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お題『ツナマヨ』

 

 

 外で鳴るサイレンの音と、赤く点滅するランプが部屋に差しこんできます。

 物騒だなあと思いつつ、冷蔵庫から各種の魚の切り身と、あらかじめ用意していた海苔、卵焼きを取り出します。

 居間でテレビを見ていたルームメイトが、ひょっこりとこちらを覗き込んでいました。


「いよいよごはんでありますかサー!」

「まあ、そうですけど。前、言ってましたからね。寿司を食べさせてあげるって」 

「……スシ! 湯に浸してふやかした米を酢で合え、その上に調理した魚介類を添えたオードブルということでありますねっ!」

「あーうん。まあ、そう、間違ってないような盛大にズレでるような微妙なラインだけど、否定する要素はあんまりないですねえ」

「そして、スシというのは、食べるとニンジャ回復力が励起され、極端な衰弱状態からでも復活できる完全栄養食と聞きましたが。これでこの逆境も大逆転でありますね! やったぜ父ちゃん明日はホームランでありますよ!」

「ちょっと待てなんですかその熱血硬派不良アクションゲームの中に出てくるような便利アイテムは」


 きょとんとするルームメイトに、私は思わず裏手ツッコミを入れてしまいました。

 悲しいかな微関西方面のサガ。

 言葉こそ完全な標準語をマスターしたこの身でも、ボケには脳が思考するより先に脊髄反射的な反応を示してしまうのが泣けてくるところです。

 しかし、無口無表情平坦なまっさらな言語野がここ数日の学習でここまで豊富になるとは。

 さすが特別製。ちょっぴり羨ましくもあります。


「いや、読んだ小説にそう書いてありましたのでありますが!」

「あなたがどういう経緯でそういう日本観を持っているか端的によく理解したからそのファンタスティックジャパンのイメージはポイ捨てましょう。日本にはニンジャはいないしスシは普通のちょっと贅沢な食べ物ですよ。OK?」

「残念でありますすサー!」


 全く、ステレオタイプなイメージというのは恐ろしいものです。

 もっともかくいう私も、小学生の頃、インド人というのは手足が伸びたり火を吹いたりテレポーテーションをし、タイ人はムエタイの達人で手足から上段下段に撃ち分け可能な衝撃波を放ち、スペイン人は仮面をかぶって金網をよじ登って奇声を上げつつボディプレスしてきたりするものと思っていたので、決してコイツを笑える立場ではないのですが。


「で、この赤く四角い未知の物体Aはなんでありますかっ?」

「マグロですね」

「マグロ……ツナでありますか。ツナというと、白くてもっとぱらぱらしているものと認識しておりますが! 毎日、糧食として支給されておりました!」

「あれは缶詰。油漬け。これは生ですよ。最近じゃ天然のものを手に入れるのは難しいんだから」

「エンシェント・オーガニック・マグロトロはツキジのバイオハザードされたダンジョンで入手すると認識しています! ウマママーイ」

「ろくな知識を仕込んでないですね研究室出てから!」

「では、この黄色い四角い物体Bはなんでありますかっ?」

「卵焼です。ちょっと自信作ですから心して食べるように」

「マグロの卵でありますか!」

「違いますよ! 鶏ですよ普通の!」

「むむむ、それでは先ほど定義したスシの定義と齟齬が生じるのでありますよ。調理した魚介のみならず、その他の食材を添えてもスシになるのであれば、スシの定義があまりにも広くなり過ぎてさながら定義のスシ詰め状態であると抗議をするところでありますサー!」

