夢か幻か……答えは現実(リアル)
『胡蝶の夢』
私が夢の中で蝶となったのか、自分は実は蝶であって、いま夢を見て私となっているのか、いずれが本当か私にはわからない
これに影響されて書いた作品です。ただの言葉だしパクりとかじゃないよね? 少し不安です。
2、3話で終わる短い作品ですがよろしければ暇潰しにお読みください。
茹だるような暑さの中、タンクトップに半ズボンとお洒落の欠片すら見当たらない格好で俺はコンビニへと向かっていた。
「あちぃな」
住宅街の一本道、アスファルトが日光によって温められて下からも上からも俺の体力を奪いやがる。アイスが切れていたからといって買いに出るんじゃなかった。もうすぐで夕方だし大丈夫かと思ったのだが。まぁここまで来たらしこたま冷たい物を買って家でエアコンガンガンにつけて寛いでやる。俺はそう考えると自然に足が早まった。
「ちょ〜ちょ! ちょ〜ちょ!」
可愛いな、俺はその時純粋にそう思った。何せ目線の先には確か……揚羽蝶だったかな? その蝶2匹と戯れている満面笑顔な幼い女の子がいるんだから。
腰まである黒髪ロングの白ワンピースはやっぱり男の夢だな。断じてロリコンではない。
俺はにこやかな、いや爽やかな気分になりながら意気揚々と通り過ぎる。
はずだった。
「お兄ちゃん」
俺は一人っ子、現実は独りっ子。何せ田舎から仕事探しのためについ最近、正確には3ヶ月前に上京したばかりだ。妹等いない。欲しいけど。お母さん今からでも頑張って。上京したばかりゆえに友達は少ないし幼子と知り合う機会等皆無。
「視てる、ちょうちょは視てるよ」
本当に遊び盛りの子供か疑うほど感情の無い表情。さっきまでの笑顔は何処にいったんだ? 最近流行りの電波系か、ちょうちょは見てる等と訳のわからないことを言うしはっきり言えば気持ちが悪い、もしかしたらこの子の名前がちょうちょなのかもしれない。DOQネームというやつだ。
ん?
「蝶々のことかな?」
「うん!」
真相は自分が考えるより単純なのはこの世の真理。ちょうちょが蝶々なのはわかった。だがやはり意味が不明。汗が気になり、自分の額に手を当てると汗がびっしょりなのが文字通り手に取るようにわかった。そういえば俺の目的地はコンビニだ。幼女と戯れるためではない。
「ちょうちょは視てる、あなたを視てる、視てる」
「それは嬉しいな、じゃあお兄ちゃんはちょっと用事があるから、じゃあね」
ちょうちょを見てると言ってる時だけ無表情に目をジッと見てくることは、この子は感情の起伏が激しいということで自分を納得させる。それよりも俺は早急に火急に至急にアイスを買わねばならぬので適当に返事を返し、コンビニへと急いだ。
「ちょ〜ちょ! ちょ〜ちょ!」
後ろからまたもや蝶々と連呼する声が聞こえた。
こちらをジッと見ながら連呼していることに俺は気付かず、足早に去って行った。
「完璧だ」
コンビニにたどり着き、暑さによって火照った身体を冷ますために立ち読み、きりのいい所まで読んだらアイスを3本買う。家への帰り道に食べるガリガリ君、家に帰った時に食べる爽、そして風呂上がりに食べるガリガリ君リッチだ。
3種の神器を手に入れ、年が年ならスキップしたいほど浮かれていると目の前からトラックが見える。端にいるので当たる訳はないのだが……。
「危ないな……ふらふらしてるじゃねぇか」
傍目から見て蛇行してるとわかる。一本道で危ないのに、もしかして飲酒運転か?
