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始まりは、今から450年ほど前のバゼック王国にある、燃えるような赤い葉に覆いつくされた東の渓谷。その渓谷の麓にある森の隣に、その街はあった。

村というほど小さくも無く、都というほど大きくも無い。

そんな、変哲もない街にジャックは暮らしていた。


街の貧困街と呼ばれる区画で生まれた彼は、赤ん坊の頃からの悪ガキであった。

外の子供がやるようなイジメや喧嘩なんて、ジャックの生まれた世界では可愛げがある方で、むしろ盗み、恐喝、強盗が日常茶飯事だ。でも、この貧困街ではそれが必ずしも悪ではない。


そうしないと、生きていけなかったのだから当たり前の事だったのだ。

だから、ジャックもそうやって生きてきた。

生まれた瞬間から父親や母親なんてものはいなかったから、そうしなければ生きられなかった。


ジャックは身軽な体を利用して、どんな家にでも盗みに入った。

たとえ、貴族のお屋敷の高い塀であっても、らくらく越えて金目の物を盗み出した。逃げる際に何十人の悪党や警備兵に追われようとも、つかまる事は絶対になかった。


大人になるにつれ、ジャックは周りから一目置かれる存在になっていた。もう、この街ではジャックに盗めないものなんてないからだ。

そこで、彼は成人すると同時に必然と街の外へと出て行った。


だが、初めて出た街の外での盗みも実に簡単なものだった。

一般の家庭は勿論、農家や商家。ついには領主の屋敷などにも盗みに入ったが、ジャックにとっては貧困街を取り仕切る頭のアジトよりも簡単な作業だった。

いつしか、ジャックはある世界では有名な盗人となっていたが、有名になるにつれてジャックは退屈な日々を送る事となった。


そんな、日々を過ごしていた収穫祭も近い秋の夜の事であった。


「っち、つまらねぇ」


ジャックはそう小さく呟き、街を歩いていた。

空には怖いほどの赤い満月が浮かんでいたが、それを見てもただ苛立ちが募るだけだ。


この頃、ジャックは街を転々としていた。

盗んだ金で日々を普通に暮らせるほどの金を常に持てる程にまでなっていたのだ。服も子供の頃に来ていたゴミのようなものではなく、上等な町民服を着こなし、ザンバラではあったが茶色の髪も整えて、顎には無精ひげが生えていたが、そこそこいい男ぶりであった。だから、女にも不自由しなかった。


だから、ジャックは新たな張り合いを求めて賭博に興じていた。もちろん、賭博をするといってもまともに賭博をする訳もなくイカサマをして稼いでいた。


貧乏町で育ったわりには頭が大変良く、下手をしたらちゃんと教育を受けている貴族の子供達よりも実は頭が良かった。まして、幼い頃に頭の切れの良さを見込まれ、貧乏町の頭に賭博を叩き込まれたせいもあってか、ジャックは盗みに次いで賭博にはめっぽう強かった。


ゲームを始めればジャックの1人勝ちなど当たり前で、賭博場を1、2個潰しかけてしまった事さえあるほど。ジャックが賭博場に現れれば、金を渡されて体よく追い払われる事もしばしばであった。

そのせいで、張り合いを求めて始めた賭博も今やつまらなく感じていた。


「はあ~、別の街にでも行くか……」


このまま、この街にいてもつまらないばかりである。

他の街に行けば、いくらか、退屈なのがマシになるかもしれない。

いっその事、王都まで出てしまおうか。

金なら余るほど持っている。

そろそろ、この街も潮時かとジャックは何気なく街に目を向けた。


かつては、貧困街から羨ましく見えたこの街並みも、今ではただの石造りの建物でしかなくなっていた。

と、街中見回していたジャックの視界の端に何かが入り込んだ。妙に気になって、視線を戻す。家と家の間の狭い通路、そこにありえないものが転がっていた。


「お、女?」


白いドレスを着た女だった。それも綺麗な金髪の美少女が。

ジャックは驚きに目を見開きながらも、あたりに誰もいない事を確かめてから少女に近づいた。

見た目からしておそらく、どこか豪商か貴族の娘に違いない。しかし、一体何故こんなところに寝ているのか。眉を潜めながらも、ジャックは女の肩を叩いた。


「おい。おい、起きろ」


声を抑えて呼びかけるがまったく反応は無い。

胸が上下しているので生きてはいるようだった。

ジャックは少女をじっと観察した。ただ、眠っているのなら叩いているのにまったく反応が無いのは変な事だ。それに、汚い路地裏に寝ているのにドレスはまったく汚れた様子もない。明らかに、不自然だ。


「もしかして、人買いから逃げてきたのか?」


この時代、貧しい農家や没落した貴族などは密かに娘を人買いに売ることは珍しい事ではない。そうして、売られた娘が花街の娼館に売りつけられる事がたびたびある。そういった娘達が時々、人目を盗んで逃げ出してくる事も多かった。


