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一部、配慮すべき表現があるかもしれませんが、作品のためにそのまま書きました。ご不快に思われるかもしれませんが、ご了承ください。
人買いに連れ攫われたジャックは、ずいぶんと長い間袋の中に入れられていた。そして、次に袋から出された時に目にしたのは、全く見覚えのない風景であった。
ジャックが連れて来られたのは、見世物小屋であった。
ここは貴族達が多く暮らす国の西側にある地域だ。
その西側の地域には日々退屈に暮らす貴族達を楽しませるために画家や芸術家などがあつまり、踊りや舞台などの見世物小屋も多い。ジャックが売られた先も、そんな見世物小屋の一つであった。
売られた先の丸々とブタのように太った見世物小屋の主人は、袋から出されたジャックを見て初めは驚いた顔をしていたものの、直ぐに買い取ると宣言した。
いったいどれ位で売られたのか。手に大きめな小銭袋を持って立ち去って行くねずみ目の男の顔が大層にやついていたのを見る限り、かなりの値段で売れたに違いない。立ち去る人買いの顔を見て、ジャックは妙に冷めた目で見送っていた。
(俺も、あいつみたいな顔をしていたのか・・・・・・)
かつて、ジャックも何度か人売りに加担した事があった。それで得た金は大分高額で、売られた人の側でその金を受け取った。その時、ジャックの顔をその売られた人がじっと見ていた記憶があった。
もしかしたら、あの時の自分もあんな顔をしていたのかもしれない。
(まさか、自分がこちら側の立場になる日が来るなんてな・・・・・・)
腹も減らない、眠たくもならない。カボチャ頭になって以来、全く身体的な痛みを感じなくなっていたのに、何故か、胸のあたりが痛くてたまらなかった。
「おら、さっさと歩け!!今日から俺がお前のご主人様だ!!」
そう言って、ジャックを鞭の柄で小突いてきたのは、先ほど人買いと話をしていたブタ(のように太った)男であった。
一応、貴族相手の仕事のためか服は上等なものを使っているようだが、着られている服がかわいそうになるくらい男の大きな腹で破れそうになっている。
脂ぎった顔を怒らせ、大きな唇から吐き出される唾がジャックの頭にも飛んできた。ジャックはとうてい言う事を聞く気になどなれなかった。
「おい!俺を怒らせるとどうなるか分かっているのか!!さあ、入れ!動け!」
いつまでも動かないジャックに腹を立てたのか、持っていた鞭をバシンと地面に打ち付けた。側に転がっていた石が砕けたの眺めながら、ずっとここに座り込んでいても仕方がないと思い始めジャックはようやく足を動かした。
足を動かすと鎖がこすれてガシャリと鳴る。意外と重い鎖を引きずって、ジャックは見世物小屋の中へと入った。
ブタ男に付いて行った小屋の中には地下へと続く階段しかなかった。その階段を降りていく。そして、ジャックは目の前の光景に驚いた。
階段を下りていった先には地中とは思えないほどの大きな広い空間があった。中央に大きな舞台が目に入る。そして、そのステージを囲むように多くの鉄格子の付いた牢屋が迎え合わせに二重円形で並んでいた。
ジャックはその牢屋へと連れていかれた。
牢屋に近づくと等間隔に蝋燭が置かれているがとても薄暗かった。通りすぎる牢屋の中を覗けばジャックと同じように足に鎖をつけられた人々がいる。
扇情的な衣装を着せられた年若い女や子供。上半身裸の異常に筋肉質な大男や、反対に子供よりも小さな人間がいる。体中毛むくじゃらな奴や、鱗が生えている者、異常に背の高い者や顔がそっくりな双子の女など、まるでびっくり人間の市場のようだった。
牢屋の前をジャックが通り過ぎるたびに、中の者達は目を向けてきた。が、恐怖に顔を引きつらせる事も、声を上げて叫ぶ事もなく、ただただどうでもよさそうな死んだ目を向けてくる。
「ここが今日からお前の舞台だ!さあ、入れ!」
周りに気を取られていたジャックはブタ男にひっぱられ硬いむき出しの地面に叩きつけられた。
それと同時に何かがしまる音と、ガチャンと言う鍵の掛かる音が聞こえた。顔を見上げれば鉄格子越しにブタ男がニヤついた顔で見下ろしていた。
「カボチャ頭とはなんと奇怪な。明日からせいぜい客寄せになってもらうぞ」
そう言って、ブタ男はその場を立ち去っていった。
ブタ男が立ち去る足音を聞きながら、ジャックは一人入れられた牢屋を見回した。
といっても牢屋には何もない。辛うじて毛布だけがあるが、他にはまったく何もなかった。
と、ジャックが牢屋を観察していたその時であった。
「ね、ねえ。そこのカボチャさん」
ジャックの耳に突然、声を潜めた女の声が聞こえてきた。
キョロキョロとあたりを見回すが、もちろん牢屋にはジャック以外は誰もいない。
「ね、ねえってば!」
先ほどよりも女の声が大きくなった。
周りを見回していたジャックは声のした方、牢屋の外の向かえ側の牢屋に目を向けた。その牢屋の鉄格子に誰かが身を張り付かせているのが目に入った。
暗がりでよく見えないが、蝋燭の火に反射して白いドレスを着た女がそこに居た。逆光なのか、女の顔がはっきりとは見えない。
だが、あちら側からはジャックが気がついた事が分かったのか。女はジャックに手を振ってきた。
と、その時。急にふわりと風が吹いて蝋燭の火が大きく燃えた。
一瞬、女の顔がジャックの目にもはっきりと移る。
その瞬間、ジャックは目を見開いた。
「お、お前は……」
思わず呟いたジャックの大きな声があたりに響いた。
もう一度女の顔を確かめたくて、ジャックは鉄格子に近づいた。ジャラジャラと激しく鎖がぶつかる音が鳴り響く。鉄格子に張り付けば、暗がりの中、薄ぼんやりとジャックの目に女の顔が見えてきた。
そして、再びジャックの目は大きく見開かれた。
今の今まで忘れていた。
だが、あの顔は覚えている。
急に近づいてきたジャックに、女の顔は少し驚いたように戸惑っているが間違いない。
あの、夜。ジャックが連れ去ろうとした女。
カボチャ頭に変えられた原因となった女が何故かそこにいた。