お題『リモコン』
リモコンを、なくしてしまった。
血の気が引く。この散らかった部屋で、手のひら大の端末を見つけることは不可能に近い。
「ねえ、リモコン、どこにあるか知らない?」
「指令は端末を通して行ってください」
ああもう、そうなのだ。
理想的な伴侶。こちらの言葉を文句も言わず聞いてくれて、お願いは断らない優しいパートナー。
その唯一の欠点が、これだった。
その整った顔立ちを覗き込む。笑顔も、涙も、怒りも、照れた表情も、ボタン一つで見せてくれる。
それが、今は何の揺らぎも見せてはくれない。リモコンを持った状態で、自分が望んでいないから。
「……何か、言ってよ」
「指令は端末を通して行ってください」
潤った唇を撫でる。慈しむ言葉も、ときとしてなじる台詞も、皮肉も、ボタン一つで紡いでくれる。
それが、今は決まりきった警告しか発してくれない。リモコンを持った状態で、自分が望んでいないから。
「……もういい」
「指令は端末を通して行ってください」
リモコンを、なくしてしまった。
漂白された意識でめちゃくちゃに部屋をひっくり返す。
ない。ない。どこにも、ない。
手におえない感情など、面倒だと思っていた。
聞いてもいないのに紡がれる言葉など、うるさいだけだと思っていた。
「指令は端末を通して行ってください」
警告を繰り返す相手を置いて、家を飛び出した。
外に出るのは、数ヶ月ぶりだ。
ドアの外にいるのは、自分の望まない台詞を吐き、自分では制御ではない感情の揺らぎを持つ不条理な存在ばかり。
リモコンを、なくしてしまった。
代わりのリモコンを買いにいこうか。
それとも、「リモコン」を解除するための機器を調達に出かけようか。
「指令は端末を通して行ってください、か」
この選択は、誰も指令できない。
自分を操るリモコンなんてない。
ならば、答えも自然と決まったようなものだろう。
「……さて。それじゃあこれは不要ということで」
ぐしゃり。