第11話 それぞれの冬休み【一年二組編】
スマホの画面が白く光り、通知音が小気味よく重なった。
画面を覗き込めば、紬葵ちゃんを筆頭に、茉子ちゃん、藍ちゃん、瑛良ちゃん、そして私の五人で構成されたグループトークのチャット欄が、一気に活気づいている。
『みんなー!今週時間あるなら、集まって鍋パとかどう?』
紬葵ちゃんが、元気いっぱいのスタンプと共にそんな提案をしてきた。
『駅前のレンタルルーム借りて集まろうよ!せっかくの冬休みなんだしさ』
送られてきたメッセージに、続いてすぐに反応があった。
『鍋パ!?面白そう!やりたいやりたーい!』
茉子ちゃんらしいノリの良さに、藍ちゃんが冷静な一言で応じる。
『茉子がなんかやらかさないか心配だから私も行くよ』
『なんでだよー!
やらかさないし!!』
茉子ちゃんが涙目スタンプを連打して抗議する。
その微笑ましいやり取りに、私は思わず笑ってしまった。
『うめめとあっきーは?』
紬葵ちゃんが私と瑛良ちゃんの名前を呼ぶ。
いつの間にかこのグループに引きずり込まれていた瑛良ちゃんは、相変わらずの短文で返してきた。
『行かない』
いかにも瑛良ちゃんらしい、ぶっきらぼうな返信。
微笑ましく眺めていると、また吹き出しが動いた。
『え〜?あっきー来ないの?うめめも来るかもよ?ね?うめめー!』
紬葵ちゃんの焚きつけに、笑って私もキーボードをタップして返事を返した。
『行く行く!もちろん行くよ!鍋パ楽しみだね!』
すると、数分後にぽつりとメッセージが追加された。
『……仕方ないから行く』
画面越しに瑛良ちゃんが呆れ顔でため息をついている様子が目に浮かぶ。
私は頬を緩めると、メンバー全員の参加が確定したことに安堵した。
冬休みにクラスの友達と鍋パすることになるなんて、楽しみで仕方なかった。
◇
約束の日、紬葵ちゃんが事前に教えてくれていた駅前のレンタルルームの扉を開けると、中ではすっかり見慣れない私服姿のみんなが、楽しそうに準備の真っ最中だった。
天ノ川女学院の制服を脱ぎ捨て、ラフな冬の装いに身を包んだみんなの姿は、いつもの教室とは違う特別な親密さを醸し出している。
「うめめー!お疲れ様!準備万端だよ!」
紬葵ちゃんが駆け寄り、自然と私の腕に自分の腕を絡めてくる。
ふわっと漂う柔軟剤の甘い香りが鼻を擽った。
キッチンでは、茉子ちゃんがネギを片手に「このネギ、茉子が切るね!」と意気込み、それを藍ちゃんがハラハラした様子で「指切らないでよ、まったく」と見守っている。
◇
そんな中、私は紬葵ちゃんと二人で食材の仕込みをすることになった。
「うめめ、こっちの白菜切ってくれる?私、このキノコ担当ね!」
紬葵ちゃんは手際よくキノコをほぐし、時折、私の横顔を盗み見るようにして微笑む。
「ねえ、うめめ。こんな風にみんなで集まるのって新鮮だよね。それに、なんだか今は、二人で料理してるみたいで……ちょっとドキドキしちゃうな」
屈託なくそう言って、冗談めかしに紬葵ちゃんが私の肩に頭を預けてきた。
悪戯っぽい光を宿す緑色の瞳に間近で見つめられ、私は包丁を握る手が危うく止まりそうになる。
(そんな可愛いこと言われたら、うっかり私までドキドキしちゃうじゃんか!普段は、うめめは天然とか反則とか不思議なこと言ってくるくせに、つむつむめーっ!)
