表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/14

第10話「今さら戻ってこいと言われても」

 調査団が去ってから、数日が過ぎた。郷には、嵐の前の静けさのような、緊張した空気が漂っていた。住人たちは、不安を隠せない様子だったが、僕を信じて、普段通りの生活を続けてくれている。

 そして、その日はやってきた。

 見張りの若者が、血相を変えて僕の家に飛び込んできた。

「カイ様! また、騎士の一団が! 今度は……マクガバン家の旗印です!」

 その報告に、僕の心臓がどきりと跳ねた。

 ついに来たか。

 僕が郷の入り口に向かうと、そこには見覚えのある顔があった。玉座にふんぞり返っていた父、マクガバン男爵。そして、その両脇を固める、僕を常に見下していた二人の兄、アルフレッドとベルトルト。

 彼らは、わずかな供回りを連れているだけだったが、その態度は王族にでもなったかのように傲慢だった。

 しかし、彼らの憔悴しきった姿は隠しようもなかった。頬はこけ、目の下には深い隈が刻まれている。飢えが、彼らのプライドを内側から蝕んでいるのが見て取れた。

「……何の用だ。マクガバン男爵」

 僕が静かに問いかけると、父はカッと目を見開いた。

「その口の利き方は何だ、カイ! この私を誰だと思っておる!」

「あなたは、僕を追放した人だ。それ以上でも、それ以下でもない」

「なっ……!」

 父が言葉に詰まる。その隣で、長兄のアルフレッドが前にしゃしゃり出てきた。

「カイ、父上に無礼を働くでない! それより、貴様、この奇跡のような土地はどういうことだ! 王国の調査団から報告は聞いたぞ!」

「見た通りのことだ。僕が、仲間たちと一から作り上げた」

 僕の答えに、次兄のベルトルトが鼻で笑った。

「はっ、貴様のような役立たずにか? どうせ、何か汚い手でも使ったのだろう。まあ、そんなことはどうでもいい」

 ベルトルトは、まるで施しを与えるかのような口調で言った。

「カイ。父上は、お前の帰還を許してくださると仰っている。今すぐ、この土地の作物と、その技術のすべてをマクガバン家に差し出すのだ。そうすれば、これまでの不敬は水に流してやってもいい」

 その言葉に、僕は呆れて物が言えなかった。

 彼らは、何も分かっていない。自分たちが、どれほど愚かで、身勝手なことを言っているのか、全く理解していないのだ。

 僕の背後では、リシアや郷の住人たちが、怒りに満ちた目で彼らを睨みつけている。

「……断る」

 僕がはっきりと告げると、彼らの顔色が変わった。

「な、何を言っているのだ、貴様は! これは命令だぞ!」

 アルフレッドが声を荒らげる。

「命令? 誰が、誰に命令しているんだ? 僕はもう、マクガバン家の人間じゃない。あなたたちに指図されるいわれは、何一つない」

「この、恩知らずめが!」

 父が激昂し、腰の剣に手をかけた。だが、その手は震えていて、剣を抜くことさえできそうになかった。

「恩? 僕が、あなたたちに受けた恩など、一つでもあったか? 僕が覚えてるのは、侮蔑と嘲笑の言葉だけだ。役立たずと罵られ、こんな不毛の地に追い出したのは、どこの誰だったかな?」

 僕の言葉が、彼らの胸に突き刺さる。三人は、ぐうの音も出ないという顔で立ち尽くしていた。

 僕は、静かに、しかし強い意志を込めて続けた。

「ここは、僕の場所だ。僕を信じて、ついてきてくれた仲間たちと、血と汗と涙で築き上げた、僕たちの郷だ」

 僕は後ろを振り返り、リシアや、鍛冶屋の親父さん、仕立て屋のおかみさん、そしてエルフの子供たちの顔を一人一人見渡した。みんな、僕に力強い眼差しを送ってくれている。

「あなたたちが、飢えに苦しんでいるのは知っている。同情はしないが、助けを求めるというのなら、話くらいは聞いた。でも、あなたたちの態度はなんだ? 過去の仕打ちを詫びることもなく、ただ一方的に奪おうとするだけ。そんな傲慢な要求、誰が聞くものか」

 僕は一歩前に出ると、彼らをまっすぐに見据えて言い放った。

「今さら戻ってこいと言われても、もう遅いんだ。とっとと自分の領地に帰って、無能な領主様たちだけで、どうにか飢えをしのぐといい」

 僕の完全な拒絶の言葉に、父と兄たちは、顔を真っ赤にしてわなわなと震えるだけだった。彼らが持っていた、貴族としてのちっぽけなプライドは、今この瞬間、僕によって完全に打ち砕かれたのだ。

「お、覚えていろよ……! 貴様のような裏切り者、王国が許しておくものか!」

 ベルトルトが、捨て台詞のように叫ぶ。

「王国? ああ、そういえば、国王陛下からもお呼び出しがかかっているんだったな。ちょうどいい。僕の方から、王都に出向いて、この件に決着をつけてこよう」

 僕の予想外の言葉に、彼らは目を丸くした。

「なに……?」

「あなたたちとは、もう話すことはない。帰ってくれ」

 僕がそう言うと、郷の男たちが、無言の圧力で彼らを取り囲んだ。多勢に無勢。それに、まともに食事も摂れていない彼らに、抵抗する力など残っていなかった。

 父と兄たちは、屈辱に顔を歪めながら、すごすごと馬首を返し、去っていった。

 その無様な後ろ姿を見送りながら、僕は固く決意を固めていた。

 もう、彼らの好きにはさせない。

 この穣りの郷を、僕の大切な仲間たちを、僕がこの手で守り抜くのだ。

 たとえ、相手がこの国の王であったとしても。

 僕の戦いが、今、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