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王城の窓の外に見える木々は、最後の大舞台とばかりに赤々と色鮮やかに染まっていた。


バゼック王国が紅葉に染まる季節。それは一年で春に次いで華やぐ季節。そして、秋の収穫祭の始まりの合図でもあった。

王都ではすでに舞踏会や露店街などが連日開かれ、農民も町民、そして貴族達や王族までもが身分を気にせずに羽目を外して楽しむのだ。

しかも、今年は王が病から回復した特別な年でもあったため、より一層の盛り上がりをみせていた。


それは、王国の第15王女であるオリーブの寝室の窓にも、楽しげな城下の声が聞こえてくるほどであった。

常に病がちのせいか肌は一年中青白い。オリーブ色の美しい瞳と生まれつきの白に近い銀髪も相まってベッドの枕に背中を預けて腰かける彼女の姿はより一層儚く見えた。

そんな、外に出る事もままならないオリーブは、日々やる事といえば見舞いに来る客人と話したり、本を読んだり、窓から見える季節ごとの移ろいを眺め、微かに聞こえる城下の音に耳を側立てる事くらいであった。


そんなオリーブにとって、秋は一番好きな時期である。

窓を覗けば赤色、黄色にと、鮮やかに庭が色ずいていく。もちろん花々が咲き誇る春や夏も真っ白な雪が降りつもる冬も好きではあったが、秋のこの落ち着いた色合いと、祭りの歓声が聞こえるこの季節が一番心を落ち着かせた。


と、城下の声に耳を傾けていると反対側にある扉から控えめなノックの音が聞こえてきた。今は侍女達を下がらせているため、オリーブは自身で声をかけた。


「どなた?」

「オリーブお姉さま?起きていらっしゃる?」


ドア越しに聞こえてきたのは末の妹のジュエルの可愛らしい声だった。


「ええ、起きてるわ。どうぞ、入ってらっしゃい」


オリーブがそう言うと、少しの間を置いてから遠慮がちにドアがカチャリと開いた。薄く開いたその隙間から、ひょっこりと小さなジュエルが顔を出す。その姿を見た瞬間に、オリーブの顔は自然と綻んだ。

桃色のフリルの付いたドレスを着た金髪碧眼の少女はオリーブの顔を見るとニッコリと笑った。姉の目から見ても本当に可愛らしい妹。小脇に本を抱え少し重そうにしている様子もなんだか微笑ましかった。

部屋に入ると、枕元までやってきて椅子に腰掛けたジュエルは膝に重そうな本を置き顔を上げると、心配そうに大きな目をオリーブに向けてきた。


「オリーブお姉さま、体調はいかがですの?体を起こしてて大丈夫ですの?」

「ええ、大丈夫よジュエル。今日は天気もいいし。とても調子がいいの」

「まあ、それはよかったですわ」


少し安心したのか、ジュエルは花が綻んだように笑った。その顔を見て、オリーブもつられたように微笑む。

と、オリーブはいつもジュエルの後ろにいるはずの人物がいないことに気が付いた。


「あら?ガースはどうしたの?」


いつも、末の妹にくっついている護衛騎士の名を上げれば、ジュエルは何故か少し得意げな顔をした。


「ドアの外ですわ」

「外に?まあ、一緒に入ってこなかったの?」

「今までは一緒にいましたけど・・・・・・、でも考えましたの」


そう区切って、ジュエルは淑女のように大人びた顔をして言った。


「お姉さまとの時間は女同士の時間ですもの。男性は立ち入り禁止ですわ。だから、ガースに『一緒に入ったら今度からドレスを着てくださいましね?』って言ってやりましたの。そしたら、ガース。一瞬驚いた顔で固まってしまって、『外で待ちます』って」


最後はおかしそうに笑ったジュエルの顔を見て、オリーブは小さなしたり顔のジュエルに見上げられて固まるガースの姿を思い浮かべた。いつもの事だが、とても微笑ましい光景だ。


「あらあら、それは悪い事をしたわね」


そう言って、オリーブは思わず笑いがこぼれる。すると、ジュエルまで笑い出して、互いに顔を見合わせてくすくすと笑いあった。こうして、姉妹で会話をしながら笑いあう瞬間はとても好きなひと時だ。


オリーブには19人の姉妹と1人の兄がいた。皆、母は違えど大変仲が良い。その中でも一番この末の妹とは特に親しかった。というのも、現在城に残っている姉妹の中でも一番良くお見舞いに来てくれるのがこの末妹だからだ。


