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時はめぐり、バゼック王国にまた秋がやって来た。
東の渓谷の麓の森は満月にも関わらず、森の中は闇に包まれていた。
そんな森の中を、頼りなげなランプを持って2人の旅人がさ迷い歩いていた。夕方には森を抜けて街に到着する予定だったのだが、途中で道に迷ってしまい、とうとう夜になってしまったのだ。
昼間でも薄暗かった森は夜になるとさらに闇が深くなる。自分の手すら見えなくなるほどで手元の頼りなげに燃えるランプの火だけが、今や二人の拠り所であった。
本来ならば森が夜になったら下手に動かず、普通は安全な場所で一夜を過ごして朝を待つのが常識である。しかし、この時2人はなんとしてでもこの森を抜けようとしていた。何故なら、この森に入る前に立ち寄った村で「森に化け物が住んでいる」という噂を聞いたからだった。
と、不安を募らせながら道なき道を進んでいた2人の目の前に、突然闇の中でぽかりと浮かぶ灯りが見えた。
家の明かりか、はたまた、人か。だが、もしかしたら化け物の目かも知れない。旅人2人はその光の正体に怯えて立ち尽くした。
灯りはドンドンと2人に近づいてくる。一緒に何かが歩く音も聞こえてきた。
そして、とうとう2人の目にもはっきり見える距離まで近づく。2人が怯えたまま灯りを見つめた。ランタンだ。そのランタンに照らされて男の足と手が2人に目に映った。
人間だと分かった瞬間、旅人達は助かったとその男に駆け寄った。よほど闇が深いのか、近くにいても男の顔は殆ど見えない。だが、人に会えた事に安心して、そんな事は気にもならなかった。
旅人達は道に迷った事をそのランタンを持った男に話した。すると、男は快く道案内を申し出てくれた。
ランタンの灯りを頼りに、旅人達は男に付いて行く。歩きながら、前を歩く男はとにかく旅人達に話しかけてきた。よほど、人と話したかったのだろうか。街の様子や食べ物は何が美味しいかなど、様々な事を旅人達に聞いてくる。
そうこうしているうちに森の中を歩いていると、闇の先に街の明かりが見えてきた。
「やっと、ついた。街だ!!」
旅人達は嬉しさのあまり、男を追い抜いて駆け出し森を飛び出しました。そこは月明かりに照らされ自分の手もはっきりと見えた。
「いや、あなたのお陰だ。ありがと・・・・・・」
道案内をしてくれた男に礼を言おうと、旅人達は後ろを振り返った。
だが、男の顔を見た瞬間、お礼の言葉は引っ込んでしまった。かわりに、旅人達の口からは叫び声が飛び出した。
そこにいたのは、ランタンを持った男だ。だがその頭は、人の2倍ほどの大きさがある目と鼻と口がくり抜かれ穴が開いたカボチャであった。
「ひっ、ば、化け物~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
旅人達は叫び声を上げ、その場を逃げ出した。
「ま、待って!!行かないでくれ!!」
逃げていく旅人の後姿を、ジャックは悲しみの声を上げて見つめた。止まってくれないと分っていても、追いすがるように手を前に伸ばしてしまう。
「またか・・・・・・」
伸ばした手をだらんと下ろしたジャックは悲しげに頭をガクンと垂らした。
涙が出そうだった。しかし、目の辺りに手を伸ばしても、そこには空虚な穴が開いているだけで涙どころか目すらなかった。
もう、あれから数年の時が経っていた。
今と同じ、収穫祭が近い秋の頃だ。この森から少し離れたあの街でジャックは恐ろしい男に出会い、なにかの呪文をかけられて気を失った。そして、目を覚ました時には、まだ夜だった。
路地裏に転がっていたジャックは、何事もなかったかのように静かな街を見て、初めは先ほどの出来事が夢だと思った。だが、喉が渇いたと近くの井戸にいって、自分の顔を見た瞬間。木桶に汲み取った水に映し出されたのはカボチャ頭だった。
大きなカボチャ頭には、真ん中に恐らく目と鼻であろう三角形の穴が開き、口の辺りに歯のようにギザギザに内側を掘られた部分がある。
驚いて自分の手で顔に触るも、手に触れたのは明らかに肌ではないすべすべとした堅い感触だ。口や目の辺りに手を伸ばせば、そこには空洞があり、簡単に手が奥のほうまで中に入っていった。
あまりの事に、ジャックは取り乱した。そして木桶をひっくり返し、助けを求めて駆け出した。しばらく走っていくと街で行きつけの酒場を見つける。助かったと思い勢いよく扉を開けて中に入った。
酒場には、ジャックの知っている者達もいた。だが、人々は入ってきたジャックを見て、皆目を見開いて微動だにしない。と、青ざめた顔をして血相を変えて化け物だと叫んで逃げ出した。
『逃げないでくれ!俺だよ!ジャックだ!』
そう言って、ジャックが追いすがるも人々は叫ぶばかりで信じてはくれなかった。それどころか、酒場にいた男達が剣を持ち出してジャックに向かってきたのだ。
ジャックは力の限り自分はジャックだと叫び続けた。だが、誰も信じてはくれなかった。ついに、人々に追われるままに逃げ出した。逃げて、逃げて、逃げた。
どれくらい逃げたのかわからない。とうとう、気が付いたら生まれた街の近くの森にまで辿りついていた。ジャックはその森へと逃げ込んだ。
