第12話「ファーメント公国、建国」
国王との約束を果たし、僕は早速「灰枯病」の原因調査に取り掛かった。
王都の郊外にある、病にやられた畑を訪れる。そこは、まるで生命の色を失ったかのような、灰色の世界が広がっていた。作物はすべて枯れ果て、地面には白い粉のようなものがびっしりと付着している。
僕はその土を少し採取し、指先で感触を確かめた。そして、目を閉じ、意識を集中させる。
「――【万能発酵】」
僕のスキルは、ミクロの世界を感知することができる。土の中に存在する、無数の微生物たちの声を聞くのだ。
『……いた』
すぐに、原因は特定できた。
これは、特殊なカビの一種だ。非常に繁殖力が強く、植物の養分を吸い尽くして枯死させてしまう。さらに、このカビは、土壌に存在する他の有益な微生物まで殺してしまい、土そのものを死んだ状態にしてしまうのだ。
厄介なのは、このカビが非常に乾燥した環境を好むという点だ。今回の大干ばつが、このカビの爆発的な繁殖を後押ししたのだろう。
「原因は、強力な病原性を持つカビです。干ばつによって、土壌の微生物バランスが崩れ、このカビが異常繁殖したのが原因でしょう」
僕がそう説明すると、同行していた王宮の魔術師たちは驚きの表情を浮かべた。
「カビだと? そんなもので、これほどの被害が……?」
「はい。ですが、原因が分かれば対策は立てられます」
僕はニヤリと笑った。菌が相手なら、僕の独壇場だ。
僕は穣りの郷から持ってきた、僕の畑の土を少量取り出した。この土の中には、僕のスキルによって活性化された、多種多様で非常に強力な微生物たちが生きている。
『さあ、君たちの出番だ。あの厄介者を、食べ尽くしてしまえ』
僕は、郷の土に含まれる微生物の中から、特に例のカビに対して拮抗作用を持つ菌(トリコデルマ菌などに近い性質を持つ菌)を選び出し、【万能発酵】スキルで爆発的に増殖させる。
そして、その菌を培養した液体を、灰色の畑に散布していった。
すると、目に見える変化が起こり始めた。
畑を覆っていた白いカビが、まるで雪が解けるように、端から少しずつ消えていくのだ。僕が散布した対抗菌たちが、病原菌を捕食し、分解しているのである。
「お、おお……! 枯れた畑が……!」
魔術師たちが、信じられないものを見るように叫ぶ。
数時間後には、畑を覆っていた灰色のカビは完全に消え失せ、代わりに黒々とした土の色が戻っていた。まだ作物は育たないが、大地は確かに、生命力を取り戻し始めていた。
「これで、この畑もいずれまた、作物を育てられるようになります。王国中の畑に、この対抗菌を散布すれば、灰枯病は収束するでしょう」
僕の言葉に、魔術師たちはもはや尊敬の眼差しを向けていた。
灰枯病の解決策が見つかったという知らせは、瞬く間に王国中に広まった。人々は歓喜し、僕の名前を「救世主」として讃えた。
そして、約束通り、国王は正式な布告を出した。
穣りの郷とその周辺地域を、王国の統治から完全に切り離し、カイ・マクガバンを君主とする独立国家として承認する、と。
国号は、僕が名付けた。
発酵を意味する「Fermentation」から取って、「ファーメント公国」。
僕は、一夜にして、ただの追放された貴族の三男から、一国の主である公王となったのだ。
建国を祝う式典が、僕たちの郷で盛大に開かれた。
リシアやエルフたち、そして郷の住人たちが、僕を囲んで祝福してくれる。
「カイ様、おめでとうございます!」
「俺たちの国ができたんだ!」
みんなの笑顔が、僕には何よりの宝物だった。
式典には、国王からの祝賀使節団も訪れた。彼らは、僕たちの郷の豊かさと、そこに住む人々の幸福そうな表情を見て、改めて国王の決断が正しかったことを確信したようだった。
その一方で、マクガバン家は悲惨な末路を辿っていた。
僕という最大の切り札を失い、王国からの信用も失墜。灰枯病で荒れ果てた領地を立て直す力もなく、彼らの家は没落の一途を辿った。父と兄たちが、後悔と絶望の中でどう生きているのか、僕には知る由もなかったし、知りたいとも思わなかった。因果応報。ただ、それだけだ。
式典の夜。僕は、月の光が降り注ぐ丘の上で、一人、建国されたばかりの自分の国を見下ろしていた。
「カイ様」
優しい声に振り返ると、リシアが隣に立っていた。
「どうしたんだい? みんなと楽しまなくていいのか?」
「カイ様こそ。今日の主役ではありませんか」
彼女はそう言って、僕の隣に静かに座った。
「なんだか、夢みたいでな。僕が、一国の主だなんて」
「夢などではありません。これは、カイ様がご自身の力で築き上げた、現実です」
リシアの翠色の瞳が、まっすぐに僕を見つめる。
「私は、カイ様と出会えて、本当に幸せです。これからも、ずっと、あなたのおそばに……」
そこまで言って、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せた。その気持ちが、僕には痛いほど伝わってきた。
僕は、彼女の細い手を、そっと握った。
「僕もだよ、リシア。君がいてくれて、本当に良かった。これからも、よろしく頼む」
僕たちのファーメント公国は、まだ生まれたばかりの小さな国だ。
でも、ここには最高の仲間たちがいる。最高の食材がある。そして、最高の笑顔がある。
前世では、仕事に追われ、他者との温かい繋がりを知らずに死んでいった。
でも、今生では違う。
僕は、この大切な国を、愛する仲間たちと共に、平和で、豊かで、美味しいものにあふれた国にしていく。
食卓にはいつも美味しい料理と笑顔があふれる、そんな幸福な未来を、僕はこの手で作り上げていくのだ。
夜空に輝く満月が、僕たちの船出を、静かに祝福してくれているようだった。




