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第09話「招かれざるは、王都からの調査団」

 僕たちの穣りの郷は、日ごとに活気を増していた。

 鍛冶職人が作った新しい農具のおかげで、畑の開墾はさらに効率が良くなった。仕立て屋が作る服は、郷の住人たちの暮らしを彩った。新たに大工や石工も加わり、僕たちの住居はより頑丈で立派なものになっていく。

 エール(ビール)に続いて、僕は森で採れた野生のブドウを使ったワインの醸造にも成功した。【万能発酵】スキルでじっくりと熟成させたワインは、芳醇な香りと深い味わいを持ち、皆に大変な好評を博した。

 夜な夜な開かれる宴会では、エルフたちの奏でる音楽に合わせ、人々が陽気に歌い踊る。食卓には、焼きたてのパン、チーズのような風味を持つ発酵豆腐、そして色とりどりの野菜を使った料理が並ぶ。

 誰もが、今日の食事に感謝し、明日の収穫に希望を抱いて暮らしていた。

 ここには、飢えも、争いもない。

 あるのは、穏やかな時間と、人々の笑顔だけだ。

 そんなある日の昼下がり。

 郷の見張りをしていた若者が、慌てた様子で僕の元へ駆け込んできた。

「カイ様! 大変です! 郷の入り口に、武装した一団が……!」

「武装した一団?」

 僕とリシアは顔を見合わせた。このあたりで、武装した集団など見たことがない。盗賊だろうか?

「様子を見てくる。リシアはみんなを避難させてくれ」

「いえ、私も行きます。カイ様をお一人にはできません」

 リシアの固い決意に、僕はうなずいた。二人で郷の入り口へと向かうと、そこには十数人の男たちが馬を連ねて立っていた。

 彼らの鎧には、見覚えのある紋章が刻まれている。王家に仕える騎士団の紋章だ。

『なぜ、王国の騎士団がこんな辺境に?』

 僕が警戒しながら近づくと、一団の中から、リーダーらしき壮年の騎士が前に進み出た。彼は僕の姿を値踏みするように見ると、尊大な口調で言った。

「我らは、王の命により派遣された調査団である。この地の責任者は貴様か?」

「……そうだ。僕がカイ・マクガバン。この穣りの郷の代表だ。王国騎士団が、このような場所に何の用だ?」

 僕が名乗ると、騎士の顔に驚きの色が浮かんだ。

「マクガバン……? まさか、あのマクガバン男爵家の……?」

「今はもう関係ない。僕は、この土地の人間だ」

 僕の毅然とした態度に、騎士は一瞬たじろいだが、すぐに威厳を取り繕うように咳払いをした。

「ふん。まあよい。カイ・マクガバンとやら、我らにこの地を案内してもらおう。噂の真偽を、この目で確かめねばならん」

 有無を言わさぬ、命令口調だった。僕はカチンときたが、ここで事を荒立てるのは得策ではない。郷の皆に不安を与えるわけにはいかない。

「……分かった。ついてくるといい」

 僕は調査団を郷の中へと案内した。

 彼らは、郷に足を踏み入れた瞬間から、言葉を失っていた。

 どこまでも広がる、青々とした畑。たわわに実った、色鮮やかな野菜や穀物。家畜の小屋からは、健康そうな牛や鶏の鳴き声が聞こえる。そして何より、すれ違う住人たちの、誰もが血色が良く、幸福そうな表情をしていること。

 それは、彼らが王都で見てきた、飢えと絶望に満ちた光景とは、あまりにもかけ離れていた。

「ば、馬鹿な……本当に、噂は真実だったというのか……」

「この作物の量……信じられん。灰枯病の影響は、まるでないというのか」

 騎士たちが、呆然とつぶやく。

 僕は彼らを、郷で一番大きな食料貯蔵庫へと案内した。扉を開けると、そこには天井までうず高く積まれた小麦の袋、ジャガイモやカブの山、そして僕が作った味噌や醤油、ワインが詰められた樽が、所狭しと並んでいた。

 その圧倒的な物量を前に、調査団は完全に沈黙した。

「ど、どうなっているのだ、これは……」

 リーダーの騎士が、絞り出すような声で尋ねる。

「どう、とは? 畑で採れたものを、蓄えているだけだが」

 僕は、さも当たり前のように答えた。

「なぜ、この土地だけがこれほどの豊かさを保っていられる! 灰枯病はどうしたのだ!」

 騎士が、半ばパニックのように叫ぶ。

「灰枯病? ああ、そんな病気が流行っているのか。知らなかったな。この土地の作物は、病気にはならないから」

 僕の言葉は、火に油を注いだようだった。

「ありえん! 何か、特別な秘密があるはずだ! それを教えろ!」

 騎士が僕の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。

 その瞬間、彼の腕を、細くしなやかな手が掴んで止めた。リシアだった。

「カイ様に、乱暴な真似は許しません」

 彼女の翠色の瞳が、冷たい光を宿して騎士を睨みつける。その気迫に、屈強な騎士が思わず後ずさった。

「……失礼した」

 騎士はバツが悪そうに手を下ろすと、僕を睨みつけた。

「カイ・マクガバン。貴様の存在と、この地の現状は、国王陛下に報告させていただく。覚悟しておくがいい」

 そう言い捨てると、調査団は慌ただしく馬に乗り、王都の方角へと去っていった。

 彼らが去った後、郷には重苦しい空気が残った。

「カイ様、大丈夫でしたか?」

 リシアが心配そうに僕の顔を覗き込む。

「ああ、平気だよ。でも……面倒なことになりそうだ」

 僕は、彼らが去っていった空を見つめながらつぶやいた。

 僕の存在が、王国に知られてしまった。

 そして、この穣りの郷が持つ、圧倒的な豊かさも。

 飢えに苦しむ彼らが、この土地を、僕の力を、黙って見過ごすはずがない。

 僕が望んだ穏やかなスローライフは、終わりを告げようとしていた。外の世界の欲望が、僕たちの楽園を飲み込もうと、大きく口を開けて迫ってきていた。

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