ジュエルの話はいつもとても魅力的であった。

城の事や、護衛騎士の話、侍女や女官から聞いた噂話など実に多彩で面白く、8歳という年の差ではあったが、年齢を感じさせないほどの大変聡い妹だ。

そんな妹は、今日は文字通り『お話』を携えてきたようであった。


「それはそうと、今日は収穫祭も近いので懐かしいお話を持ってきましたの」


そう言って、膝に乗せていた本をジュエルはオリーブに掲げて見せた。

その少し古びた本はオリーブもよく知る、バゼック王国では有名な絵本であった。


「その本は……、『カボチャ男と美しき踊り子』ね?」

「はい。懐かしいでしょう?」

「ええ、本当に。たしか、ジュエルにも読んであげてたわね」


この絵本は代々、姉から妹へと読み聞かせ受け継がれてきた代物である。ジュエルにはよくオリーブが寝物語として、読んでいたものだ。

その内容は基本は恋愛ものであるが、その反面、実に教訓めいたものであった。





『ある所に、人の物を盗む悪い男がおりました。

その男は毎日のように人々から大切な物を奪っては街を転々と旅をしていました。

ある日、ついに魔法使いのいる街にきた男は、なんと魔法使いの大切な物を盗んで隣街へと逃げてしまいました。


隣街では収穫祭が行われておりました。その街でも男は祭りにきた人々の物を盗んでいましたが、そんな時に、男はついに魔法使いに見つかってしまったのです。


「私の大切な物を奪ったな。ゆるさん!お前の頭なんか変えてやる!」


そう魔法使いが言った瞬間、男は魔法をかけられてしまいました。すると、男の頭は大きなオレンジ色のカボチャに変えられてしまったのです。

男は魔法使いに許しを請います。が、魔法使いはこう言いました。


「魔法を解きたければ、お前が罪を犯した分、人を助けるがいい」


そう言って、魔法使いは忽然と姿を消してしまいました。


魔法使いが消えると、男は街の人々に助けを求めにいきました。しかし、街の人々は男のかぼちゃ頭をみると皆が怖がって誰も助けてはくれませんでした。

けっきょく、男は街の人に追われて森へと逃げ隠れました。


数年の時が経ち、街では森にカボチャ男がいるという噂が立ち始めました。すると、その話を聞きつけた人買いがやってきてしまい、カボチャ男は捕まってしまうのです。


鎖につながれ捕まった男が連れていかれたのは、サーカス団でした。

そこには、鎖でつながれたサーカス団の人達が沢山おり、無理やり踊らされたり歌わされたり、うまくいかなかったら、団長から鞭で叩かれたりしていました。


カボチャ男はそこでも、他のサーカス団の人からも恐れられ、団長から何度も鞭で叩かれました。


その中で、唯一やさしくしてくれた踊り子がおりました。

その子は、一際美しい娘でした。

その娘は悪い人たちに捕まってここに連れて来られたと話しました。カボチャ男はその話を聞いて、彼女を助けてあげたくなりました。


カボチャ男は彼女を逃がすために必死に頑張って舞台に立つことにしました。

何度も鞭で打たれ、何度も怪我をしましたが、男は諦めずに頑張りました。それを見ていたサーカス団の人達もいつしか男を怖がらなくなりました。

そして、ついに男は舞台に立つ日がやってきたのです。

カボチャ男は踊り子に言いました。


『いいかい?僕が舞台に立ったら、客や団長の目を引き付ける。そのうちに皆とお逃げ』


踊り子は置いていけないと止めましたが、男は制止を振り切って舞台に立ちました。

カボチャ男が舞台に立つと客達は大喜びしました。それに、団長までもが目を奪われたのです。

その隙に、他のサーカス団員達と一緒に踊り子は逃げました。

しかし、かぼちゃ男を心配した踊り子は一緒に逃げたサーカス団員達がとめるのも聞かずに、助けに行くためサーカスに引き返しました。踊り子はかぼちゃ男を好きになっていたのです。


