situation1 ゲーセンデート 晴翔side
今日はとても疲れた。なにせいろいろありすぎたのだ。
いくつかの授業で抜き打ちの小テストが行われ先生には放課後まで残らなければならない仕事を任されてしまった。大体なんで俺にそんな仕事を任せてきたのか。大方仕事を持ってきたタイミングで暇そうにしていたのが俺だけだったとかそんな理由だろう。本当に勘弁してほしい。とはいえその仕事も最後にこの段ボールを教室へ持っていけば無事完了である。
「ふぅー…やっと終わった…」
「お疲れ様、ハル君」
「おわっ!ソフィア!?」
背後から本来今ここにいるはずのない人物の声が聞こえてきて思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「お化けでも見たかのような声…」
「悪い、ソフィアがまだいるとは思ってなかった。何か用事でもあった?」
「別に、図書室から帰ろうとしたときにたまたま見かけたから」
「なるほどね」
そういうことなら普段早々に帰宅してしまうソフィアがこの時間までいるのに合点がいく。
「ハル君この後は何もない?せっかくだから一緒に帰ろう」
「それは全然いいよ。あ、でも今日俺ゲーセン寄るつもりなんだよな…」
普段はすぐにでも帰りたがるソフィアのことだ、ゲーセンに寄るというのなら一人でも帰ると言いだしてもおかしくはないと思っていたのだが返ってきたのは意外な答えだった。
「ん、じゃあゲーセンもついてく」
「!? 」
正直、ゲーセンに行くと言った時点で一緒に帰るイベントはなくなったとばかり思っていたのだが一緒に帰るどころか放課後ゲーセンデートの権利まで得られるとは…普段はこういうことについてきてくれないあたりソフィアは相当機嫌が良いと見える。
(ここは一つ本人に聞いてみるか。)
「ソフィア、今日なんかいいことでもあった?」
「別に、特に変わらない一日だった」
ソフィア自身はそう言うが恐らく誤魔化しているだけだろう。十数年の付き合いだ。それなりにソフィアのことは理解しているつもりだ。こういう返答の時のソフィアは決まって表情が少し綻ぶ。もっとも、本人は気づいていない様子だが。
「じゃあ行くか、あまり遅くなるといけないし」
「れっつご~」
※
ゲーセンに到着する手前でソフィアが口を開いた。
「そういえば…今日はゲーセンに何をしに来たの」
「ああ、言ってなかったな。今日は俺がやってるゲームのプライズフィギュアの入荷日なんだよ」
そう今日は主人公の鬼かっこいい必殺技シーンが再現されたフィギュアの入荷日なのだ。普段はフィギュアを入手するタイプの人間ではないのだが、公式のSNSが出した宣材写真があまりに良すぎたためこれは手に入れるしかないということでここに来たのだ。
そんな俺の心の中の熱い語りを知ってか知らずか
「へー」
と興味なさげな返答をされてしまった。まぁこの部分に関しては男子と女子で分かり合えることのほうが少ないと思うのでそこは割り切っているが。男の子はいくつになってもかっこいいものが好きだからね!
そんなこんなでお目当てのフィギュアの台にたどり着き、早速100円玉を投入しようとしたところ、
「いくらでとるの?」
またもソフィアに聞かれた。やはり今日は機嫌が良いらしい。普段なら黙って見ているだけだろう、まぁソフィアが俺の趣味に対して興味を持ってくれているのはとても嬉しいことなので聞かれるのは全く問題ない。
「目標は1500円以内かな。高くても3000円」
「おー、がんばれ」
意中の人に応援されると俄然やる気が出る。なんとしてでも取らなければ…
※
結論からいうと3400円かかった。目標を大幅に超える出費である。
(今月はもう何もできないな…)
1500円でとるなどと大口を叩いて置きながら倍額以上かかるという情けない姿を見せてしまった。挙句ソフィアからは
「まぁ…そういうことも、ある。次はきっとうまくとれるよ」
という慰めの言葉をかけられてしまった。その優しさが辛い…
落ち込んでいる中、先ほどまで自分たちの居た台で見覚えのある英国紳士風の人がプレイしていた。
(あれは…でも絡まれると面倒くさいな)
と思ったのでここは関わらず去ることにしたのだが、その人はこちらを一瞥するや否や即向かってきた。
「やぁ、少年。君もコレを取りに来たんだろう?」
「どーも、そうですね確かに俺はこのフィギュアを取りに来ましたがあなたと出会ってしまうつもりは全くありませんでしたよ」
「つれないことを言うじゃないか少年。おや、そちらのお嬢さんは?」
ソフィアも目をつけられてしまった。当の本人はというと少し警戒しているようで一歩引いたところで様子を伺っている。
「幼馴染ですよ。たまたま都合が合ったんで一緒に来たんです」
「なるほど、ということはこの子が例の…」
「それ以上は何も言わないでください」
この人もたいがい景と同じクチだ。油断も隙も無い。
「これは失敬。気分を害するつもりはなかったんだ、許してくれ」
「まぁ一回目なので良しとしましょう。で、何の用です?」
「たまたま見かけたのでね挨拶だけでもと思っただけだ。それでは二人とも楽しんでいくといい」