「急にスピードが……!?」
クラクションが大音量で鳴り響く、トラックが急に突っ込んで来た。展開に身体が着いてこない。俺は逃げ出すことも声を出すことすら出来ず茫然と立ち尽くす。ただ、車が突っ込んでくる。まるで他人事のようにしか思っていなかった。「危ないな君!」
気が付くとトラックが目の前にある。動いていない。どうやら俺は助かったらしい。
危機回避出来た安堵から腰が抜けたのか、それとも運転手が心配だったのか、間違いなく前者だが俺はその場を動かなかった。トラックの中から頭をさすりながら30代そこそこのおっさんが出て来る。描写なんてしないさ、おっさんの詳細なんてどうでもいい。ただ明らかに怒っているとだけ伝えよう。
「危ないな君!」
俺の反応がなかったことに聴こえていないと判断したのか、先ほどの言葉を繰り返すおっさん、理不尽だ。俺は端に避けていたのに突っ込んで来たのはお前のほうだろ。怒りが込み上げて来る。
「そっちが突っ込んで来たのがいけないんじゃないですか! 俺は端に避け……」 俺はど真ん中に立っていた。
「え? 俺は端にいたはず」
「ふざけるな全く! やけにフラフラと歩いているなと思えば急に飛び出して来て」
俺は端にいたはず、だが実際には道路の真ん中に俺は立っている。一体どうなっているんだ。
「すみませんでした」
しかし、俺が悪いのはこの状況から明白。謝らなければなるまい。
「被害がなかったから警察とか呼ばないけど気を付けてくれ」
その後もぶつくさと文句を言われたが甘んじてそれを受ける。悪いのは俺だ。結局それだけで終わり、運転手のおっさんは行ってしまった。近くに飛んでいた揚羽蝶がやけに苛つき、コンビニの袋を見ればアイスには死亡のお知らせが届いていてさらに苛ついた。
アイスが無駄になり、命の危険には晒され、日光には長時間照らされるという散々な結果を残しトボトボと歩く。時刻は5時を過ぎ陽も暮れ……てはいない、これが夏至ってやつかこんちくしょう、倒れそうだ。
「まったく、今日はついてねぇや、こんなことなら飲み物もーー」
「ちょ〜ちょ! ちょ〜ちょ!」
あの子がいた。立ち読みしたり、事故(?)にあったりしたから1時間以上経っていることは確実だろう。はずなのにずっとそこにいたのか?
「お兄ちゃん」
話し掛ける前に話し掛けられる。よくこの蝶も逃げないな、赤紫と黒のコントラストが綺麗だ。よく見ればさっき飛んでいた蝶と同じ種類。
「ずっとここにいたのかい?」
「うん!」
ずっと、つまり社会人、まだ就職してないが社会人の俺がコンビニで涼んで来ても倒れそうなのにこの子と来たら、連邦のモビルスーツは化け物か!?
「さっさと帰りなさい、熱中症で倒れると大変だから」
まぁそんな冗談はさておき、この子を帰さないと精神衛生上悪い。見捨てた気がするからな。
「?」
「いいから帰りなさい、家はどこ?」
よくわかっていないのがわかった。近所なら送りくらいはしてやろう。
「お兄ちゃんのところ!」
おーけぃ、温厚と噂(自称)されるお兄さんでも乱暴になりそうだ。
「ふざけてないで……お前、汗かいてないな」
「?」
キツく言おうとしたがよく見るとこの子は汗をかいていない、発汗せねば体内の熱は溜まるばかりであり、日射病や熱中症やら脱水症状までカウントダウンだ。考えすぎかもしれないが家に帰りたくないから嘘をついている可能性もある。つまりはネグレクト。……仕方ないか。そう心に決めると俺は携帯を取り出す。
「もしもし、すみません今日風邪をひきまして、はい、バイトのほうはちょっと……ありがとうございます。それでは失礼します」
バイト先に連絡を入れて今日は休むことにする、これから考えてることを実行するために。
「はぁ、うち来るか?」
「うん!」
とりあえず水分を摂らせようと家へと連れ込む、言い方がなんか駄目だ。家へと招く。
