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翌日の夜から、ジャックは人が変わったように自分を売り込み始めた。
初めは曲芸の真似事をした。
片手で逆立ちをしたり、腕だけで歩いて見せたりなど身軽な体を活かした。
すると、器用に動くカボチャ男が面白かったのか、忽ち貴族達の視線を集め始めた。
その後、ブタ男から道化師用の道具や衣装を用意してもらい、本格的に道化師の真似事を始めた。見様見真似で大玉に乗ったり、剣を回してみたり、時にはおどけても見せた。
『カボチャ男の道化師』という触れ込みで、ジャックは踊らなくなったエナの代わりに忽ち見世物小屋の一番人気となった。
遂には、最後のステージにまで上ってしまった。
ステージに上がったジャックは、人々の視線をより集めた。
ステージの上ではより派手な、より危険な業を披露した。すると、貴族達だけでなく、ブタ男を初めとする見世物小屋の者達もジャックの演技に目を奪われた。
だが、エナはそんなジャックを見て気が気ではなかった。
身請けされる日は刻々と近づいていた。
なのに、ジャックはあの日以来、何も言ってこなかった。
連日、自分の売り込みに没頭するジャックにエナが大丈夫なのかと聞いた。でもまるで、エナとの約束を忘れているかのようにそっけない態度を取るばかりであった。
エナはジャックが自分を見捨てたのだと思った。
だが、それでもエナは約束を守って踊る事はしなかった。
そして、エナが売られる前日の夜。
この夜、ジャックは7日続けてのステージへと望もうとしていた。
「おい、カボチャ。今日もお前がステージださっさと来い!」
客の貴族達がステージの客席へと移動し、牢屋の外にはジャックを迎えにきた男が一人だけであった。
「おら!さっさとしろ!貴族様方を待たせるな!」
「ああ、分かっているよ。今出るさ」
ジャックはそう言って、もったいぶったように開けられた牢屋から出た。
カボチャが鉄格子に当たらないように慎重をさげ、ぐっと両手を挙げて背伸びした。
手には今日のステージで使うであろう大きな棒が握られていた。
エナはジャックが出てくるのをじっと見ていた。
明日になれば、エナは身請けされ貴族に手渡されてしまうというのに、ジャックは何も言う気配も、何かをする気配もない。
本当に約束を忘れてしまったのだろうか。
訴えかけるようにエナはジャックを見つめた。
と、背伸びをし終えたジャックがちらりとこちらを見た気がした。
その時。ぐずぐずしているジャックに苛立ったのか、男がジャックの腕を掴んだ。
「行くぞ!さっさとしろ!」
「ああ、そうだ、なっ!」
「ぐおっ」
エナは目の前の光景に目を見開いた。
ジャックがいきなり腕を掴んだ男に何かを振りかざしたと思った瞬間、男がゆっくりと崩れ落ちていった。その後ろに、手に棍棒を構え悠然と立っているジャックがいた。
ジャックは突然、しゃがみこむと男の体を漁り始めた。
「鍵は何処だ?・・・・・・っと、あった。これか」
そう言って、ジャックは男の懐からジャラジャラとなる物を取り出した。倒れた男を自分の牢屋に入れて鍵を閉め、そして、エナの方へと近づいてくる。
手に持った鍵束の中をいくつか試すと、ガチャリと鍵が開いた。
「エナ!今、足の鎖も取ってやる」
そう言って、牢屋に入ってきたジャックはエナの側にしゃがみこんで、エナの足に点けられた足かせの鎖も、先ほどと同じように鍵穴に何度かいろんな鍵を試した。
辛うじて、鎖の鍵は直ぐに解けた。足がすっと軽くなる。
エナはジャックの行動を呆然と見つめていた。
じっと見つめて何も言わないエナに、ジャックは目の前に顔を近づけてきた。
「エナ。大丈夫か?」
「え、ええ・・・・・・」