「ええ、また」
(全く嵐のような人だ。次会ったらしっかりと釘を刺しておかねば…)などと考えていたらソフィアが袖を引っ張って
「誰なの?」
と聞いてきた。正直その袖を引っ張るという動作は致命傷になりうるからやめてほしいと思いつつもほったらかしにした俺も悪いのでしっかり説明をする。
「シュルガットさんって言ってね。もともとは俺の父さんの知り合いなんだ。今は同じ趣味を持つ友達、みたいなものだけど」
「あの人、見た目は人間だけどきっと違う…でも亜人なら見た目でわかる。何者なの」
「まぁ話せば長くなるけど、簡潔にいうと悪魔だね」
「悪魔⁉ほとんどいないのにこんなところで会うなんて…」
さすがのソフィアもこれには驚いたらしいがそれは無理もない話だ。悪魔は神話などで悪しき存在として描かれることの多い種族だ。(実際の悪魔種はそうでもないのだが)基本的に数の増減はなく個としての存在は不滅であるという特性を持つ。それゆえに全体の数は少ない。シュルガットさんもあれでいて何百年下手したら何千年と生きているのだ。
聞いた話だと背中に折りたたむことのできる翼があり飛べるらしい。そういった明らかに亜人たちとは異なる身体構造や特性を持つため哺乳類ではなく幻想類という呼ばれ方をすることが多い。ちなみに幻想類に分類されるのは悪魔種と天使種のみだ。
そういう特異な種族であるためなかなか出会うこともないのだ。
「悪い人ではないよ。深くかかわりすぎると多少面倒だけど」
「悪魔ってもっと性格が荒い人が多いのかと思ってた」
「意外とそうでもないさ、少なからず常人が相手するには難しいところもあるけどね。あの人の場合は純粋にウザいってだけだからまだマシなほうだと思うよ。まぁでも今日会ったことで顔覚えられちゃったから今後は出くわすと少し大変かも」
あの人のことだ、俺がいなくてもソフィアに出会ったらガンガンかかわろうとするだろう。今までも別件ではあるものの配慮してくれと何度か言っているがまぁ聞かないだろう。
「ちょっとそれは困る、かも」
「その時は俺に連絡してくれたらまぁ何とかするよ」
「ん、お願い」
※
シュルガットさんのせいで随分話がそれてしまったが一応目的は達成できたので
「そろそろ帰ろうか」
と言ったところ
「待って、あれが欲しい」
ソフィアが指していたのは巨大なアザラシのぬいぐるみだった。可能なら俺が取ってプレゼントしたい。が、なかなかに難易度が高い。あの手のクレーンゲームはアームが激弱でとてもとれたものじゃないということは一度でもやったことのある人なら周知の事実だろう。
「あー、あれはちょっと無理があるかなあなんて…いくらかかるか分からないしオススメはしないなぁー」
「嫌、いくらかけても私はあれを取る」
遠回しに説明して諦めてもらおうと思ったのだが…こうなったらテコでも動かないだろう。仕方ないので好きにやらせてみることにした。
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「全然取れない…」
もうかれこれソフィアは4000円つぎ込んでいるが初めてなのと台の設定が厳しいので全くうまくいっていない。
「そろそろやめといたほうがいいんじゃ?」
「嫌、あと5000円はある。普段出かけないからお金はいっぱいある。絶対にこれでとる」
ソフィアの気持ちは尊重したいがこのままではその5000円も水泡に帰すだろう。仕方ないここは唯見晴翔の漢気を見せるとき!
「ソフィア替わってくれ、俺が1000円以内でとる」
「分かった、任せたよハル君」
とカッコつけたが、俺が始めて一回でとれてしまった。きっと何かしらの上限を迎えていたのだろう。つくづく恰好が付かない。
「おぉーさすがはハル君。ありがとう」
(まぁソフィアが喜んでいるならそれで良しとしよう)
※
ソフィアも満足したことなので今日はお開きにした。帰り道かなり嬉しそうにアザラシを抱いているソフィアの表情が印象的だった。なんだかまだふわふわと気持ちが昂っているが今のうちにしっかりと今日の感謝を伝えなければと思い、連絡をした。
『ソフィア、今日はありがとう』
『こちらこそありがとう(._.)』
『アザラシ、大切にする』
『気に入ってくれたようで何より。またどっか一緒に行こう』
『気が向いたら、行く』
『じゃあまた明日学校でな』
『うん、また』
(やっぱ好きだなぁ~)
正直今すぐにでもソフィアを自分のものにしてしまいたいという醜い独占欲が生まれるがそれはきっとソフィアにとっていいものではないだろうし今のこの関係を壊してしまうだろう。だから今はまだこの気持ちは心の奥深くにしまい込んでおかなければならない。いつか伝えなければならない時が来るとしても。
ゲーセンデート回です。恐らく物語の本筋に大きくかかわる回以外は一話完結型になるとは思うので比較的読みやすくはなるんじゃないかなと思います。次回はストーリーは進まずにソフィアサイドでこのデート回を書いていこうかなと思います。まぁ言ってしまえば読者に対してのソフィアの心情の答え合わせみたいなものですね。ではお楽しみに。