1.破壊屋クラウ 02
ヴァシリーの事務室を出たクラウが真っ先に向かったところは、一件の店だった。
卵を彷彿させる体型の初老の店主が迎えいれる。肥満体形で常に柔和な笑みを浮かべているので、彼を一目見た人間は穏やかな人柄を期待する。実際、人柄は悪くないのだが……。
「金が出来たから持ってきたぞ」
「ああ、お前さんか。ちょっと待っておれ」
クラウの姿を確認すると、店主は店の奥に引っ込んでいく。何回もこの店を利用しているので、店主とは既に顔見知りだ。飢餓感と並び、この店とはなるべくならば無縁でありたいのだが、金に困るとどうしても利用してしまう。
戻ってくる間に、店内に置いてある物をぐるりと見渡す。
オークの胃液と共に出てきた胆石。エルフの耳。セイレーンの牙。刈り取った瞼。
柔和な笑みに騙されてはいけない、と思わせるような代物がたくさん置いている。
「相変わらず悪趣味なやっちゃなぁ……」
勿論、クラウの目から見て悪趣味なものばかりを置いているわけではない。蒸気型二輪車や細かい刺繍の入った絨毯など、珍しくは無いけれども預けたらお金になりそうなものが大半だ。品には全て、預かり人の名前と金額、預かり期間が明記されている。
奥の部屋から店主が出てきた。白い布に包まれた、大きなものを抱えて。
「二十日の担保で、金貨十枚だ」
先ほどヴァシリーから受け取った布袋から、硬貨を取り出して渡す。これで前金の半分を使ってしまったが、依頼に成功すれば、前金の四倍の金貨を今日中に貰うことが出来る。しかし、これから受ける仕事内容の危険度を考えると、その位貰ってもバチはあたらないだろう。
ヴァシリーの事務室から出たクラウが真っ先に向かった場所。それは、質屋だった。
質屋の店主が、ひい、ふう、みい、と金貨の数を数える。妙に音を立てて数えるので、さっきまで向かい合っていた誰かさんみたいだな、と内心思った。
「受け取ったよ」
「じゃあ俺も」
布の包装を解く。
現れたのは、鞘におさめられた、大ぶりの剣だった。幅は太く、しかし長さがあり切っ先は鋭く尖っているので、細長な二等辺三角形のような姿をしている。柄の部分には飾り紐が付けられていた。紐の先端には、翡翠が踊るように輝かせている。
握った時の慣れた感触。五センチだけ鞘を抜く。わずかに現れた刀身から、自分の剣であることを確信した。
「確かに。俺の剣で間違いない」
「ずっと置いておいてくれてもいいんだけどねぇ」
名残惜しそうに店主が呟いた。つまり、売ってくれ、と言っている。この店主から剣を譲れと言われるのは、これが初めてではない。寧ろ、会うたび(つまり預けるたび)に迫られている。
店主は珍品を集めるのが趣味だ。オークの胆石など悪趣味なものは店主の私物だ。
そしてどうやらこの剣は、マニア垂涎のものらしい。長年使っていて、らしい、という曖昧な言葉でしか表現できないのは、実のところこの愛剣がどういうものだか、よく分からないからだ。店主に聞いても、何か知っているような素振りを見せるだけで、何も言わない。
ただ、分かっている事実が一つある。それは、クラウの愛剣になるには十分過ぎる事実だった。
だからどんなに金に困っても、預けるだけで売ったりはしない。
「これは駄目だ」
答えは何時も決まっていた。
質屋は心の底から残念だ、と言わんばかりに大仰にため息をつく。
そして。
「じゃあその代わりに君の髪の毛ひと房下さい」
言い終わらないうちに、店主の顔面に掌底を食らわせた。
「別にいいだろう、髪の毛の一〇本や二〇本ぐらい。減るもんではあるが生えてくるし」
結構力を入れた……というか、大の男が気絶するぐらい力を入れたのに、復活が早い。起き上った店主は何事もなかったかのようにぶーぶーと文句を言ってきた。
自分の髪が、珍しい色彩を持っているのをクラウは理解している。質屋の店主の目から見て、それが珍品として映るのは無理からぬ話かもしれない。
だからといって髪の毛を要求してくるのは、不気味以外の何物でもない。
「誰がやるかボケ! 何度も何度も言ってるだろ! 気持ち悪いんだよ俺を呪う気か!」
「店先に飾って眺めて楽しむだけだと、こっちもいつもいっとるだろう」
「余計気持ち悪ぃわ!」
左の踵を店主の脳天に落とす。今度は復活しないうちに、クラウは全力で店をあとにした。