ロクデナシ妄想家の逍遥
夜だ。
なんだか今日は上手く眠れない。
.....
外に出てみることにした。
深夜2時。
草木や何かの怪物さえ寝てる時間か何かだったはずだ。
玄関を開ける。
季節は変わっていたらしい。
急いで着替えを取りに行く。
準備が終わってやっと外へ出る。
久々の外。
ビタミンDも作れない時間の空気は好きだ。
新鮮な匂いがする。
しばらく歩いたところでスマホを忘れたことに気がついた。
今更引き返すのも億劫なのでそのまま進むことにした。
私は今、詩人である。
吾輩は猫では無いが詩くらいなら.....
などと取り留めもないことを考える。
ふとあの頃を思い出した。
夢のあった頃。 好きに夢を見られた頃。
現実を思い出させる大家さんも税金もなかった頃。
「あの頃は良かった。」
ふと呟いてみる。
寒気がしたので辞めた。
わたしには夢がある!
とキング牧師の真似を心の中でしてみる。
夢などなかった。 ひん。
目的地を考える。
無駄だと思って辞めた。
これこそが私の求めていた逍遥であることに気がついた。
目的地は無し。マップもなし。希望もなし。
ただ街の様子を改めて観るだけ。
要するに観察である。
歩きながら街を観察するわけである。
見えなかった道に気がついた。
行ってみることにした。
方向感覚だけはいいので迷うことは無い。
人生は別である。
しばらく進んだところに銭湯があった。
こんな所にノスタルジックの殿堂があったなんて!
閉まっていたので進むことにした。
更に道を進む。
道と言うより路地裏である。
路地裏は好きだ。
停滞している。 ノスタルジックが住んでいる。
路地裏といえば暗渠である。
暗渠は好きだ。 言葉の響きが好きだ。
かわいい。
店は閉じている。
当然こんな時間なら閉じている。
だがひとつの店だけ空いていた。
本屋だ。本屋だって?
こんな時間に珍しかったので寄ってみることにした。
なんせ私の桃源郷だ。ノスタルジックな時間に本屋とは。
店内を見て回ってみる。
見るに新しい本も売っているらしい。
それと同時に相当古い本も売っている。
それこそ〇屋の〇〇ごとの最新刊からホイットマン全集ならまだしも紀元前の詩人 ホラティウスの本まで置いてある。
「ここの店主は相当な『今を生きる』好きと見える」
と言ってみる。
寒気がした。
すると突然声が聞こえる。
「冷やかしかい?買うのかい?」
びっくりして固まっていると言葉の主が言う。
「一体どうしたってんだ。こんな夜中に来てよ。
俺を寝かせない気づもりで居るのか?」
「い、いえ!散歩してたら...ここが...空いてて。」
何とか言葉を絞り出す。
「それにしてもセンスがいいですね!ここの本はどれも最高だ!」
余計な言葉も喉を離れて店主らしき人物に向かう。
悪い癖だ。
「俺はここの店主じゃねえよ」
「...ちがった...」
違ったらしい。
こういう時に限って口を閉じれない自分が憎い。
「俺は深夜の店員だ。で?お前は客か?冷やかしか?それとも空き巣? 」
「ちっ違っ!私はただのロクでもない人間で!散歩してただけで!」
早口で聞き取りにくい言い訳が口をついて出てくる。
私が可愛い女性ならば可愛いだろうが残念なことにただの彼女いない歴=年齢の弱者男性だ。
「散歩か。」
「はい。」
「どこへ?」
「え?」
「目的地を聞いているんだ。」
「無いです。」
「そうか。」
「はい。」
しまった。
質問へのいちばん短い答えコンテストがあれば間違いなく優勝していたであろう答えの短さだ。
これでは信頼どころか警察に突き出されても仕方がない。
「じゃあ俺と一杯飲んでくれ。
今日は誰かと飲みたい気分だったんだ。」
「えっ?」
「えっ?てなんだよ
どうせ暇だろ?いくぞ。」
「はい。」
なんてこった。
そうして2人になった逍遥小隊は都会の奥地へと向かった。
都心部には意外とまだ人が居た。
何もかもが眩しくて、夜の空気も消えていた。
「どうだ。ここも良いもんだろ。」
「いや。私は都会が苦手で...」
「そうか。」
最悪の返しである。
スラムなら殺されて居ても何ら不条理ではない。
「だが都会も良いぞ。 エロい女も娯楽も酒もここにはある。」
「はあ.....」
「お前女に興味が無いのか?」
「はい.....むしろ苦手で。」
「珍しい男も居るもんだ。酒は飲めるだろ?」
「はい.....たぶん。」
「なんだよ煮え切らないな」
最悪だ。
いつもの癖で発言に保険をかけてしまった。
この癖がどれだけ気持ち悪いかは自分でも自覚している。 だが治せない。
終わった。そう思った。
「まあしょうがないのかもな」
「え?」
「俺も昔はそうだったんだ。それがここに来て変わった。」
「...」
「返す言葉に困ってるんだろ」
「図星です...」
「ワザとだよ。やっぱり俺とお前は同類だ。」
「同類...?」
「そうだ。それなら俺とお前は一期一会の方がいい関係になりそうだな。」
「...?」
さっぱり分からない。
だが私も一期一会という言葉は好きだ。
「さて、お前金は持ってるか?」
「いいえ.....」
最悪だ。カツアゲだ。
外に出るべきじゃなかった。
「お前見るからに怯えてるな。安心しろ。カツアゲとか強盗じゃない。
帰りのタクシーか電車代は?」
「歩いて帰ります。」
「わかった。」
良かった。
「じゃあこの辺りで済ませるか。」
済ませるって!