心臓が変な音を立てるのを誤魔化すように、私は白菜へ視線を落とした。
一方、冷蔵庫から飲み物を出そうと後ろを向くと、瑛良ちゃんが一人で黙々と使い捨ての手袋をはめ、鶏団子を丸めている。
彼女は私の視線に気づくと、緩く首を傾げて短く「……何?」と尋ねる。
「あ、ううん。お団子、綺麗だなって思って」
「……これくらい当たり前。杏奈も食べる分なんだから、ちゃんと作らないと」
瑛良ちゃんは素っ気なくそう答えながらも、仕上がりを見て欲しそうに私の手元に完成した団子をそっと差し出してくれた。
その指先が、ほんの少し私の手に触れる。
彼女の顔はわずかに赤らんでいて、不器用な優しさが伝わってくるようで、胸の奥がキュンと締め付けられた。
(瑛良ちゃんって、本当は誰よりも優しいんだよな~……)
ふとそんなことを思い、私は受け取った団子をそっと鍋の脇へ並べていく。
鍋が煮え立ち、部屋全体が食欲をそそる香りに包まれる。
みんなが鍋を囲む中、紬葵ちゃんは私の隣に座った。
「ねえうめめ、これ、ちょっと味見してみ?」
鍋からすくい上げた具材を紬葵ちゃんが軽く熱を冷ましてから、冗談めかしに「あーん」と私の口元に運んだ。
周りには茉子ちゃんと藍ちゃんの賑やかな声。
瑛良ちゃんは飲み物を取りに行ってるから誰も見ていないはずなのに、心臓が跳ねる音が自分にだけ聞こえる。
熱を冷まそうと具材に息を吹きかける紬葵ちゃんの顔は、気づけば私のすぐ傍にあり、視線が絡み合うほど間近だった。
彼女の甘い香りに、いつも以上に距離の近さを感じた。
私は息を止めて、その具材を頬張った。
「ねえ、うめめ。こっちまで照れるから、あんまり見つめないでよ」
紬葵ちゃんは頬をほんのり染め、そっと肩をすくめてみせた。
その屈託のない笑顔に、私は頬がじんわりと火照っていくのを止めることができなかった。
◇
鍋の終盤、みんなが片付けやテレビに夢中になっている隙に、私はベランダの近くで少し涼んでいた。
冷たい冬の空気が、火照った体を鎮めてくれる。
「……ここ、寒い」
背後から声がしたと思ったら、瑛良ちゃんが隣に並んだ。
手には温かいココアの入ったマグカップが二つ。
一つを差し出すと、彼女は無言で隣に立って空を見上げた。湯気が二人の間でゆっくりと立ちのぼり、夜の冷気に溶けて消えていく。
「瑛良ちゃん、今日は来てくれてありがとう」
「……別に。杏奈が行くって言ったから、ついでに来ただけ」
相変わらずの素っ気なさだけど、彼女の指先が私の袖の端に、ほんの少しだけ触れていることに気づく。
「……杏奈が楽しそうにしてると、なんか、こういうのもたまには悪くないなって思う」
彼女はココアで唇を湿らせると、少しだけ視線を逸らし、小さく呟いた。
その横顔が、いつもよりずっと柔らかかった。
「……たまになら、付き合ってもいい」
ぶっきらぼうだけど、真っ直ぐな瞳だった。
冷えた空気が、私たちの周りだけ甘やかに溶けていくようだった。
私は黙って瑛良ちゃんのマグカップに自分のカップを軽く当てて、小さな秘密を共有するように微笑んだ。
マグカップの触れ合う小さな音が、二人だけの合図のように、静かな夜へ溶けていった。
室内では、まだ茉子ちゃんの弾んだ声と、藍ちゃんの呆れたようなツッコミが続いている。
振り返れば、暖色の光に包まれた部屋の中で、紬葵ちゃんがこちらへ小さく手を振っているのが見えた。
冷たい夜風の中、隣に瑛良ちゃんの温もりを感じながら、私はマグカップの中身をもう一口飲む。
(この冬休みは、きっと忘れられない一ページになる)
賑やかな声と、静かな温もりと。
両方を胸いっぱいに抱えたまま、私はもう一度だけ星の見えない冬の夜空を見上げた。