「はいはい。で、あなたはその卵を切っといてくださいね」

「ラジャー!」


 買い揃えた刺し身の類を切り分け、皿に盛りつけていきます。

 隣のルームメイトも危なっかしい手つきですが、まあつい最近まで社会生活一般と隔絶されていたということを考えればまだ許容できる範囲と言えるでしょう。


「しかし、よいのでありますかサー。こんなことして」


 切るというより崩すという形で、歪な卵焼きの欠片を量産していたルームメイトが呟きました。

 声を塗りつぶすように、窓から漏れてくるサイレン音が響きます。

 ため息を一つつき、


「いいに決まってるでしょう。友達と飯食うのが悪い理由がありますか」

「うわー、一言でずんばらりん」

「こっちはあなたに卵を綺麗にずんばらりんしてほしいわけですが」

「とはいえ、刃物とか反抗危険誘発因子の類はこれまで一度も装備させてもらえませんでしたので、製造されて初めて握る道具の扱いがうまくいくはずもないのでありますサー!」

「慣れですよこんなもん。これから毎日料理手伝わせますから。覚悟しといてくださいね」


 ルームメイトはこちらの言葉に、きょとんとしたように目を見開き、しばらく逡巡して、


「はい。サー」


 ぎこちなく頷きました。うん。素直でよろしい。

 マグロ、ハマチ、ホタテ、卵焼きを切り、シソを刻みます。

 ちょうど炊き上がった白米に合わせ酢を混ぜ、うちわであおぎながら混ぜ混ぜすることしばし。


「これで、完成でありますか!」


 皿に盛った具と幾枚も手ごろな大きさに切った海苔、テーブルの真ん中に大量の酢飯。

 形になった手巻き寿司の体制を前に、ルームメイトは目を輝かせて跳びかからんとする勢いです。


「ちょいまち。まだ、最後にもう一個、具があります」


 私が戸棚から取り出したものを見て、ルームメイトの顔がこわばりました。

 ツナの缶詰。ルームメイトが、製造され、数日前まで生育されていた場所の象徴。味気ない生のシンボル。

 私はそれを無造作に開けると、その中に、勢いよくマヨネーズをぶちこみました。


「知ってますか? ツナマヨってのはある日突然、明らかに和風じゃない「それっぽいもの」なのに、寿司とかおむすびの具として登場して、最初は叩かれたけど、いつの間にか当然のようにそこに居座っちまった図太いヤツなんですよ」


 ぐちゃぐちゃと混ぜ、七味を一振り。

 海苔と酢飯の上にその白く和えられたツナのカタマリを乗せ、くるりと巻いて、ルームメイトに手渡しました。


「あい」


 おそるおそる、といった様子で、ルームメイトはそれを受け取り、意を決したように大口でそれにかぶりつきます。

 一度。二度。固く目をつぶりながらの咀嚼。


「どうです?」

「……これが、あの味気ないツナの缶詰でありますかサー」

「そ。これが、日本で一番新しい寿司とおむすびの定番です」


 階下から爆破音と銃撃音が聞こえます。

 荒いやり口からすると、外で取り囲んでいるサイレン組の仕業ではないでしょう。彼らはたとえ「研究所」と繋がりがあっても、表向きは正義の治安維持職です。

 試作品を奪還しようとする回収屋のお出ましということでしょうか。

 ルームメイトは、ツナマヨ寿司を飲み込むと、顔をあげてこちらへと向き直りました。


「自分も、ツナマヨになれるでしょうか。明らかに人じゃない「それっぽいもの」でも、当然のように居座って、この世界の定番になれるでしょうか」

「あなたはツナで育てられたんでしょう。なれない理由もないんじゃないですか? 最初は叩かれるかもしれないですけどね」


 冗談めかした私の言葉に、ルームメイトはくすりとも笑いませんでした。

 ただ、一つ頷くと、私へとゆがんでぐちゃぐちゃの卵の寿司を手渡してきました。


「ありがと。それじゃあ、ちゃっちゃと食べて、ずらかるとしましょうか」

「はいサー!」


 缶詰を踏み潰し、寿司をたいらげるまで、さして時間はかかりませんでした。

 きっとこの調子で研究所を踏み潰し、追っ手をたいらげることだってできる。

 それが都合のいい妄想でしかないことを知りつつ、私とルームメイトは、今だけは完全栄養食を食べたニンジャめいて、無敵の主人公になったような気分にひたるのでありました。

 

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