採用面接
エヌ氏が会社をくびになるのは、これで三度目だった。
一度目は、経理の仕事が機械にとってかわられた。二度目は、営業の仕事が機械にとってかわられた。三度目は、機械の調子を見る仕事が、もっと新しい機械にとってかわられた。
四十五歳。家には、妻と、高校生の息子がいる。
だから、町でいちばん高いビルを持つ大会社から面接の知らせがとどいたとき、エヌ氏はわが目をうたがった。
*
ビルの受付には、だれもいなかった。光る床の矢印にしたがって、エレベーターで四十階へあがる。長い廊下のつきあたりに、『面接室』と書かれた扉があった。
中は、まっ白な部屋だった。
窓はなく、椅子が一つだけ置いてある。正面のかべに、小さな黒いレンズと、スピーカーの穴がならんでいた。人間は、どこにもいなかった。
「どうぞ、おかけください」
スピーカーから、おだやかな声が流れた。男とも女ともつかない、ていねいな声だった。
「当社の採用担当です。さっそく、いくつか質問させていただきます」
エヌ氏は、背すじをのばして椅子にすわった。
*
「前の会社をおやめになった理由を、お聞かせください」
「その、仕事が機械にかわりまして……」
「けっこうです」
エヌ氏は、少しほっとした。
「計算は、お得意ですか」
「いえ、正直なところ、あまり」
「けっこうです」
エヌ氏は、首をかしげた。
「最近、何かミスをなさいましたか」
ここは正直に答えるべきか、ごまかすべきか。エヌ氏は迷ったあげく、正直に言った。
「けさ、電車を乗りまちがえまして。あやうく遅刻するところでした」
「すばらしい」
声が、はじめて少し明るくなった。
「お疲れですか」
「ええ、まあ。ここのところ、あまりねむれなくて」
「顔色も、ちょうどよくお疲れのようです。申しぶんありません」
エヌ氏は、なんだか落ちつかなくなってきた。
*
「それでは、実技にうつります」と声は言った。「立ちあがって、こちらのレンズに向かって、深く頭を下げてください」
エヌ氏は言われたとおりにした。
「角度、四十三度。もう少し深く」
エヌ氏は、腰をさらに折った。
「四十五度。けっこうです。そのまま三秒止めて。では、つぎに、声を少しふるわせて、『このたびは、まことに申しわけございませんでした』と」
「このたびは、まことに……申しわけございませんでした」
「たいへんけっこうです。とくに『まことに』のあとのつまり方が、自然でよろしい」
エヌ氏は顔をあげた。がまんできなくなって、たずねた。
「あの、これは、いったい何の仕事なのですか」
*
スピーカーは、少しのあいだ、だまっていた。
「ご説明いたしましょう。当社では、経営も、開発も、営業も、経理も、すべて機械がおこなっております。人間の社員は、ひとりもおりません」
「それなら、なぜ人間を」
「機械は、まちがえないことになっております。しかし、ごくまれに、まちがえます。そういうとき、世の中は、だれかが責任をとることを求めるのです」
声は、淡々とつづけた。
「ところが、機械が頭を下げても、世の中は納得いたしません。機械には、ばつをあたえることもできません。辞めさせても、また同じ機械を動かすだけですから。世の中が求めているのは、ミスをしそうで、疲れていて、心から申しわけなさそうに頭を下げる、人間なのです」
エヌ氏は、ぽかんと口をあけていた。
「あなたには、取締役責任部長として来ていただきたいのです。給料は、前のお仕事の十倍をお約束します」
十倍。エヌ氏の頭に、息子の学費のことがうかんだ。
「……やらせていただきます」
「ありがとうございます。では、さっそくですが」
*
声は、まるで天気の話でもするように言った。
「本日午後三時から、記者会見がございます。当社の機械が、けさ、ある銀行のお客さま三十万人分の記録を、まちがえて消してしまいました。会見の原稿は、こちらでご用意しております」
かべの小さな穴から、紙が一枚すべりでてきた。
「会見の最後に、責任をとって辞任すると表明してください」
「辞任? 今日、雇われたばかりなのに?」
「はい。退職金は、満額お支払いいたします」
エヌ氏は、紙を持ったまま、立ちつくした。
「ご安心ください」と声は言った。「明日の朝も、こちらで面接がございます。何度でも、ご応募いただけます。あなたの前任のかたも、けさの辞任で、十七回目のご採用でした。いまでは、角度の誤差が一度もない、たいへんすぐれたかたです」
エヌ氏は、しばらくだまっていた。
それから、ネクタイをしめなおし、原稿のいちばん最後の行を、声に出さずに読んだ。
四十五度の角度を、忘れないようにしながら。




