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ジャックとともに、エナは落ち葉が広がる森の中を走り続けた。


痛いほどに手を握られたまま、エナは横のジャックを伺った。

暗がりの中、カボチャ頭のジャックの表情はまったく変わらない。息遣いはとても苦しそうだ。

腹部を見れば、手で押さえられていても下の方にぽたぽたと血が落ちていくのが見えた。

ジャックの服が赤く染まっていくのが気になっていたが、当のジャックが言葉を発する事無く、走り続けていくので、手を握られたエナは何もいう事が出来なかった。


初めこそ男達の追ってくる怒声が聞こえてきていたが、森の中に入るとその声も聞こえなくなった。

それでも、ジャックは止まる事無く走り続けていた。

何故かジャックは道が分かっているかのように迷いなく走っていく。時折、落ち葉で足を滑らせる事があったが、その度にジャックが引っ張ってくれた。

だが、エナは直ぐに息が上がっていった。もう走るのも限界であった。

と、その時。エナの目の前が急に明るくなった。一瞬、目が光に奪われる。

ゆっくりと目を開けて目の前の光景を見た。


「湖?」


そこには月明かりに照らされた美しい湖があった。

物音は何もなく、まるで外界から切り離されたような静けさだ。


「ここは・・・・・・、もしかして黒鳥の湖?」


かつて、王子に横恋慕した黒鳥が住むという湖の話。

エナがまだ王都の劇場にいた頃に聞いたことがあった。たしか、その湖は国の西の森の中にあったはずだと思い出す。

だが、あたりを見渡すも黒鳥がいる気配はなかった。


と、いつの間にか止まっていたのだろうか。ふっと、エナの手から温かみが抜けていった。

まさかと思って、横を見れば、ジャックがどさりと地面に倒れていった。

服は血で真っ赤に染まっていた。


「ジャック!!」


エナはしゃがんで、ジャックの頭を膝に乗せた。

不思議とジャックの頭は重くなかった。力なくだらりと垂れた手を取るも、ジャックは何も反応しなかった。ただ、カボチャから荒い息が漏れるばかりであった。


「ジャック!嫌、いやぁ!!死なないでぇ!」


ジャックの腹部をエナは手で押さえた。

だが、抑えた手が赤く染まるばかりで血はとめどなく溢れてくる。

エナの目から涙が溢れた。

もし、自分が戻っていなかったら。

もし、自分があのまま逃げていたら。

ジャックはこんな目にあわなかったかもしれない。

ジャックに対する後悔ばかりが頭をめぐり、エナは何も考える事ができず、ただただ泣くばかりであった。







「どうした。娘」


その女性の声は、突然、エナの上から聞こえてきた。

エナはハッとして、涙に濡れた顔を上に上げた。

そこには、黒髪に黒いドレスをきた、美しい女性がいた。瞳は月色で、肌は光を放っているかのように白い。

エナは一瞬見惚れてしまっていた。だが、すぐに警戒も露にジャックのカボチャ頭を腕に抱え、女を睨みつけた。

女はそんなエナの様子に興味なさそうな顔をして見ていた。ただ、エナの抱えるジャックをじっと見ているようだった。


「その男。魔法がかけられているな、しかも、このままでは死んでしまう」


そう言って、女はすっとジャックの側にしゃがんだ。

エナが驚いている間にも、その女はジャックの血が溢れる腹部に手をかざしだした。

エナはとっさにその手を払いのけた。


「さ、触らないで!!」


パシンという音が、静かな湖に響き渡った。

エナがさらに懐にジャックの頭を抱え込む。

だが、女は先ほどと変わらない顔で、払いのけられた手をゆっくりと戻し、今度はエナに視線を向けた。


「娘。お前はこの男が愛しいか?」

「え?」

「この、カボチャ頭で盗人の男だ。こいつがどんな奴でもお前は愛しいか?」


女は感情のない顔で静かに聞いてきた。

エナは突然の質問にとまどった。そして、懐に抱える、ジャックの顔を見つめた。

もう、ジャックは浅く呼吸を繰り返すばかりで明らかに弱っている。

この人が愛しいか。

そういう風にははっきりと考えたこともない。

そっけなく、時々悪ぶった事をいう態度。

昔、本当に悪いことをしていたのは何となく感ずいていた。

だけど、その心根が優しいのは出会って直ぐに分かった。

一緒にいるのが、いつの間にかどれだけ救いとなった事だろう。



だから、きっとこの気持ちは


「ええ、そうよ。私はこの人を失うのは考えられないわ」


エナは女の瞳をじっと見て迷いなく答えた。

すると、女はエナの瞳を見つめたままふっと、口元を僅かに緩ませて笑った。


「・・・・・・そうか」


そう言って、女は再びジャックの腹部に手をかざした。

今度はエナも女を止めなかった。

何故か、今は女がジャックを傷つけるとは思えなかったのだ。

女は聞き取れない程の小さな声で何事かを呟き始めた。すると、女の手が徐々に光を帯びてくる。

帯びた光はそのまま、ジャックの腹部の傷に注ぎ込まれていく。すると、傷は見る間に塞がっていった。

ジャックの口から僅かに息が漏れた。


「あっ、・・・・・・はぁあ」

「ジャック?・・・・・・ジャック!」


呼びかけると、ジャックは首を動かした。手を握ると僅かに握り返してくる。

エナの目に涙が溜まる。お礼を言うと、エナは顔を上げた。


「あ、ありがとう!ね、あなたは・・・・・・・」


女はいなかった。

あたりを見回すと湖の方に飛び去っていく黒鳥の姿が見えただけであった。


「まさか、ね・・・・・・」


エナは呆然と黒鳥の飛んでいくのを見守った。

と、エナの手にジャックの手が急に強く握られてきたのが分かった。

目を覚ましたのかと、エナがジャックに目を戻す。

すると、驚くべき事が起こっていた。


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