第10話「今さら戻ってこいと言われても」
調査団が去ってから、数日が過ぎた。郷には、嵐の前の静けさのような、緊張した空気が漂っていた。住人たちは、不安を隠せない様子だったが、僕を信じて、普段通りの生活を続けてくれている。
そして、その日はやってきた。
見張りの若者が、血相を変えて僕の家に飛び込んできた。
「カイ様! また、騎士の一団が! 今度は……マクガバン家の旗印です!」
その報告に、僕の心臓がどきりと跳ねた。
ついに来たか。
僕が郷の入り口に向かうと、そこには見覚えのある顔があった。玉座にふんぞり返っていた父、マクガバン男爵。そして、その両脇を固める、僕を常に見下していた二人の兄、アルフレッドとベルトルト。
彼らは、わずかな供回りを連れているだけだったが、その態度は王族にでもなったかのように傲慢だった。
しかし、彼らの憔悴しきった姿は隠しようもなかった。頬はこけ、目の下には深い隈が刻まれている。飢えが、彼らのプライドを内側から蝕んでいるのが見て取れた。
「……何の用だ。マクガバン男爵」
僕が静かに問いかけると、父はカッと目を見開いた。
「その口の利き方は何だ、カイ! この私を誰だと思っておる!」
「あなたは、僕を追放した人だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「なっ……!」
父が言葉に詰まる。その隣で、長兄のアルフレッドが前にしゃしゃり出てきた。
「カイ、父上に無礼を働くでない! それより、貴様、この奇跡のような土地はどういうことだ! 王国の調査団から報告は聞いたぞ!」
「見た通りのことだ。僕が、仲間たちと一から作り上げた」
僕の答えに、次兄のベルトルトが鼻で笑った。
「はっ、貴様のような役立たずにか? どうせ、何か汚い手でも使ったのだろう。まあ、そんなことはどうでもいい」
ベルトルトは、まるで施しを与えるかのような口調で言った。
「カイ。父上は、お前の帰還を許してくださると仰っている。今すぐ、この土地の作物と、その技術のすべてをマクガバン家に差し出すのだ。そうすれば、これまでの不敬は水に流してやってもいい」
その言葉に、僕は呆れて物が言えなかった。
彼らは、何も分かっていない。自分たちが、どれほど愚かで、身勝手なことを言っているのか、全く理解していないのだ。
僕の背後では、リシアや郷の住人たちが、怒りに満ちた目で彼らを睨みつけている。
「……断る」
僕がはっきりと告げると、彼らの顔色が変わった。
「な、何を言っているのだ、貴様は! これは命令だぞ!」
アルフレッドが声を荒らげる。
「命令? 誰が、誰に命令しているんだ? 僕はもう、マクガバン家の人間じゃない。あなたたちに指図されるいわれは、何一つない」
「この、恩知らずめが!」
父が激昂し、腰の剣に手をかけた。だが、その手は震えていて、剣を抜くことさえできそうになかった。
「恩? 僕が、あなたたちに受けた恩など、一つでもあったか? 僕が覚えてるのは、侮蔑と嘲笑の言葉だけだ。役立たずと罵られ、こんな不毛の地に追い出したのは、どこの誰だったかな?」
僕の言葉が、彼らの胸に突き刺さる。三人は、ぐうの音も出ないという顔で立ち尽くしていた。
僕は、静かに、しかし強い意志を込めて続けた。
「ここは、僕の場所だ。僕を信じて、ついてきてくれた仲間たちと、血と汗と涙で築き上げた、僕たちの郷だ」
僕は後ろを振り返り、リシアや、鍛冶屋の親父さん、仕立て屋のおかみさん、そしてエルフの子供たちの顔を一人一人見渡した。みんな、僕に力強い眼差しを送ってくれている。
「あなたたちが、飢えに苦しんでいるのは知っている。同情はしないが、助けを求めるというのなら、話くらいは聞いた。でも、あなたたちの態度はなんだ? 過去の仕打ちを詫びることもなく、ただ一方的に奪おうとするだけ。そんな傲慢な要求、誰が聞くものか」
僕は一歩前に出ると、彼らをまっすぐに見据えて言い放った。
「今さら戻ってこいと言われても、もう遅いんだ。とっとと自分の領地に帰って、無能な領主様たちだけで、どうにか飢えをしのぐといい」
僕の完全な拒絶の言葉に、父と兄たちは、顔を真っ赤にしてわなわなと震えるだけだった。彼らが持っていた、貴族としてのちっぽけなプライドは、今この瞬間、僕によって完全に打ち砕かれたのだ。
「お、覚えていろよ……! 貴様のような裏切り者、王国が許しておくものか!」
ベルトルトが、捨て台詞のように叫ぶ。
「王国? ああ、そういえば、国王陛下からもお呼び出しがかかっているんだったな。ちょうどいい。僕の方から、王都に出向いて、この件に決着をつけてこよう」
僕の予想外の言葉に、彼らは目を丸くした。
「なに……?」
「あなたたちとは、もう話すことはない。帰ってくれ」
僕がそう言うと、郷の男たちが、無言の圧力で彼らを取り囲んだ。多勢に無勢。それに、まともに食事も摂れていない彼らに、抵抗する力など残っていなかった。
父と兄たちは、屈辱に顔を歪めながら、すごすごと馬首を返し、去っていった。
その無様な後ろ姿を見送りながら、僕は固く決意を固めていた。
もう、彼らの好きにはさせない。
この穣りの郷を、僕の大切な仲間たちを、僕がこの手で守り抜くのだ。
たとえ、相手がこの国の王であったとしても。
僕の戦いが、今、始まろうとしていた。




