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番外編「リシアの、甘い一日」

 カイ様と出会ってから、私の世界は色鮮やかに変わりました。

 森が病に蝕まれ、仲間たちと共に死を待つだけだったあの日々。絶望の闇の中にいた私を救い出してくださったのが、カイ様でした。

 初めてカイ様が作ってくださったスープの温かさを、私は生涯忘れることはないでしょう。それは、ただお腹を満たすだけのものではありませんでした。冷え切っていた私の心まで、じんわりと温めてくれる、魔法のような味がしたのです。

 それからというもの、私はカイ様の作るお料理の虜になってしまいました。

 ふわふわで、噛むと小麦の甘い香りがするパン。お野菜のうま味が溶け込んだ、滋味深い味噌のスープ。お芋の甘さを引き立てる、黒くて香ばしい醤油のソース。

 カイ様の手にかかれば、どんな食材も、食べたことのないような素晴らしいごちそうに変わってしまうのです。

 今日、カイ様は朝から何やら工房にこもって、ごそごそと作業をされていました。

「リシア、今日は特別なおやつを作ってあげるから、楽しみにしてて」

 そう言って、子供のように目を輝かせるカイ様を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまいます。

 私は、仲間たちと一緒に畑仕事をして、カイ様が戻られるのを待っていました。私たちの郷は、今日も活気に満ちています。子供たちの笑い声、鍛冶屋さんが鉄を打つ音、そして畑を吹き抜ける心地よい風の音。

 この平和な日常のすべてが、カイ様が与えてくださったものなのだと思うと、胸がいっぱいになります。

 昼下がり。カイ様が、大きな木の盆を抱えて工房から出てこられました。

「みんな、おやつの時間だよー!」

 カイ様の呼び声に、畑仕事をしていた私たちや、遊んでいた子供たちが、わらわらと集まってきます。

 お盆の上に乗っていたのは、見たこともないお菓子でした。

 丸くて、少し平べったい形をしていて、表面にはこんがりと焼き色がついています。そして、何より、今まで嗅いだことのないような、甘くて、香ばしくて、うっとりするような匂いがするのです。

「これは、『クッキー』っていうんだ。小麦粉と、卵と、それから牛から分けてもらった乳を煮詰めて作ったバターっていう油脂、あとは砂糖を混ぜて焼いたお菓子だよ」

 カイ様は、そう説明しながら、クッキーを一人一人に配ってくださいました。

 私も、一枚いただきます。ほんのりと温かいクッキーを、おそるおそる口に運びました。

 サクッ。

 小気味よい音がした瞬間、私の口の中に、信じられないほどの甘さと、バターの豊かな風味が、ふわあっと広がりました。

「……! おいしい……!」

 思わず、声が漏れてしまいました。

 サクッサクッとした軽い食感と、噛むほどに広がる優しい甘さ。今まで食べたどんなお菓子よりも、美味しくて、幸せな味がします。

 周りを見ると、他の皆も目を丸くして、夢中でクッキーを頬張っていました。

「カイ様、これ、どうしてこんなに甘くて美味しいのですか?」

 私が尋ねると、カイ様は得意げに笑って教えてくださいました。

「秘密は、生地を少しだけ発酵させていることと、焼く時の温度管理かな。それと、愛情をたっぷり込めたこと、かな?」

 最後は少し照れたように、そうおっしゃいました。

 カイ様は、いつもそうなのです。

 どんなに素晴らしいものを作っても、決して威張ったりせず、いつも穏やかに、楽しそうに、その秘密を教えてくださる。その優しいお人柄に、私はどうしようもなく惹かれてしまうのです。

 クッキーを食べ終えた後、子供たちがカイ様の周りに集まって、まとわりついています。カイ様も、満面の笑みで、子供たちの頭を優しく撫でてあげていました。

 その光景を眺めていると、私の心の中に、温かくて、少しだけ甘酸っぱい気持ちが広がっていきます。

 この気持ちは、きっと、美味しいクッキーを食べたからだけではありません。

 カイ様。

 あなたが、この地に豊穣をもたらしてくださったように、私の心にも、たくさんの温かいものを与えてくださいました。

 いつか、この感謝の気持ちを、きちんと言葉にして伝えられたらいいな、と思います。

 そして、願わくは、これからもずっと。

 あなたの作るお料理を、あなたの隣で、食べ続けていけますように。

 私はもう一枚、クッキーに手を伸ばしました。

 今日という甘い一日が、永遠に続けばいいのに、と願いながら。

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