「ただいま〜、って言っても誰もいないがな」
幸い、引っ越してからまだ3ヶ月なので十分に人を招ける綺麗さだ。物がないとも言う。部屋は1人で住む物とは思えない3LDK、憧れの結婚生活のために背水の陣を持って上京した訳だ。まずは相手探しからだけど。
「とりあえず麦茶飲んどけ、ポテチで塩分摂取だ。」
「ポテチポテチ!」
家へと招き入れ、座布団など洒落た物はないのでベッドに座らせる。
死亡しているガリガリ君シリーズと爽を冷凍庫に入れ、冷蔵庫と棚から麦茶とのりしお味を取り出す。少女は嬉々とした表情でポテチにパクついた。
「落ち着いて食えよ」
とりあえずと安心して一息つく。色々やること出来たなあ。家聞き出して、送って、必要とあらば家庭内に突っ込む。
「あっ、面倒くさいことに気付いた」
「お兄ちゃんは食べないの?」
細かいのりを口に付けながらクエスチョンマークを出している少女。まぁ仕方ないな。頭を撫でると綻ぶ姿は見ていて微笑ましかった。
「家はどこかな?」
「ここ!」
先は長そうだ。
「そういえば名前は何ていうんだ?」
「ちょうちょ!」
「ちょうちょってそれはーー」
鳴り響くチャイム音、何ともタイミングの悪い新聞勧誘だ。それとも宗教か? いきなり怒鳴ってやろうと誰か確認もせずドアを乱暴に開ける。
「新聞に払う金があるなら食費に当てるわ! そして神は死んだ!」
「やふ〜、先輩」
「……由美?」
茶髪ショートの典型的な体育会系、若干焼けた肌が快活さをさらに際だたせていた。顔も可愛いのだが何故か彼氏がいないバイトの後輩が、何故かネギの突き出ているスーパーの袋を持ってやって来た。目的はわかる、が、今招くのは色々と面倒だ。バイト先に少女誘拐やロリコンと噂されてしまう。今しでかした黒歴史は忘れてドアを素早く閉めるが由美が足を挟み、完全には閉められない。チェーンを掛ければ良かった。
「風邪って聞いて来ちゃいました、その様子だと仮病ですね? 偶然にもこの携帯、店長にボタン1つで掛けられるんですけど」
「うっ、店長には黙っといてくれよ」
今クビになったら今後の生活が成り立たない。まず家賃が高いからね! 引っ越そうかな。
「食材買っちゃったんですよね〜、1人じゃ食べられないなぁ? 料理には自信あるんだけどなぁ?」
料理出来ますよアピールをしているが俺にとって手に持っている携帯のほうが気になる。
「……どうぞ中にお入り下さい」
「足りない」
「由美さんの手料理が食べたいので中へどうぞお入り下さい!」
結局、脅迫に負けた俺は由美を家に上げた。上げてしまった。数秒後、由美が驚きによって呆然と立ちつくしたことは言うまでもない。嘘ついても仕方ないな。
「か〜わ〜いい!」
先輩の言うことですからと意外にもすんなりと受け入れてくれた。少女をまるでぬいぐるみように抱き抱えている。
「でもそれだと一度警察に行ったほうが良くないですか?」
確かにそうかもしれない。名前から住所がわかると思うし、何故俺は思い付かなかっただろうか。
「けいさつわからない、みえない、ちょうちょわからない、みえない」
「ん? どうしたのかな?」
「俺もわからねぇよ、時々こういう喋り方するんだよな」
女の子は何度も繰り返す。まるで壊れたスピーカーのようだ。
「ちょうちょは視る、ちょうちょはみえない」
「今日は止めようよ、多分恐がってるんだよ」
由美はさらに強く抱きしめるが一向に止む気配がない。
「……そうだな、今日は止めるか」
「うん!」
先ほどの状態が嘘のように笑顔になる。やっぱり警察が嫌だったのか。
「じゃあお姉ちゃんとお風呂入ろっか」
「お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんは卵買いに行くから駄目なの」
何で卵? と言おうと思ったがこんな幼い頃から男女の倫理観なんてわかる訳ないか。決して何で一緒に入れないんだよという意味ではないよ。
