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牢屋にエナを残し、ジャックは急いでステージへと向かった。


ステージ袖に着くと、見張りの男がいない事に驚いたブタ男がいぶかしんだが、ジャックは用を足しにどっかに行ったと適当な理由をつけ、問い詰めようとする声を無視してステージへと上がる。


(ここからが正念場だ。一世一代の大仕事だ!客の視線を盗んでやる!)


ステージの真ん中に颯爽とジャックは降り立った。

その途端、客席から歓声が上がる。答えるように、ジャックは恭しく丁寧に客席に向かってお辞儀をした。

歓声が鳴り止まない中、バッと顔を上げると、おどけたように踊り始めた。

ステージを駆け、逆立ちをして走ったり、そのまま大玉に乗って手に持ったナイフをクルクルと回す。そのまま、わざと大玉から落ちて見せると客席からドッと笑いが起こった。





首から下は人間の体で、頭が大きなオレンジ色のカボチャ頭。

そんな得たいの知れない男がおどけて見せる今夜のステージはいつにもまして盛り上がっていった。

余りの盛り上がりに、その場にいた者はいつの間にか全員演技に目を奪われていた。

と、自身も目を奪われていた見世物小屋の主人は後ろからの慌しい足音に後ろを振り返った。


「ご、ご主人様!」

「何だ!騒がしい!」


邪魔をされて若干苛立ちながら、でっぷりと出たおなかを揺らして見るとそこにはジャックを連れてくるように命じた部下の男が慌てた様子で走ってきた。


「お前!今まで何をしていたっ!」

「た、大変なんです!ご主人様!牢屋にいた奴等が全員逃げました!」

「なっ、なんだと!」


顔を真っ青にした見世物小屋の主人は部下を押しのけて牢屋の方へと向かった。


牢屋はどこももぬけの殻ととなっていた。扉は全て開けはなたれ、あちこちに足かせにつけておいた鎖が散らばっている。

呆然と牢屋を見ている主人に、後ろからついてきた見張り役の男達と一緒に来た先ほどの部下がおずおずと言った。


「す、すいやせん!あのカボチャ男を連れてこうと牢屋に行ったら、持っていた棒で殴られやして・・・・・・」

「カボチャ男だと!」

「へ、へい。どうやら鍵を奪われたようで、俺も奴の牢屋に閉じ込められっ、ぎゃ!!」


いつまでも言い訳する部下を手に持っていた鞭で殴った。

部下が顔から血を流して倒れるがそんな事にも目に入らないほど、主人のブタ顔は真っ赤に染まっていった。

主人は唾を飛ばしながら、後ろにいる見張り役の男達に怒鳴りつけた。


「お前達!逃げ出した商品を探し出せ!まだ遠くには逃げてないはずだ!」

「へ、へい!」


慌てたように見張り役の男達は散り散りに走り去っていった。

すると、それとは反対方向にこちらに走ってくる部下が血相を変えて走ってきた。


「ご、ご主人様!」

「なんだ!貴様も早く探しに行かんか!」

「そ、それが!エナが、エナがステージに!」

「は?なんだと!?」


部下の言葉に主人は、慌ててステージへと戻った。







(っち。気付いたか・・・・・・、意外と早かったな)


落ちそうな演技をしながら、空中ブランコの柱を登っていたジャックは横目でちらりとブタ男達が出て行くのを確認していた。予想以上に鍵を奪った男が早く牢屋から出てきたらしいのをジャックは悟った。


(ま、今頃ならもうとっくに遠くへ逃げてるだろう。エナ・・・・・・)