もしもこの人がゲイなら私は格好の獲物だろう!
などと不浄なことを考えるのは間違いだった。
「また脅えてるな。考えること全てが口に出ていけねえや。
酒だよ酒。コンビニで買おう」
ほっ!
心底安堵した。
しかしコンビニで買って公園で飲むなんて初めてだ。だがノスタルジックの塊だ。
「お前顔に出やすいんだな。」
「はい。」
「タメ口でいいよ」
「そんな」
「遠慮するな。どうせお前も俺と同じなんだから。 お前は俺で俺はお前だ。 似たもの同士気軽に行こうぜ。」
「じゃあ...」
「さあ、どこに行く?エイトイレブン?家族マート?」
「どっちでもいいよ....」
「じゃあ枝の倒れた方向にあったやつにしよう。
耳をネズミに噛まれた青いロボットの道具みたいにさ。」
もしかしてこの人最高か?
私の理想みたいな状況だ。
「そうしよう。」
「さあ倒れるぞ。みてろ!」
なんと倒れなかった。
あまりにも奇っ怪な光景だ。
「なんだこりゃ.....」
「ああ...ほんとにな...」
「それならお開きか。 神ではなく物理が。確かに存在している方の神がそう言っているんだ。」
「そんな...」
「悲しむなって。
一期一会をだ。近所でも旅なら別れだってあるさ。
そして最後にお前には大切なことを教えてやるよ。」
「え...?」
「お前はお前が思っている以上に出来る事がある。やっていないだけだ。
なんて周りの野次馬根性丸出しな奴らから言われてきただろう。
だがお前はしっかりと分かっている。現時点で出来ない。やりたくない事から逃げている。」
図星だ。
「いつからか夢さえも諦めた。違うか?」
「全くその通りで...」
「カルペディエムだ。意味はわかるよな?」
「『今を生きろ』ですよね」
「その通り。そしてお前はそれを言い訳に使っている。違うか?」
図星である。
何も言い返せない。
「ならお前は使い方を間違えてる。
やりたい事だけやるのは今を生きることではないし、ノスタルジックでもない。
今を生きるって言うのはな、夢に向かう事でもあるんだ。
過去を振り返ってるだろう。毎日。毎日同じことを考えて、精神的に参ってるだろう。
それは今を生きていない。 過去に囚われ、死んでいる。」
「!!!」
「なら今を生きるというのは!?」
「分からん。」
「そんな」
「だがお前は少なくとも今生きてない。
幸せか?今のままで。」
「いいえ。」
「なら違う。幸せな道を探すんだ。
アドレナリンに頼らない。最後の最後まで脳内麻薬を雑に出さないように済む道を。」
「そんなのいつまで掛かるか。」
「探し続けるのも案外楽しいぞ?」
何故かそこでもう話してはいけない気がした。
理屈はない。
事実だけがそこにある。
「それじゃあな。気をつけて歩けよ。」
何かが変わった気がした。
過去を見ていた目が、今を見始めた。
進むことを拒んだ心が、少しずつ進み始めた。
時が動き出した。
この公園が美しいものだと気がついた。
人間が美しいことに気がついた。
関係が。
虫も動物も美しいことに気がついた。
朝が美しいことに気がついた。
労働は嫌いだ。だがその中にも美しさを見出す余地があることに気がついた。
ブラック企業には分からないが、行かなければならない。
逍遥の終わりが近い予感がしてきた。
そして見つけた。
終着点であり折り返し地点であり出発点。
思い込みかもしれないが私はそれが美しく見えた。
帰ることにした。
帰ったら掃除をしよう。
バイトを始めよう。
どこかの本屋の夜勤をやろう。
夢が帰ってきた。
目的が帰ってきた。
満たされた心に、もう逍遥は必要なかった。