「痕の確認しとくね」
耳元で由美が囁く。もし虐待などであれば『痕』があるはず。一緒に風呂に入れないことも考えると由美を招き入れたのは結果的に正解だったな。
「んじゃ、さっさと卵買いにいきますかね」
「たまご〜!」
そのまま部屋を後にした。さて、風呂が終わる時間わからないしゆっくり行きますか。ラッキースケベは死亡フラグだからな。
「ただいま〜っと」
「お帰りなさい」
「おかえり〜!」
お帰りと言われることにいたく感動する。ぶらぶらとしていたらいつの間にか1時間以上卵を買うのに掛かったが由美達は気にしてない様子。
「おそいぞ〜!」
「遅いぞ〜!」
リビングに入ると女の子が抱きつき、何故か由美までもが抱き付いて来る。
「離れろ由美」
「私だけ!?」
こういうのも悪くないな。既に夕飯の準備は出来たようでご飯やおかずがテーブルに並べられる。
「今日は鍋です!」
「何故夏のこの季節に鍋を選ぶ」
「なべだ!」
テーブルの上にはグツグツと煮立つ鍋がある。野菜は既に投入されていて、メインであろう肉は生のまま皿に置かれている。
「元々は風邪を引いた先輩のためでしたからね、熱さによる発汗とネギ等の野菜によるーー」
「わかったわかった、俺が悪かったから」
「なべだ!」
押し切られた俺はせっせとお肉を鍋に投入する。せめてこれくらいはしないとな。
「お肉は先輩から食べて下さい」
「何で?」
「家で一番偉いのは男、頑張って下ごしらえしたし、だから一番に食べて欲しいの」
そんな態度というか上目遣いは卑怯というか反則というか兵器というか、とにかく逆らえません。二人にじろじろと見られているが、気にせず1つ食べてみる、妙に筋があり少し……甘酸っぱい?
「……美味しいな」
安いお肉っぽいし甘酸っぱいが鍋とはけっこう合った。
「こんにゃく!」
「あ! そういえば聞いてよ、先輩が出てる間にお隣さんが来てさ、うるさいよって怒られちゃった。ちょっとバタバタしただけなのにムカつく」
隣人の女は神経質で俺もちょくちょく怒られている。どうやら由美もその被害にあったようだな。前からウザイと思っているんだが。
「こんにゃく!」
「はいはい、こんにゃくね」
こいつはこんにゃくが好きなのか。
ただいまと言ったらお帰りと帰って来て、みんなでご飯を囲んでワイワイと食べる。結婚生活とはこうありたいものだ。
「あの子眠ったよ」
「ありがとう、アイスあるぞ」
「わ〜い」
寝室の扉を閉めると冷凍庫へ向かい、爽を持ってくる。リビングのソファーに座っている俺の横に座った。
「お風呂で痕はなかったよ」
「そうか、よかったな、少なくとも肉体的な虐待はないってことか」
安心は出来ないが一先ずってところだな。
「明日警察だよね、やっぱり」
心無しか、由美が寂しい表情をする。
「まぁな、親御さんに帰さないといけないし」
「……」
「……」
沈黙が辛い、お互いに分かっているのだ、元の親に返さなきゃいけないことも。
「楽しかったな」
「……まぁな」
今日が楽しかったことも。名残惜しいほどに。由美の横顔が憂いを帯びている。それがとても魅力的に映る。
「今日は泊まってけよ」
「気付いてますよね、先輩」
俺は鈍感ではない、由美の好意には気付いている。好きという感情がなければ家に押し掛けて料理作ったり抱き付いて来たりはしないだろう。
「好きですよ、その掴み所のない飄々とした姿、見知らぬ女の子に優しくする姿、迷惑にも押し掛けて来た後輩を受け入れてくれる姿、全部……好き」
「由美ーー」
「今日は帰ります」
答えなんか出せていない、自分ですら何を言おうとしていたかわからなかったので遮られて良かったかもしれない。
由美は直ぐ様立ち上がり玄関へと向かう。
「明日も来ますからね」
俺はそれを止めることは出来なかった。