この街の花街は直ぐそこにある。

人買いから逃げて来たのなら、綺麗な服装をしているのも頷けた。

だが、それでも服が汚れていないが気になったが、恐らく、売られる前に逃げだして、直ぐに綺麗な場所で隠れたのだろうとジャックは思った。


「疲れて寝ちまったのか。それとも、売られる前に睡眠薬でも飲まされたか……。ま、どっちでもいいか。この子には悪いが引越し代金位はたかれるだろ」


ジャックは先ほど考えていた街を出る計画を、この時、実行する事に決めた。

金はあるが、元々の貧乏性のせいで減るのは今でも心苦しい。そんな事を考えていた矢先に見つけた、拾い物。

人買いに売り渡せば幾らかの金になるはずだ。せっかく逃げてきたこの子には悪いと思ったが、ジャックは生憎、善良な人間ではなかった。


「さてと、お嬢ちゃん。恨むんなら、お前を売った親を恨めよな」


ジャックが少女を抱き上げようと手を伸ばした。

と、手をのばした首元に二つの点のようなものがちらりと見えた。


「何だこれ?」


ジャックが近くで確認しようとした、その時であった。





「おい、俺様の獲物を何処に持っていくつもりだぁ?」

「!?」


ジャックは突然の声に驚いて、振り向いた。先程まで、確かに人の気配などしなかったはずだ。

しかし、振り向くと、そこには男が立っていた。と、瞬間。ジャックは言い知れぬ恐怖に身動きができなくなった。


男は、じっと固まっているジャックを、一歩離れた場所で見つめて立っていた。

いくら満月とはいえ、近くにいる人の顔さえ見えない闇の中にいるはずなのに、男の姿は異様なほど、はっきりとジャックの目に映った。

男は闇にまぎれるほどの黒いマントを羽織っていた。長い髪はゆるく後ろで束ねられているようで、これも周りの闇のように漆黒だ。なのにはっきりと境目が見て取れた。

服は貴族が着るような上等なものでありこれも黒。所々に施された美しい金の刺繍が月光に照らされて輝いている。


そして、その服の上にある顔は恐ろしいほどに美しかった。

男性であるのがはっきりと分るのに、美しいとしか形容できない容姿である。肌は赤い月に照らされても尚、青白く見え、それはジャックも幼い頃より見慣れている死人のような肌の白さだった。


そして、何よりジャックの視線を捕らえてならなかったのは、男の瞳だ。

まるで、血の色がそのまま出たかのような濃い紅色。その紅い瞳が先ほどから面白いものでも見つけたかのように笑って、ジャックを見つめている。まるで、おもちゃを見つけた子供のように。


ジャックは本能で感じ取った。


動いたら駄目だ。

目を逸らしたら駄目だ。


無意識にそう感じ取って、じっと男の紅い瞳の視線を見つめ続けたまま、ジャックの背中と手、そして額からは冷や汗が流れていく。緊張のためか呼吸もだんだん浅く荒くなっていった。

でも、動く事も、逃げ出す事もできない。

どれくらい、そうしていたのか。

おそらく、一瞬の事だったのだろう。ふいに、男がまた問いかけてきた。


「で、貴様は俺様の獲物をどこに連れて行くつもりだぁ?」

「え、……えもの?」


ジャックの口から乾いて掠れた声が出た。自分の声が出た事に驚きつつも、この時のジャックは男の質問の答えを考えるのに必死だった。

男の言う『獲物』とは何の事か。

今、この場にはジャックと男。そして、今まさにジャックが抱き上げようとした少女のみ。

ジャックが、『獲物』が少女である事に気がついたのが分ったのか。目の前の男は面白そうに喉を小さく鳴らした。


「ふふ、ああそうだ。それは俺の獲物だぁ。久しぶりの上物でなぁ。準備をするため少しそこにおいてたんだが……」


そういうと、男はふいに動いたように見えた。と、次の瞬間。ふっと男がジャックの前から姿を消した。


「!?」


何処に行ったのかと、ジャックはあたりを見回した。しかし、何処にも男の姿はない。と、ジャックの耳元に突然、後ろから生暖かい空気が吹き付けられた。


「!!」

「で、貴様は俺の獲物を何処に持って行こうとしてたんだぁ?」


耳に、まるで獲物をいたぶるような男の声が直接、吐息と共に流れ込んできた。

ジャックはひっと息を飲み込み、恐る恐る視線だけ横に動かした。

そこには楽しそうな男の紅い瞳が目の前でジャックの顔を見つめていた。


(い、いつの間に)


確かに先ほどまで目の前に立っていたのだ。なのに、瞬きを瞬間に自分の横に移動した。

男はまるでからかうようにジャックの耳元に熱い息を吹きかけた。


(こ、殺される……)


