表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

輪廻の天使と、神の問い

作者: ねこラシ

【第一の生】


名:ヴァルド・エンネ。帝国の戦士。二十七歳で処刑される運命


 


 最初に感じたのは、鋼の重みだった。

 甲冑の重圧、剣の重さ、そして殺すことの軽さ。

 帝国の戦士ヴァルドとして彼は目覚めた。


 「帝国に仇なす者どもに、死を!」


 その叫びの中で、彼は何百もの命を奪った。

 敵兵の首を落とすたび、彼の胸の奥で何かが軋んだ。

 けれど、それが何なのかはわからなかった。


 「ヴァルド、あんた、本当に誇りを持ってるんだな」


 副官のルキアが笑った。

 彼女の瞳の奥に、彼は「希望」という名の光を見た。

 戦場で交わした手。泥の中の焚火。

 彼女は、彼が人であることを思い出させた。


 しかし命令は絶対だった。

 味方を守るため、彼は敵将を捕虜として逃がした。


 ――それが、帝国法での裏切りとされ、処刑命令が下った。


 最期の夜、ヴァルドは独房で目を閉じ、呟いた。


 「誇りとは……一人を救うために、百を敵にすることなのか」


 その言葉とともに、刃が彼の首に落ちた。


 



 再びあの空間。神は、微動だにせず、問いかけた。


 「感想を聞こう。戦士としての生は、どうだった?」


 天使は答えた。


 「誇りというものが、人を殺すための言い訳にもなれば、一人を救うための勇気にもなることを知りました」


 神は一拍置き、次を告げた。


 「ならば次。名はシエル。名家の娘として生まれ、十六で婚姻、十九で病死せよ」


 



【第二の生】


名:シエル・フローレ。貴族の娘。愛を知らぬまま、若くして死す。


 


 絹のシーツ。花の香り。教育された笑顔。

 シエルとして生まれた彼女は、すべてを「整えられた世界」の中で受け入れていた。


 「あなたはフローレ家の誇り。決して、自分を見せてはなりません」


 母の言葉は冷たく、重く、そして正しかった。


 十六歳、四十歳の貴族と政略結婚した。

 夫は優しかった。だが、心に触れようとはしなかった。

 シエルもまた、彼に「何かを求める」術を知らなかった。


 彼女が本当の愛を知ったのは、病床に伏した十八の冬。

 見舞いに来た侍女のエレンが、手を握りながら泣いた時だった。


 「あなたが……何も言わずに、黙って笑ってるのが、いちばんつらいんです」


 あたたかかった。心が、少しだけ震えた。

 初めて、「寂しさ」という感情を知った。

 そして十九の春、眠るように彼女は息を引き取った。


 



 神はまた問いかける。


 「感想を」


 「……私は愛を知らずに生きて、愛を知りたくて死にました」

 「誰かに触れたいと思ったその時には、もう遅かった」


 「ならば次」


 神の声が染みこむように響いた。


 「次は、名もなき詩人。戦争で家族を失い、詩で世界を変えようとして、牢で死ね」


 



【第三の生】


名:なし。通称”風の詩人”。


 


 瓦礫の街。焼けた家。死んだ母。狂った兄。

 少年は、名も持たず育った。

 学もなく、友もなく、彼は空を見ていた。


 「この世界に、少しでも風があることを書きたいんだ」


 石に詩を刻み、壁に歌を描いた。

 彼の詩は静かに人々の心を打ち、いつしか帝都で噂になった。


 しかし、詩は時に「武器」となる。


 「権力者は、誰も信じてはいけない」

 「貧しき者よ、怒りを胸に立ち上がれ」


 ある夜、彼は捕らえられた。


 「この男が書いた言葉が、暴動を引き起こした」


 牢の中で、彼は指を折られ、舌を切られ、それでも詩を脳内で綴っていた。


 最期に壁に爪で刻んだのは、たった一行。


 「それでも風は、歌っている」


 



 死後、再び神が現れる。


 「感想を」


 「詩は、命の形を変えると知りました。私は、死んでよかった」


 「次だ」


 



【最後の生】


名:サエ。村の看護師。八十二歳まで生き、子や孫に看取られ死す。


 


 花の咲く村。白い家。暖かい食卓。

 サエは、人生で初めて「長く生きる」という祝福を受けた。


 彼女は怪我人を手当てし、病人を介抱し、笑顔で子供に薬草の使い方を教えた。

 人を傷つけず、戦わず、ただ生きて、そして生を渡す人生だった。


 「おばあちゃん、なんでいつも優しいの?」


 孫が尋ねると、彼女は静かに微笑んだ。


 「昔、たくさん人が死ぬのを見た気がするの。だから、そうしたくないの」


 最期の夜、囲炉裏の前で、彼女は孫の手を握り、静かに目を閉じた。


 



 神は、静かに彼を迎えた。


 「感想を」


 「私は……ようやく、生きるということが、少しだけ分かった気がします」

 「愛することは、残すこと。生きることは、受け継ぐこと」


 神はしばらく沈黙し、こう言った。


 「次はない。お前は、充分に“生きた”。お前の魂は、もう天使ではない」


 天使は驚いた。


 「私はもう……人間なのですか?」


 「そうだ。お前は、人生を通して“自由”を学んだ。これからは、自ら選び、生きるがよい」


 



 そして、地上の朝が始まる。


 名もなき男が、木漏れ日の中、目を覚ます。

 隣には、小さな女の子がいる。彼の娘だ。

 彼は、彼女を優しく抱きしめた。


 「……おはよう。今日も、生きようか」


 彼は知らない。かつて神の命令で生を繰り返したことを。

 だが、記憶のどこかにある。


 戦場で剣を振るった腕。詩を刻んだ指。誰かを抱きしめた手。


 そのすべてが、彼の血に流れていた。


 風が吹く――


 それは、神の見送りか、天使の羽ばたきか。

 あるいはただの、朝の風かもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