踊り子はサーカス団に戻って舞台を終えたばかりのカボチャ男を見つけました。

カボチャ男は驚いて、怒りました。


『どうして戻ってきたんだ!はやく、団長が戻ってくる前にお逃げ!』

『嫌です!私はあなたが好きです!一緒にいたいのです!だから、私と一緒に逃げましょう』


そう言って、踊り子はカボチャ男とともに団長が戻る前に逃げ出しました。

2人は手を取り合って、一晩中サーカスからの追っ手から走り続けて逃げました。そして、いつの間にか森へと逃げ込み、とうとう夜明けの時を迎えました。


気が着くと、湖へとたどり着いてました。

2人は見事、サーカス団から逃げ出したのです。

カボチャ男は踊り子の手を取って言いました。


「本当に僕と一緒でいいのかい?こんな、かぼちゃ頭の僕と?」


すると、踊り子はかぼちゃ男の顔を見て頷きました。


「私は貴方の顔を好きなのではないわ。かぼちゃ頭だってかまわない。だって、貴方の心と一緒にいたいの。それに、もう貴方はかぼちゃ頭ではないわ」


そう言って笑った踊り子の顔を見て、男は驚いて近くにあった湖に顔を映しました。

そこには、かぼちゃ頭ではなく、やさしそうな男の顔があったのです。』





絵本の内容は「悪い事をすると自分がより酷い目に遭い、その反対に人に良い行いをすれば自分にも良い事がある」という子供に教える話である。

よくバゼック王国の小さい子供には、悪い子でいると頭がカボチャになるというのが母親の躾の定番文句になるくらい有名な物語だ。


魔法をかけられたのが収穫祭の日であるため、収穫祭近くになるとよく読まれる話でもある。


「本当に懐かしいわね。その本、ジュエルが持ってたの?」


オリーブが聞くと、意外な事にジュエルは顔を横に振った。


「ずっと、城の図書館にありましたわ」

「あら、じゃあ、わざわざ持って来てくれたの?」


城の図書館はかなりの膨大な本が所蔵している。一冊の本を探すのにも司書を使って探すため、大人でも一苦労だ。わざわざ、オリーブの為に見つけて来てくれたのかと申し訳なさそうに聞けば、ジュエルはまたも首を横に振った。


「いいえ、ファミット様が城にいた時に見つけたのですわ」

「ファミット様……、ああ!北の森の魔女様ね」


オリーブは夏にいた魔女達の顔を思い出していた。

国王の病から発覚した、夏に起こった大事件。それを解決に導いたのは、伝説となっていた北の森の魔女達だ。そんな彼女達は国王の容態が良くなるまで、事件が終わった後もしばらく城に滞在していた。その時に、オリーブも彼女達に会っている。


オリーブは正直なところ、初め魔女と聞いた時は信じ難かった。しかも、会ってみれば1人は10年間行方知れずであった兄の婚約者であり、オリーブにとって幼馴染の女性だったのだから尚更だった。


しかし、もう一人。正真正銘の北の森の魔女であるファミットは伝承に残る通りの人であった。それに、何故かオリーブは彼女を見た瞬間に懐かしさを覚えた。

話をすれば常に楽しげに笑っているファミットの顔を思い出し、オリーブはクスリと笑った。


「楽しいお方だったわ。また、お会いしたいわね。でも、どうしてファミット様がその絵本を?」


ファミットと絵本との繋がりがあまり見えずにオリーブが首を傾げると、ジュエルは待ってましたとばかりに目を輝かせて身を乗り出した。


「それが、ファミット様に図書館をご案内していた時に、偶然この絵本を見つけられて、そこで面白い話を聞きましたの」

「面白いお話?」


オリーブがまたも首を傾げると、ジュエルはもったいぶったように声を潜めて言った。


「そうですの。なんと、この物語は実際にあったお話しらしいですの」

「実際って、事実って事?」


オリーブは戸惑いながらも問い返した。

あの絵本の話が事実など、なんとも信じ難い。だが、実際にファミットという本物の魔女に会っている為、あながち嘘とも言い切れないのだろうか。

どっちにしろ、ジュエルの顔には冗談を言っている様子は見られなかった。


「そうらしいですの。と言っても、絵本の通りではないらしいですけど……。ファミット様の話では、この物語に出てくる魔法使いとは古いお知り合いなんですって!それで、本当のお話を聞かせてもらったらしいのですわ」

「本当の話?」

「はい、それをファミット様から私、聞きましたの。それで、今日はオリーブお姉さまにも、そのお話をしようと思って持ってきましたのよ」


そう言って、ジュエルは本当の『かぼちゃ男と美しき踊り子』の絵本を開いた。


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