直感でそう確信した。

何十年ぶりかに味わう感覚。知らなかったとはいえ、男の獲物を奪うような事をしていたのを知ったらどうなる事か。ジャックの体は恐怖にがくがくと震えていた。


すると、男は震えるジャックの肩をゆっくりと手を添えてきた。

男の長い爪が布越しのジャックの肩に食い込んでいく。その皮膚を破られるか破られないかの強さで握られるも、ジャックは叫び声さえ上げられなかった。

男はさらに囁いた。


「俺様の獲物を持ってきてくれようとしたのかぁ?」

「……」

「まさか……、俺様の獲物を横取りしようとしたわけぇ?」


まるで、初めから知っているぞと言わんばかりの男の口調に、ジャックはビクりと肩を動かした。

とっさにジャックは首を振った。


「ち、違う」

「ほう?だったら、どうしてさっきコレを持ち去ろうとしてたんだぁ?」

「し、知らなかったんだよ。あんたの女だなんて」

「知らなかった?つまり、コレを持ち去ろうとしたのは認めたのかぁ」

「!?」


ジャックは息を呑んだ。

男はさらに楽しそうにニタリと笑ったのがわかった。男の喉の奥で可笑しそうに笑うのを耳元で聞きながら震えが止まらない。ジャックの口からカチカチと音を鳴らしていた。

その様子を見て、男はさらに面白そうに声を上げた笑った。


「はは、そうかそうか。やはり、お前は俺様の獲物を盗もうとしてた訳だなぁ」


そう言うと、男は一瞬のうちにジャックの目の前に移動してきた。瞬きをした瞬間の出来事だ。

身をかがめた男はまじまじとジャックの顔を覗きこんできた。


「悪い事をしようとしたんだ。罰を受けなければなぁ。ん~、どうたものかぁ。いつもなら、俺様の獲物に手を出した時点で殺すところだが、今回は未遂だった訳だし……」


そう言って、男は顎に手を当ててじっとジャックの顔を観察しだした。

声はなにやら真剣そうでは合ったが、その瞳はジャックをどうやって痛めつけようかという嗜虐心がありありと見て取れた。

ジャックはその様子を、ただただジッと待った。というより、やはり動く事ができなかった。

頭で逃げろと警鐘が鳴り響いているのに、振るえる手と足が言う事をまったく聞かなかったのだ。

しばらくして、男は何か思いついたのか、楽しそうに口角を上げてニヤリと笑った。


「おい、貴様。俺様は寛容な男だぁ。今回は殺すのは止めにした」

「へ?」


言葉が一瞬理解できなかった。妙に間抜けな声が漏れた。

ジャックはポカンと口を開けたが、言葉の意味を徐々に悟ると口から止めていた息が一気に吐き出されていく。それに伴い体から力が抜け、がくんと腰が地面に落ちる。

だが、その後の男の言葉に、直ぐにジャックの目は見開かれる事となった。


「だが、罪は罪。そうだなぁ、お前はどうやら今までにも盗みをしていたのだろう?なら、その分人の役にたったら解けるような罰にしてやろう」

「な、何を言って……」

「せいぜい、頑張れよぉ。そして、寛容な俺様に感謝するといい」


そう言って、男はニヤリと笑った。

満月をバックに楽しそうに笑う男の口元が、弓なりに口角を上げて笑った。その隙間から信じられないほどの鋭い犬歯が覗いていた。

男はその口で何事かを呟き、ジャックの頭に手をかざした。

ジャックはその光景を逃げることもできずに呆然と見ていた。


男が最後に何事か呟き、手が額に触れたその瞬間。

ジャックの頭に強烈な光と痛みが襲った。

その後は、ただただ真っ暗闇へと意識を引っ張られていき、叫ぶ事もできずにジャックは意識を手放した。






ジャックが倒れていくのを、男は悪戯が成功した子供のような顔で見守った。


「ん~やりすぎたか?ま、俺も丸くなったものだ。これくらいの呪いで獲物の横取りをチャラにしたんだからなぁ」


そう言って、男はジャックの後ろで未だ眠っている少女へと一瞬で移動した。

眠る少女の顔を覗き込んで頬を愛しそうに撫でていく。


「あ~あ、肌がこんなに冷たくなってしまったなぁ。すぐに暖かい所に連れてってやる」


そう言って、男は少女を大切そうに横抱きして、立ち上がる。

男の腕の中で少女は眠り続けていた。

あれだけ側で騒ぎがあっても目を覚ます気配は無い。それも、男がかけた魔法のせいだった。ジャックの言うとおり人買いに売られた少女だった。一つだけ違うのは逃げてきたのではなく、この男に身請けされたことである。


「ま、間違いだったとはいえ。せっかく、久しぶりにみつけた上玉だったしな。腹も減ったし、早く帰るかぁ……。その前に少し味見でも……」


そう言って、男は少女の白い首筋に口を寄せた。

その光景はまるで、愛しい女に口付けしようとするかのように、驚くほどの優しい動作であった。

赤い唇から、きらりと光る牙が覗いた。男はその自ら鋭い牙を女の肌に勢い欲突き立てる。

一瞬、少女の体がビクリと動いた。





味見を終え、男はその場を立ち去ろうとした。ふと、足元で何かを踏んだ感触を感じて、男は視線を向ける。そこには先ほど呪いをかけたジャックがいた。

自らが変えたジャックの頭を見て、男は満足げに笑った。


「ま、せいぜい頑張りなぁ」


ジャックに聞こえるはずも無い賛辞を送って、男は少女を連れて街の闇へと消えていった。


数時間後、目を覚ましたジャックが見たものは自身の変えられたカボチャ頭だった。


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