2.王子様と再会したよ! 01
樹の影に隠れながら、クラウは考えてみる。
別にクラウは、ヴァシリーが持ってくる「この手の依頼」を心の底から嫌悪しているわけではない。害獣は危険だ。誰かがやらなければならない仕事ではあるだろう。しかし、率先しては受けたくないのだ。ヴァシリーにも言っているように、基本的に自分は「遺跡探索者」であり、害獣を倒すような仕事を受け持つ職業に身を置いていない。本職ハンターに申し訳もなかろう。
それ以外にも理由はある。
遺跡探索者を目指すと決める前。純粋にクラウは、それが普遍的に正しいことだと思っていた。武術の腕を磨いてきた一つの理由は、その為だと言ってもいいかもしれない。
「オークが10体、グールが10体。全部で20体。……依頼書通りだな」
数が多すぎだ、殺す気か、とぼやきながら、指で害獣の頭の数を数えていく。腐ったからだで人肉を食すのがグール、岩のからだを持つ巨人がオークである。よくもまぁここまでたまりにたまったものだと思う。二つの群れに分かれているのが少しばかりの救いではあるが。
ヴァシリーから渡された依頼書には、ダラス郊外の森に害獣が多数出没しており、住民に被害が広まらない内に討伐すべし、と書かれていた。
ダラス近郊の森は文化の墓場だ。ダラスが千年前にアレイス教の聖地と認定された際に、他の宗教や文化を排斥したためだ。そのため、遺跡や埋蔵跡などが数多く存在する。殆どが廃墟になっているのだが、風化せず破壊されたまま残っている。今でも発見されない遺跡が、まだ実は多いのではないかとクラウは考えている。――そしてそれは、害獣が多くあらわれることと符号で結びつけられる。協会としても、害獣の手によって重要な遺跡が破壊されるのは望むところではない。
それはともかくとして。
人間は正義が大好きだ。悪だとしたものは、「正義」の名前の元にもみ消すことが出来る。
だが、それが人間外にとって必ずしも良き事であるとは限らない。世界上の生物の一種類であるだけの人間が作った、単なる基準に過ぎない。
単純な力だけで見ると、本当は、この地上の中で人間が一番弱いのかもしれない。かつては、あらゆる獣におびえていた。その人間が持っていた最大の武器が、思考能力だった。爪もなく、牙もない人間は、考えた末に手を使うようになり、考えた末に火を持つようになり、考えた末に爪と牙の代わりを手に入れた。弱かった人間は、いつしか世界の中心になった。
遺跡探索者という職業に身を置いていると、人間の面白さに気が付く。歴史を紡いだのも、文明を作ったのも、全て人間だ。
だが、同時にこうも思うのだ。
「人間は考えた末に、あらゆる物事に境界線を引き、自分たちが害悪だとみなしたものを排除するようになった……」
はじめてクラウに教えたのは、一体誰だったか。
目を瞑って深く呼吸をする。肺に酸素が送られる音を聞くと、全身が冷水に浸かったような心地になる。潜ったことのない深海は、こんなイメージではないだろうか。
「さて……」
余計な感情を排除する。これからは命に関わってくる。そういった問題よりも、今は当面の生活費の方が大事だ。
腰には二本の槍が装備されている。正確に言えば、二本で一組の双槍。ただし、両端ではなく片端だけに刃がつくタイプ。切断効率を考えて刃の反りは長くしてある。全長は一メートル弱。小回りが利いて動かしやすい。
相手方はまだこちらに気づいていない。
木の陰から飛び出したクラウは、一番近くにいたグールの背後に回りこみ――両手に持った双槍で胴を薙いだ。グールの体は横真っ二つになり、地に沈む。そのあとに心臓を貫くことも忘れない。卑怯といえば卑怯な手だ。だが、手段にかまってはいられない。
倒されたグールをみて、他の個体が存在に気が付く。そこから、本格的な戦いが始まった。
双槍は専門学校時代、武術の授業で教官に薦められた武器だった。どの角度でも素早く対応できる扱いの良さ、機動力の良さ。二本の槍を同時に、かつ自在に操る技術は簡単に手に入るものではないが、すぐに身体の一部のように扱えるようになった。
二本の槍を器用に回転させ、自分の手足のように自在に操っていく。グールは腐っている分、体がもろい。一体一体を確実に仕留めていく。
本当に厄介なのはグールではない。見えない角度から、確かな殺意を感じた。
「……!」
オークの爪が一閃される。クラウはそれを、視界の右端で捉え、後方に飛ぶことでかわした。あと一呼吸遅かったら、脳漿が辺りに飛び散っていたかもしれない。右側の額から血が飛び出た。
距離を取って再び木の陰に身を隠す。傷は深くはないが、流れて出る赤い液体は視界を阻む。
手の甲で乱暴に拭う。両手に持った双槍を構え直し、呼吸を整える。
額から血を滴らせたまま、木の陰から躍り出た。あと十体以上、相手にしなければならないのだ。双槍でも十分には戦えるだろうが、苦戦を強いられることは否めないだろう。
「……あの野郎、後で料金以上ふんだくってやる」
金貨百枚ではわりに合わない。右手にした槍をオークの一体に投げつけ、その隙に質屋から取り戻してきた愛剣に手をかけた。
躊躇う必要はなかった。この場には自分の他には、影から生まれた化け物しかいないのだから。