お題『ピッツァ』
「正義はピッツァのチーズに似ているわ」
彼女は、まるで童女めいた表情で笑った。
その手には、くるくると白いピザ生地が回転している。
遠心力で広がっていく生地。それを両の手の指先を支点に回す様子は、料理というより何かの大道芸に見える。
最後にふわりと生地を跳ね上げ、伸ばし板の上へ着地。
ぱふん、と粉が舞う。ここいらの大雑把さもまた、彼女流。
「ないと始まらないけど、乗せすぎると臭いがきつい。古くて堅くなりすぎたのなんか覿面ね。あと、白くて周りの色んな色に染まりがちなところもそっくりだわ」
石窯の魔女。
私は勝手に彼女のことをそう呼んでいる。
彼女によれば、ピッツァは本場では家庭料理ではないので、おふくろ(マンマ)の味ということはないらしい。
和食で言えば「おふくろの味のフグの薄造り」とかありえないよね! という感じだそうで、それを聞いて以来、私にとって彼女はなんとなく「陽気なマンマ」から「不思議な魔女」へと変身してしまったのである。
「それをおいしくするには、甘くて酸っぱい恋のトマト、ユーモアのオリーヴオイルと、そして少しの苦味の効いた経験のバジリコ」
あやしいイントネーションの日本語を、これまたあやしい節回しで歌う様子は、まるでミュージカルの類だ。
サンマルツァーノの缶詰トマトに、モッツァレラ。バジリコを散らし、ペコリーノを少々。
最後に、具の上からオリーブオイル。
空いた手の指もまるでピアノを奏でるように動かして、まるで指揮者かダンサーのよう。
「それを暑ーい地獄に放り込み……」
くるりと向き直り、窯を覗き込む。薪のぱちぱちと爆ぜる音。
ピザを焼き上げる「暑い地獄」。絶好の温度は400℃。
目と近づけた手、その他「なんとなく」でそれを測ると、パーラで魅惑の円盤を窯の床面へと投入。
1分もしないうちに取り出し、皿に盛り付け、
「さっと汗をかいたら、さあ、素敵なピッツァの出来上がり」
熱々のピッツァが目の前に差し出された。
正義に恋に、ユーモアに経験。灼熱に炙られたそれは、きっと彼女の人生の姿。
生地の端、額のでこぼこが、彼女の笑いじわとえくぼに重なる。
驚くほど単純な素材。
驚きほど単純な工程。
けれど、侮ることなかれ。
彼女は石窯の魔女。この一枚に人生を体現する、火炙りの名手。
さあ、能書きはここまで。お熱いうちにいただきましょう。
命短し恋せよ淑女、熱き血潮が冷めぬ間に。
魔女に一礼をして、私はピザを折りたたみ、大口を開けてかぶりついた。