それからは、誰にも見つからないように息を潜めて隠れて暮らした。そして、森でじっと隠れて過ごす間に色々な事を考えた。
今まで盗みばかり、人を騙してばかりで危険な目にあっても今まで一人で切り抜けてこれた。だが、こんな状況になって初めて自分一人ではどうにも出来きない事がある事に気が付いた。しかし、今の姿では助けてくれる人はいない。
昨日まで、一緒に悪さをして酒を飲んでいた男達が剣を向けてきた。恐怖と憎悪のその目が頭に焼き付いて離れない。
ジャックは人生で初めて泣いた。
涙は出てこなかったが、心で泣いた。赤ん坊の時ですら上げなかった泣き声を上げて泣いたのだ。
しばらくすると、ジャックは少し落ち着いていた。そして、気絶する前にあの男の言った言葉を思い出した。
『人の役にたったら解ける罰にしてやろう』
たしかに、笑いながらあの男は言っていた。
「人の役に立てば元に戻れるのか?」
本当に信じていいものか分らなかったが、今は男の言葉を信じるしかない。
それから、ジャックは必死で人の役に立つことを考えた。だが、いくら考えても何も浮かんでこない。人のためとはなんなのだろうか。必死で考えるも、やはり何も思いつかなかった。なにせ、今まで他人を傷つけた事はあっても、人のために何かしたことは一度もなかったから、どうしていいのかわからない。
そんな事を、森の中で悩みながら生活する日々が始まった。
外に出れば人に恐れられ、殺されかける。だから、人前に出る事も出来ずにしばらくは森の中でずっと隠れていた。不思議と腹が減る事もなかったから生活には困らなかった。
そんなある日。何も見えない森の闇の中を、ジャックは森で拾ったランタンの灯りを頼りに当てもなくぶらぶらと歩いていた。と、道の先であたりを見回す旅人を見つけた。
人を見たのは久しぶりだった。迷ったのだろうかと思ってじっと見ていると、その旅人もジャックに気がついたようだった。
また、怖がられる。そう思っていたが、その旅人は嬉しそうな顔でジャックに近づいてきた。
恐がらないその様子に、初めジャックは戸惑った。だが、道に迷ったというその旅人の話を聞いている内に良い事を思いついた。
(この旅人を助けてやれば呪いが解けるかもしれない)
そう思って、ジャックは快く旅人を森の外へと案内した。
久しぶりに人と話したせいか、ジャックは楽しくてしかたなくなり、道中いろんな話続けた。
人生で初めての感覚であった。旅人も楽しげに話しに付き合ってくれる。
そうこうしているうちに森を抜けた。森の外は月明りでまわりがよく見えた。
旅人は嬉しそうにお礼をいうために振り返った。その瞬間、旅人の顔は見る見るうちに青ざめた。
「か、かぼちゃの化け物~~~~~!!!」
旅人は街へと全速力で駆け出した。
その後ろ姿をジャックは唖然と見送った。そして、旅人が怖がらなかったのが、森が暗すぎてジャックのカボチャ頭に気がつかなかったからなのだと、その時、初めて気がついた。
呆然としたまま、顔を手で触るとそこにはまだ硬いすべすべとしたカボチャの感触がある。
だが、それ以来、ジャックは夜にはでかけ森で旅人が迷っているのを見つけると道案内するようになった。
『人の役に立ったら解ける罰にしてやろう』
前回は失敗したが、あの時の男の言葉を信じるしかなかった。
一番初めのときは、恐らく最後に恐がらせたために駄目だったのだと思い、顔を見せないようにやってみた。だが、どうしても、森を抜けた拍子に顔が見えてしまい叫ばれ逃げられ、失敗してしてしまう。
そんな事をしている内に、あっという間に数年の時が経ってしまった。
そして、この日も見事にジャックの『人の役に立つ』事は失敗に終わっていた。
遠くに見える街の明かりを見つめて、ジャックは小さくため息を付きとぼとぼと森へと戻っていった。
そんな森に帰っていくジャックを物陰から見る怪しい男がいた。
ねずみのようなぎょろりとした目を輝かせ、後ろに屈強な男を2人連れた小さな男であった。
「まさか本当に化け物がいたとはな。ひひ、あいつを捕まえれば金になるぞ」
少し甲高い声を響かせたたこの男は、人買いを生業としていた。
つい先ほど街にいたこのネズミ目男は、化け物だと叫びながらやってきた旅人達をたまたま目にしたのだ。旅人達があわてて話す内容を側耳を立てて聞けば、カボチャ頭の男が森にいたと話だ。
半信半疑だったがネズミ目男は急いで部下を連れて森にやって来たのだ。そして、話の通りに森の入り口で確かにカボチャ頭の男がいた。あれが被り物ではなく、本物のカボチャ頭であるならそうとう金になる。ねずみのような目を後ろの男達に向けた。
「お前達、あの男を捕まえろ。ただし、ぜったいに殺すなよ」
寝床へ向かって行ったジャックは、森の中からふいに後ろから誰かが付いてくる気配に後ろを振り返った。
「珍しいな、また誰か迷ってるのか?」
一晩に2組なんて珍しい。だが、ある意味運がいいのかもしれない。
そう思って、ジャックが戻ろうとした瞬間だった。見慣れない男がいきなり影から現れたかと思うと、一瞬の内に頭に何かを被せられた。
「な、何しやがる!」
ジャックは暴れるも、カボチャの頭が邪魔でどうにもうまく抵抗できない。
そうこうしている内に、あっさりと袋の中につめられて、ジャックはどこかに運ばれてしまっていた。