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エピローグ「穣りの郷の収穫祭」

 ファーメント公国が建国されてから、五年が過ぎた。

 かつて「嘆きの荒野」と呼ばれた不毛の地は、今や大陸でも有数の穀倉地帯として、その名を轟かせている。僕の【万能発酵】スキルと、エルフたちの精霊魔法、そして何より、この国に住むみんなの努力の賜物だ。

 今日は、年に一度の収穫祭。国中が、一年で最も活気づく日だ。

 中央広場には、巨大なテーブルがいくつも並べられ、その上には、これでもかというほどの料理が所狭しと並べられている。

 山のように積まれた、焼きたてのパン。大きな樽から直接注がれる、黄金色のエールと深紅のワイン。大鍋でぐつぐつと煮込まれた、野菜たっぷりのシチュー。そして、今年の新作、醤油ベースの甘辛いタレで香ばしく焼き上げた、巨大な猪の丸焼き。

 広場の中央では、楽団が陽気な音楽を奏で、老いも若きも、人間もエルフも、手を取り合って楽しそうに踊っている。

 子供たちの笑い声と、大人たちの歓声。美味しそうな匂いと、陽気な音楽。

 すべてが混じり合って、幸福な喧騒を生み出していた。

「カイ様! こちらの席へ!」

 僕を呼ぶ声に振り向くと、リシアが笑顔で手招きをしていた。彼女は、今や僕の公妃として、そして公私にわたる最高のパートナーとして、いつも僕の隣で支えてくれている。

「やあ、待たせたね」

 僕が席に着くと、リシアがエールの満たされたジョッキを渡してくれた。

「お疲れ様です、あなた」

「君もね。準備、大変だっただろう」

 僕たちが微笑み合っていると、テーブルの向かい側から、鍛冶屋の親父さんが顔を赤くして話しかけてきた。

「公王様! 今年のワインも最高ですぜ! こんな美味い酒が飲めるのも、全部、公王様のおかげだ!」

「はは、僕だけの力じゃないさ。みんなが頑張って、最高のブドウを育ててくれたからだよ」

 僕がそう言うと、周りにいた農夫たちも、照れくさそうに、でも誇らしげに笑った。

 この国には、僕を「公王様」と呼ぶ者もいれば、昔からの癖で「カイさん」と呼ぶ者もいる。僕は、そのどちらの呼び方も好きだった。

 僕たちは、君主と国民である前に、共にこの国を築き上げた仲間なのだ。

 宴もたけなわになった頃。僕は、リシアと一緒に少しだけ広場の喧騒を離れ、あの始まりの丘へとやってきた。

 ここから見下ろす僕たちの国は、家々の窓から漏れる明かりが、まるで地上に降り注いだ星々のようにきらめいて、幻想的なまでに美しかった。

「……綺麗だね」

「はい。本当に」

 リシアが、僕の肩にそっと寄り添う。彼女の銀色の髪が、月明かりを浴びて優しく輝いていた。

「五年前、僕が一人でここに来た時は、こんな未来が待っているなんて、想像もできなかったな」

 見渡す限りの荒野。孤独と、無限の可能性だけがあった、あの日。

「あなたが、この大地に命を与えてくださったのです。そして、私たちに、生きる希望をくださいました」

「僕の方こそ、みんなに居場所をもらえた。一人じゃ、ただの菌オタクで終わってたさ」

 僕たちは、顔を見合わせてくすりと笑った。

 前世では、仕事に追われ、誰かと心を通わせることもなく、一人で死んだ。

 でも、今は違う。

 僕には、愛する妻がいる。信頼できる仲間たちがいる。そして、守るべき国民がいる。

 僕の【万能発酵】スキルは、物を腐らせるだけの外れスキルなんかじゃなかった。大地を蘇らせ、人々の腹を満たし、そして笑顔を生み出す、最高のスキルだったんだ。

 遠くの広場から、人々の楽しそうな歌声が風に乗って聞こえてくる。

 僕は、隣にいるリシアの肩を、そっと抱き寄せた。

「これからも、この国を、世界一、美味しくて幸せな国にしていこう」

「はい、あなた」

 リシアが、こくりとうなずく。

 僕の異世界でのスローライフは、これからも続いていく。

 美味しい料理と、最高の仲間たちと共に。

 食卓から始まる国作り。それも、悪くないだろう?

 僕は夜空に浮かぶ月に向かって、そっと乾杯した。

 この幸福な日々に、感謝を込めて。

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