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第02話「発酵スキルで、ふかふかの土を作ります」

 嘆きの荒野での生活が始まった。まずは拠点となる場所の確保だ。幸いなことに、少し歩き回ると風をしのげる手頃な岩壁のくぼみを見つけることができた。当面はここを寝床にしよう。

 さて、次はいよいよ、この荒れ果てた大地を生き返らせる作業だ。僕は追放されるときに持たされた粗末な袋から、シャベルとクワを取り出した。こんなものを持たせてくれたのは、最後の情けか、それとも嫌がらせか。まあ、どちらでもいい。今は非常に役立つ。

「さて、と。まずは材料集めだな」

 僕はクワを肩に担ぎ、あたりを散策し始めた。目的は、堆肥の材料となる有機物だ。

 見渡す限りの荒野だが、よく見れば枯れ草はいたるところに生えている。僕はそれを手当たり次第に集め、岩壁の前に積み上げていく。それから、周辺に生息しているらしい小動物や魔物のフン。これも貴重な窒素源だ。見つけるたびに、ありがたく頂戴する。

 半日ほど歩き回り、かなりの量の枯れ草とフンが集まった。小高い丘のようになったそれを前に、僕は満足げにうなずく。

『通常なら、これを何度も切り返して、空気を送り込み、微生物が活動しやすい環境を整えて……完成まで数ヶ月はかかるんだよな』

 でも、僕には【万能発酵】がある。

 僕は堆肥の山にそっと手をかざした。そして、スキルを発動させる。

「――【万能発酵】」

 僕の意識が、枯れ草やフンの中に存在する無数の微生物へと伸びていく。好気性菌、嫌気性菌、糸状菌、放線菌……。様々な菌たちの存在を、僕は肌で感じることができた。

『まずは、分解が得意な菌たち、仕事の時間だ!』

 僕が心の中で命じると、手のひらから淡い緑色の光が放たれ、堆肥の山へと吸い込まれていった。

 途端に、奇跡のような光景が目の前で繰り広げられる。

 堆肥の山が、もこもこと内側から動き始めたのだ。まるで生きているかのように脈動し、湯気のようなものが立ち上る。これは、微生物たちが一斉に活動を開始し、有機物を分解する際に発生する発酵熱だ。通常ならゆっくりと進むこのプロセスが、僕のスキルによって数千、数万倍に加速されている。

 枯れ草の硬い繊維がみるみるうちにほぐれ、フンの塊が崩れていく。様々な菌たちがそれぞれの役割を果たし、複雑に絡み合いながら、有機物をより単純な物質へと分解していく。その様子が、僕には手に取るように分かった。

「すごい……まさに生命の営みそのものだ」

 前世では顕微鏡を覗きながら想像するしかなかったミクロの世界が、今、僕の力でダイナミックに動いている。感動で、少しだけ目頭が熱くなった。

 ものの数時間も経っただろうか。堆肥の山の動きが止まり、立ち上っていた湯気も消えた。目の前には、さっきまでのガサガサした枯れ草の山とは似ても似つかない、黒々として、いかにも栄養満点といった感じの土の塊が出来上がっていた。

 僕はためらうことなくその中に手を入れる。ほんのりと温かく、ふかふかとした感触。鼻を近づけると、森の土のような、豊かで芳しい香りがした。未熟な堆肥にありがちなアンモニア臭は一切しない。完璧な、極上の完熟堆肥だ。

「大成功だ!」

 僕は思わずガッツポーズをした。これさえあれば、土壌改良はうまくいったも同然だ。

 僕は早速、拠点近くの地面をクワで耕し始めた。しかし、地面は石ころだらけで、クワの刃が通らない。ガキン、ガキンと硬い音が響くだけだ。

「やっぱり、一筋縄ではいかないか。でも、こういう時こそ君たちの出番だ」

 僕はニヤリと笑うと、再びスキルに意識を集中した。今度のターゲットは、土の中にいる微生物だ。

『岩を分解する力を持つ菌、地衣類や一部の細菌たちよ、目覚めろ!』

 僕は完成したばかりの堆肥を、石ころだらけの地面に薄くまいた。そして、その上から【万能発酵】を発動する。

 すると、堆肥に含まれていた微生物たちが、まるで水を得た魚のように活性化し、周囲の土へと広がっていく。彼らは岩の表面に取り付き、酸を分泌して少しずつその表面を溶かし始めた。気の遠くなるような時間をかけて行われる風化作用が、僕のスキルの前では一瞬の出来事となる。

 ゴツゴツとした岩が、まるで砂の城のようにほろほろと崩れていく。分解された岩のミネラルは、堆肥の有機物と結びつき、土の栄養となる。さらに、微生物たちが出す粘液が土の粒子をつなぎ合わせ、水や空気を保持しやすい「団粒構造」を形成していく。

 地面の色が、乾いた茶色から、しっとりとした黒へと変わっていくのが目に見えて分かった。

「よし……!」

 僕はもう一度クワを振り下ろす。今度は、さっきまでの硬い感触が嘘のように、サクッと刃が深く突き刺さった。

 わずか一日。誰もが見捨てた嘆きの荒野に、生命を育むことのできる小さな畑が誕生した瞬間だった。

 喉がカラカラに乾いていることに気づき、僕は近くの岩陰から染み出しているわずかな湧き水へと向かった。これが、このあたりで唯一の水源らしい。

 ごくごくと水を飲むと、少し鉄臭い味がした。まあ、飲めないことはない。

『この水も、もっと良くできるはずだ』

 僕は水筒に水を汲むと、再びスキルを発動した。今度は、水の中にいる微生物に働きかける。光合成細菌や酵母菌といった、有用な菌だけを選んで増殖させるイメージだ。

 すると、水筒の中の水がわずかに発光し、鉄臭さが消えてまろやかな味に変化した。

「うん、これならいける」

 僕は改良した水を、出来上がったばかりの畑に丁寧にまいた。これで、土の中の微生物たちはさらに元気になるだろう。

 夕日が荒野を茜色に染め始めていた。一日中働きづめだったが、不思議と疲れは感じない。むしろ、充実感で満たされていた。

 僕は自分の手で作り出した、黒々とした土をそっと握りしめる。

 ここから、すべてが始まる。

 前世では叶えられなかった、自分だけの理想の農園。そして、最高の食材作り。

 胸の高鳴りを抑えながら、僕は持ってきた荷物の中から、大切に包んでおいた小さな布袋を取り出した。中には、前世の知識を元に、この世界でなんとか手に入れた数種類の作物の種が入っている。

「さて、記念すべき最初の作物は、何にしようかな」

 僕の独り言は、心地よい風に乗って、生まれ変わった大地へと吸い込まれていった。

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