、色々な売りを押し出す一座がある中でも、先輩の殺陣は別格だと思った。

 本来親族で構成されるはずの一座に頼み込んで見習いになったのも、その動きに憧れたからだ。

 自在に、奔放に。軽く。そして疾く。

 模倣を。一心不乱の模倣を。

 目指すものに自分を流し込むイメージ。

 輪郭を作りかえるように。トレーシングペーパーごしに線をなぞるように。


「アンタ、何やってるのさ」


 そんな僕の動きを止めたのは、あくび交じりの声だった。

 振り返る。先輩だ。

 あの朗々とした声を出した若武者と同一人物とは思えない、皺だらけのチノパンにTシャツという自堕落な姿。

 気まずくなって、僕は刀を思わず後ろ手に隠した。

 普段の稽古で彼女からは、基本的な剣道めいた型ばかり繰り返すよう言われていたからだ。


「な、ナンデモナイデスヨー」

「ほほーう。なんでもない割に随分汗だくだなあ見習い。夜がお盛んなのは若さ故目をつむるとして……」


 ぐっと先輩の顔が近づく。大柄な先輩がかがむ様にしてこちらを覗き込むと、何とも言いがたい威圧感がある。


「……稽古の結果がなかなか出ないと思ったら、こういうことかよ全く」


 先輩は僕からひょいと刀を取り上げ、代わりに木刀とスポーツドリンクを握らされた。

 そして、顎でそれを振るように促してくる。


「勝手なことして稽古の成果を無駄にしてた罰だ。それ飲んだら素振りな」

「……け、稽古の成果を無駄にって、別に自主練してただけじゃないですか!」


 僕の反論に、先輩は憮然とした表情で鞘に入ったままの刀を向けた。


「見習い。なんであんな自主練をしてた?」

「そ、そりゃあ……いつもあんな、枠にはまった練習じゃないことがしたくて」


 途中で言葉を濁して、僕は適当な理由をとってつけた。

 あなたみたいな動きがしたいからです、だなんて、面と向かっては恥ずかしくて言えるはずがない。

 まして、舞台の上では男だと思っていた相手が、妙齢の女性だとわかってしまった今はなおさらだ。

 だが、そんなこちらの逡巡を軽く蹴飛ばすような素っ気無い口調で、先輩は言葉を続けた。


「舞台でいい動きをしたいから、だったら、アンタのそれは逆効果だよ」


 そう言って、彼女は刀を抜いた。

 周囲の空気が変わる。

 皺だらけのチノパンが、Tシャツが、着流しに。自堕落でガサツな姉貴分が、無頼の侍になる。

 正眼。振り上げられる刀。面打ち。真っ直ぐな軌跡。一分のぶれもなく止まる切っ先。

 足捌き。滑るような動き。

 それは、僕が繰り返せと言われてきた、枠にはまった練習、基本の型に他ならなかった。

 血振り。残心。

 そして、左手親指の付け根に刀の背を当てる。

 刀が滑らせて引かれ、切っ先が左手から離れた瞬間、す、と溶けるように鞘へと沈んでいく。


「……どうかな。これが、あたしがアンタに覚えてほしい枠だよ」


 見惚れていた。

 舞台の上の華々しい動きではない。最初に憧れた、粋で型破りな姿ではない。

 けれど、月明かりの下のそれは確かに、僕の目を奪うに足るものだった。


「粋ってなァ、枠をキチンと自分にはめて……そこからほんのちょっとだけはみ出すことだ」


 気がつけば、先輩はいつもの自堕落で眠そうな女性に戻っていた。

 言葉が見つからず、彼女の姿を眺める。

 と、先輩はどこか落ち着かない様子でそっぽを向いた。


「……さ、さっきのは洒落だからな。笑えよ! それともテメェは漢字も書けないのかバカヤロー!」


 まったく。

 やっぱり、舞台の上の凛々しい姿とは大違いだ。

 けれど、あの日とは別の意味で、改めて思う。

 僕はこの人に追いつきたい。

 枠を越え、粋へ至ろうとする、この背中へと。



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