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お題『水玉模様』

 

 

 プラネタリウムが好きだった。

 街の明かりで見ることのできない、無数の星を見せてくれるから。

 プラネタリウムが好きだった。

 蟻のような形なのに、巨大で、光の点を無数に帯びた投影機の姿は、何か不思議な怪獣のようだった。

 プラネタリウムが好きだった。

 けれど。僕が好きなほどに、街の人たちは、プラネタリウムが好きではなかったらしい。


 ◇  ◇  ◇


 『営業終了のお知らせ』と書かれた薄っぺらい紙の前で、僕の頭は真っ白になった。

 終了。しゅうりょう。シュウリョウ。

 口の中で何度か言葉を転がしてみる。もちろん、味の変わる飴玉でもあるまいし、結果など変わるはずがない。

 終了。休止ではない。終了だ。

 この場所でプラネタリウムはもうやらない。潰れてしまう。そういうことだ。

 確かに、ここはいつもがらがらで、毎週のように通っているような物好きは僕だけだったし、設備はボロくて格好は悪かった。

 それでも、古いなりに掃除も行き届いて清潔だし、天文写真みたいな資料だってたくさんある。

 それに何より、解説員の梅村さんの話が面白いのだ。

 梅村さんは、今日の天候と星の様子を踏まえて、その上で来たお客さんの顔ぶれを見て、毎日説明をアドリブで変える。

 カップルがいたらロマンチックな神話を。男の子が多かったら、宇宙開発みたいなわくわくする話を。

 他の街にはもっとたくさんの星を綺麗に写すプラネタリウムがあることは僕も知っている。

 けれど、この古びた投影機とくすんだドームに映し出される星空は、梅村さんの語りで何よりも素敵な輝きを見せてくれるのだ。


 それが、終わる。

 終わって、しまう。

 僕はたてつけの悪いドアを押し開けて、資料室へと飛び込んだ。

 そこには、無数のケースの中から、時代遅れのカセットテープを選んでいるスーツの紳士。

 梅村さんだ。

 いつもと変わらないそぶりで、今日流すクラシックの曲を選んでいた。


「……梅村さんっ」


 知っている。このカセットテープは、梅村さんの大切なコレクションだ。

 電子データの音楽に変えればいいのに、この人は厳としてそこは譲らなかった。

 小太りでユーモラスに見えて、梅村さんはひどく頑固な人なのである。


「おや、君ですか。まだ上演には早いですよ?」


 あまりに普段どおり過ぎて、先ほどの張り紙が嘘であったのではないかと思えてくる。

 けれど、部屋の隅に置かれたダンボールの山が、僕の想像が希望的観測なのだと伝えてきた。

 いつも、開演前に、上演後に、梅村さんから色々な星を聞かせてもらった資料室。

 今は天文写真のほとんどが外され、しまいこまれてがらんどうになっている。


「あの。表の張り紙……」

「ああ、今日から掲示していましたか」


 わずかに声のトーンを落として、梅村さんは笑った。

 怒るでもなく、悔やむでもなく、だからこそこの終わりが、「もうどうしようもないことなのだ」と、理解できてしまった。


「申し訳ありません。君みたいに足しげく通ってくれる人がいるのに閉めざるを得ないのは、私たちの責任です」

「そんな……」


 そんな言葉は聞きたくない。

 僕が聞きたいのは、星を語り、星を慈しみ、星を呼ぶ、そんな梅村さんの声なのに。

 けれど、文句は言えなかった。誰よりも悔しいのは梅村さんのはずなのだ。

 黙ってしまった僕に、梅村さんは小さな箱を差し出した。


「……お詫びにもなりませんが、これを、もらってくれませんか?」


 梅村さんは棚から球形の物体を取り出した。

 黒い玉だ。それに、白い水玉模様が無数に描かれている。

 その水玉の中央には窪み。そして、玉の下部はくりぬかれていて、中身は空洞。どうやら何かが中に差し込めるようになっているようだ。


「これは?」

「……こう使います」


 梅村さんは懐中電灯を黒い水玉模様の玉の下へと差し込むと、部屋の電気を消した。

 瞬間。


 星が生まれた。

 黒い世界に光が散る。


「赤い目玉のサソリ、広げた鷲のつばさ、青い目玉のこいぬ、光の蛇の、とぐろ」


 梅村さんが低い声で歌う。

 知っている。星めぐりの歌。

 はじめて梅村さんの上演を聞いたときに、教わった詩。

 あの黒白の水玉は、プラネタリウムなのだ。

 たとえ、一等星や二等星、めぼしい星々くらいしか写らなくても。

 間違いなく、これは星空を映すものなのだ。


「……私が子供の頃、作ったものです。君くらいの年齢の頃だったかな」


 壁に、天井に映される光の水玉。

 形はいびつで、時間経過とともに映す空を変える機能などもないけれど。

 それは確かに、星が大好きな梅村さんのプラネタリウム。僕が好きなプラネタリウムだった。


「オリオンは高く歌い、露と霜とを落とす、アンドロメダの雲は、魚の口の形」


 梅村さんに次いで、僕も歌う。

 光の水玉に包まれて。


「大ぐまの足を北に、五つのばしたところ、仔熊の額の上は、空の巡りの目当て」


 歌いながら、視線を北極星へと。

 時間の流れを問わず、その場所を変えないもの。

 導の星。

 この場所は、時間に流されて潰れてしまう。

 けれど、今僕の胸にある光の水玉は、きっと、空の巡りの目当てのように、形も場所も変えることはないだろう。

 

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