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ジャックは目をうっすらと明けた。
体のあちこちが億劫なほどに重たかったが、不思議なほどに痛みはなかった。
頭が何か柔らかな所にのっかている。
ぼんやりとした視界が晴れれば、そこにはエナが目を見開いて顔を覗き込んでいた。
「エナ?どうした・・・・・・、何かされたのか?」
はっきりとしない意識の中、ジャックはエナの顔に手を伸ばす。すると、エナもジャックの伸ばした手をギュッと握った。
「ジャック。ジャック。よかった。よかった」
そう言って、エナの目から涙が零れ落ちた。ジャックの頬にぽたりと落ちる。
ジャックは何事かと驚いて身を起こした。
「エナ?どうした!あいつらに何か・・・・・・、そういえば、ブタ男達は?」
「大丈夫よ。ジャック、逃げられたの・・・・・・。私達助かったのよ・・・・・・。ジャックありがとう。ありがとう」
そう言って、エナは抱きついてきた。
ジャックは受け止めきれずに倒れた。
混乱する頭の中、ジャックは何とか自分達が逃げ切れた事に気がついた。ついでに、撃たれたはずの腹が痛くないことに驚いた。
徐々に、頭は冷静になっていった。
「え、エナ。離してくれないか。その・・・・・・、痛い」
「ああ、ごめんなさい」
そう言って、エナが手を離すも手を緩めるだけでジャックからは離れなかった。
いつまでも離れないエナにジャックは戸惑った。dが、そのままでいることもできず座ったまま体を起こした。驚くほどに軽いエナの重さを意識しつつも、ジャックはこれからの事を考えた。
「エナ・・・・・・。近くの街まで送っていく。そこで、教会を探せ。きっと、保護してくれる。俺はいけないが近くまで送ってっ」
「嫌よ!」
エナは驚くほどの言いおいで声を遮った。
エナのこんな顔は見たことがない。目を吊り上げて怒っている。だが、その中に見捨てないでくれという悲しみもあった。エナはジャックに再び抱きついて言った。
「ジャック。私はあなたと一緒にいるわ。これからも、ずっと」
「エナ・・・・・・、それは駄目だ。俺は・・・・・・」
「カボチャ頭でも、悪人でもいいの」
そう言うと、エナはジャックを見つめた。
ジャックは息を呑んだ。
「私はあなたと一緒がいいわ。好きよ、ジャック。愛しているわ」
「エナ・・・・・・、俺もお前を・・・・・・愛してる」
それ以上言葉は続かなかった。
目から涙がこぼれた。
カボチャ頭の、悪人の自分を、まさかこんなにも美しい人が愛してくれるなんて。
こんなに、幸せな事があっていいのか。でも、自分は彼女を幸せにはできないのではないか。
ジャックが言葉を失って顔を伏せた。
すると、ふわりと顔に暖かな温もりが触れ顔を上げさせられた。
ジャックの顔がよほど情けない顔をしていたのか、エナはくすりと笑った。
「ジャック、言い忘れてたけど、あなたの魔法はとっくにとけているのよ?」
そう言って、エナの顔がゆっくりと近づいてきた。
何が起こったのか分からない内に、ジャックの唇に柔らかな感触が触れた。
暖かい唇が、ふわりと自分の唇に触れる。
その感触は、硬いカボチャの口に触れたのではなく、明らかに柔らかな自分の唇に触れたことにジャックはこの時初めて気がついた。
2人の影か重なる姿を、湖の向こうである紅目の男が覗いていた。
すると、男の後ろに黒鳥が降り立ち、一瞬の内に先ほどジャックの怪我を治した女へと姿を変えた。
だが、男は驚かなかった。ちらりと、目を向けただけで再び湖の方へ視線を戻す。
女は男の横に並ぶと、ぎろりと睨みつけてきた。
「レヴォル。あの男の魔法。お前がかけたんだろう」
「男ぉ?さあなぁ、男にかけた魔法なんて覚えちゃいねぇ」
そう言って、とぼけた紅眼の男、レヴォルはニヤリと鋭すぎる犬歯を唇から覗かせて笑った。
「しっかし、エナちゃん。俺が目を離した隙に人買いに連れさらわれたと思って、助けにきてみれば、すでに逃げ出してカボチャと一緒に追われてるし驚いたぜ。だが、今度は男と逃走かぁ、いいねぇ、若いって」
「・・・・・・また、あの娘を捕まえるのか?」
少し、攻めるようにそう言えば、レヴォルはちらりと横目で女に視線を送った。
そして、小さくため息をついて降参したように両手を挙げくるりと、振り返って歩き出した。
「さすがに俺も野暮じゃねぇよ。それに、エナちゃんは違ったしなぁ」
そう誰に言うでもなく言うとレヴォルはマントを翻して女を残して森の奥へと立ち去っていった。
その後姿を目で追った女も、すぐに湖へと視線を移した。
「偽りない愛を祈ろう」
そう呟いて、互いに抱き合うジャックとエナを見て微笑んだ女はすぐに森の闇の中へ消えていった。