最後に見たエナの心配そうな顔を思い出し、ジャックは自嘲気味に笑った。

こんな自分を、カボチャになった自分をあんなに心配してくれた者が今までいただろうか。

カボチャになる以前から考えても、エナ以上に自分を気にしてくれる者がいただろうか。

彼女のためならば、道化にでも、盗人に戻る事にもなんの躊躇いもなかった。


ジャックは軽快に柱を登りきると、よろよろするフリをして、ブランコが設置されている台の端に立った。遥か下から貴族達の期待に溢れる視線が集中する。

ジャックはブランコを手で掴み、両手を挙げて身を宙に乗り出そうとした。

その時、丁度目の前の柱の下方、貴族達の客席に誰かが駆けてくるのが目に入った。

その人物が何者か分かると、ジャックは息を呑んだ。


「ジャックー!!」

「エ、エナ・・・・・・」


ジャックは呆然とした。

すでに逃げているはずのエナが何故ここにいる。


「ジャックー!!」


乱れた金色の髪も、白いドレスが汚れるのも構わずエナは客席を駆け、ジャックとは反対側の空中ブランコの柱を登ってきた。

その光景に、周りの貴族達も何事かと騒ぎ始める。

呆然と見ていたジャックは客席の騒ぐ声にハッとした。


「エナ!何でここにいる!」


途中、落ちそうになりながらも上りきったエナに向かって、ジャックは大きく叫んだ。

エナは涙に濡れた瞳を向けながらも、怒っているような顔で叫んだ。


「だって、だって!あなただけ、置いていくなんて!」

「俺は大丈夫だと言っただろう!」

「でも、私はあなたと一緒じゃなきゃ嫌なのよ!」

「エナ・・・・・・」


エナの懇願する声が、ジャックの頭に響いてくる。

自分のために泣き叫ぶあの女が愛おしい。

こんな時だというのに、ジャックはエナを思う気持ちで溢れ涙がでそうになっていた。

と、その時。エナの上る柱の下、ブタ男が部下を連れて集まってきていた。


「カボチャ男め!やりやがったなぁ!エナ、お前も許さんぞ!そこで待ってろ!おい!上れ!いいか!エナは傷つけるな!カボチャは殺せぇ!」


ブタ男に命じられた部下達が柱を登ってくる。

見てみると、ジャックのいた柱の下にも部下達が上ってきていた。

上ってくる部下達を見て、エナは台の端まで移動した。


「エナ!」

「ジャック!!逃げて!」

「エナ!そこにいろ!今行く!」


そう言いつつも、ジャックはキョロキョロ周りを見回し唇を噛みたい気持ちになった。

空中ブランコでエナの元へ行くのはいいがその後の逃げ道はなかった。

エナの柱の移っても、ジャックの柱に移っても部下達が待ち受けている。下に落ちてもネットがないため助かる保証はなく、まさに八方塞がりである。


「どうする。どうする」


貴族達は突然始まった捕り物劇に展開を楽しんでいるようであった。

と、エナの後ろの方の客席が目に入った。


「あれは・・・・・・、扉か?」


丁度、ジャックとエナが立っている台の中間くらいの高さにある客席だ。

そこは特別席だったはずだと、以前ブタ男に説明されたのをジャックは思い出した。

他の客席より大分せり出ている。その客席の入り口は直接外に出られるはずだ。


「軌道をずらしたら飛び移れるか?」


ジャックは下方の自分の柱を登ってきている部下達を見た。


「間に合うか・・・・・・」


迷っている暇はない。

ジャックは手に持ったブランコの柄をギュッと握った。


「エナ!!今から行く!俺が近づいたら飛べぇ!」


そう言って、エナの答えを待たずにジャックはトンと台を勢いよく跳んだ。

ブランコはジャックの重さと足の力で大きく弧を描く。台の上にいるエナが躊躇するようにジャックを見つめていた。

エナに近づいたジャックは片手を離して伸ばした。


「エナ!」

「ジャ、ジャック・・・・・・」

「大丈夫だ!!俺を信じろ!」

「・・・・・・」

「エナ~~~~!!飛べ~~~~!!」

「・・・・・・っは、はい!」


エナは目をつぶって、台を蹴って飛び出した。

ジャックはエナに手を伸ばし、ギュッとエナの腰を掴みしっかりと抱きしめる。

受け止めた衝撃で、ブランコは反対方向に弧を描き始めた。


腕の中のエナは目をつぶってギュッとジャックの服を握り締めていた。

存在を確かめるように腕に力をいれ、ジャックは迫ってきた柱の台を、右側に曲がるように勢いよく足で蹴った。すると、ブランコは先ほどせり出した客席の方へと向かっていった。


「エナ!しっかり捕まってろよ!」


腕の中で小さく頷いたエナを確認し、ジャックは近づく客席めがけて、反動をつけるように手を放した。

客席にいた貴族達が逃げる中を床に転がるように着地した。

ジャックは着地の衝撃から守るために必死に腕の中のエナを守った。

衝撃が収まると、ジャックはすぐに顔を上げて腕の中のエナを見た。


「た、立てるかエナ?」

「え、ええ。大丈夫よ」


エナは、心配そうにジャックの顔を見上げてきた。

ジャックはその顔を見て心底安心した。

だが、安堵のため息をつきつつも立ち上がり、エナもすぐに立ち上がらせる。


「さあ、逃げるぞ!」

「え、ええ。ウッド達は森に逃げたわ」

「そうか、行くぞ!エナ」


そう言って、エナの手を引いてジャックは客席の入り口から出ようとした。

だが、パンという甲高い音があたりに鳴り響いた瞬間、ジャックは一歩を踏み出す事ができなかった。

腹の辺りが物凄く熱くなった。


「っく、・・・・・・」

「ジャック!?」


膝をついたジャックに驚いてエナが駆け寄ってくる。

ジャックは激痛が走った腹部を手で押さた。手に生暖かいものが触れ、体から溢れてくる。

貴族達の悲鳴の声にまぎれてブタ男の笑い声が聞こえてきた。


「ははっははは、ざまぁみろ!カボチャを殺せぇ!」


再び、銃声が聞こえてくる。と同時に、ジャックの周りに銃撃が打ち込まれていった。

エナが悲鳴を上げてしがみ付いてくる。

ジャックは腹部を押さえつつも、エナを抱きしめ守った。と、弾がなくなったのか、一瞬銃声が止んだ。

朦朧とする意識の中、エナを無理やり立ち上がらせて客席から走り出す。


後ろから男達の怒声と追いかけてくる足音が聞こえてきたが、ジャックは必死にエナの手をつかんで走った。小屋の外に出ても、感激する暇もなく、ジャックは目の前の盛りめがけて走りつづけた。


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