「エナ。この鍵を持って逃げるんだ。俺が、ステージに行って客やブタ男達の視線を引き付けておく。その間に、逃げろ」
「でも。それじゃあ、ジャックは・・・・・・」
「俺の事は気にするな。一人でも逃げられる。だから、お前は先に逃げろ、おい!ウッド!」
驚いて呆然とするエナを置いて、ジャックは牢屋の外に、自身の隣の牢屋に声をかけた。
その中にいた人物は突然の呼びかけにびくっと肩が震えていた。
体の大きさが普通の人より2倍以上大きな男。名はウッド。外見に反して心優しく、エナもよく話をしていた。そのため、ジャックも何度か話をしている。
ウッドもジャックの奇行を目にしていたようで、突然声をかけられ戸惑った顔をしていた。
ジャックは鉄格子越しにウッドに鍵束を投げ渡した。
「ウッド。それで自分の鍵を開けて、他の連中も出してやれ!んで、見つからないように一緒に逃げろ!お前なら、他の連中を守れるだろ」
「あ、ああ。しかし、お前はどうする」
「俺は人目を引き付ける。昔は盗人なんてやってたから逃げるのは得意だ。それより、エナを頼む」
真剣なジャックの声を聞いて、カボチャの顔をじっと見たウッドはしばらくして静かに頷いた。
「ああ、わかった」
「頼んだぞ!見つからないように静かにな」
そう言って、ジャックは、再び呆然と座っているエナの元にやってきた。
「エナ。いいか、ウッドと一緒に逃げろ。大丈夫だ。必ず逃げられる。約束したろ。俺が逃がしてやるって。だから・・・・・・、自由になるんだ」
「ジャック・・・・・・」
エナは目に涙がこみ上げてきた。
ジャックは約束を忘れてはいなかった。ただ、それだけが嬉しくてエナはジャックのカボチャ頭に触れた。
ジャックは伸ばされたエナの手をギュッと握った。なぜかその時、エナにはジャックのカボチャ頭の顔が笑ったように見えた。
「じゃ、俺は行く。エナ、元気でな」
そう言って、最後にエナの手をもう一度ギュッと握ったジャックはステージへと走っていった。
その後ろ姿をエナはじっと見つめた。
「ありがとう・・・・・・」
暫くして、ステージの方から、音楽と歓声が上がり始めた。
それを確認してエナはウッドとともに他の牢屋の鍵も開けに回った。
鍵の数は多く、なかなか見つからずあせる事もあったが、なんとか直ぐに全ての鍵を開けることが出来た。皆に静かに逃げるよう言い、また、身動きが取れない者には手を貸し出して、エナはウッドと共になんとか見世物小屋の外に出る事ができた。
驚いた事に見張りの男達は全てステージの方にいったのか誰もいなかった。
外に出ると、どの者達も歓喜に声を上げた。
外はすっかり秋になっていた。空気がつめたく凍えそうであったが、それが何故か嬉しかった。
見つかるといけないため、慌てて声を抑えるが、顰めた声からも嬉しさが伝わってくる。
とりあえず、エナとウッドは彼等を連れて近くの森まで闇にまぎれて走った。夜の森は危険であるがそんな事は言っていられない。見つからない場所へ逃げるのが先決であった。
エナは遠ざかる見世物小屋を走りながら振り返った。
無意識に先ほど握られた手をそっと撫でる。エナの手をギュッと握ったジャックの手。体温が今でも残っている。
『エナ、元気でな』
ジャックの声が耳から離れない。まるで、別れの挨拶のようだった。
エナはじっと見世物小屋を見つめて、いつの間にか立ち止まっていた。
じっと、立ち尽くすエナを見てかウッドが戻ってきた。
「エナ。逃げるぞ!今のうちに遠くへ行かないと・・・・・・」
ウッドに声をかけられているのは分かった。
でも、エナはその場から動く事ができなかった。
ぎゅっと唇を噛み締める。
そして、自然と足は見世物小屋の方へと向かって駆け出していた。
「エナ!!」
後ろから呼び止めるウッドの声が聞こえたが、エナは見世物小屋に向かって走り続けた。