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#9 怒る少年/覚醒める少女

Side.Yuki


 本当だったら、立入禁止のところになんて足を踏み入れない。

 だけどそういう危ないところに、蜂谷君、小池君、大久保君が入っていってしまった。

 そしてその3人を追って、ルルちゃんまで…。

 放っておける訳がなかった。

「お…お邪魔…します………」

 私は恐る恐る、廃ビルの中に入る。

 中は真っ暗で、埃臭い。

 怖い。

 今にもお化けが出てきそう…。

 私はスマホのライトで、足元を照らす。

 床には、所々ヒビが入っていた。

 これなら取り壊しが決まったのも頷ける。

 急に天井が崩れてきたらどうしよう。

 早く蜂谷君達を見つけないと…。

 ルルちゃんはどこに行っちゃったのかな…。

 私は迷うように、スマホのライトで辺りを見回した。

 そうしていると……。

「ぎゃぁアアアアアアアアアア_______!!!」

 廃ビル内に、男の子の叫び声が木霊した。

「ッ……!?……蜂谷君!?」

 間違いない。

 これ、蜂谷君の声だ。

 その叫び声は、上の階から聞こえた。

 私はライトで階段を照らす。

 怖いけど、行くしかない。

 勇気を振り絞って、階段を上がっていった。

 その間も、蜂谷君の悲鳴が聞こえる。

 そしてたまに、違う声も混ざっていた。

 私は声に導かれて進んでいく。

「あっ……!」

 3階まで上ったところで、ルルちゃんを見つけた。

 ルルちゃんは1つの部屋の中の様子を、入り口の隅で伺っていた。

「ルルちゃん!」

 私はルルちゃんに駆け寄った。

 ルルちゃんは私を見るなり、慌てるような素振りを見せた。

「由希!?どっ、どうして来たル!?」

「蜂谷君達が心配で…。この中に居るの?」

「まっ、待って!危ないル!」

 私がその部屋に入ろうとすると、ルルちゃんに止められた。

「危ないって…。それはそうだよ。こんなところ早く出よう」

「そういうことじゃないんだル!とりあえず覗いてみるル!」

「覗いてみるって……」

 正直、のんびりしている時間は無いと思う。

 だけどルルちゃんは慌てて飛び回って、私の行く手を阻んだ。

 それに、何故か小声だ。

 そんなに危ないものがあるのかな。

 ルルちゃんの言う通り、私は入り口からこっそり部屋の中を覗いた。

「ッ______!!」

 部屋の奥の方で、蜂谷君が倒れているのが見えた。

 体をピクピクと痙攣させている。

 起き上がれないみたいだ。

 よく見たら、蜂谷君は右腕を抑えて痛そうにしていた。

 怪我してるのかな…。

 蜂谷君の前には、小池君と大久保君。

 そして奥の方に、何人か人影が見える。

 私達くらいの背丈の影が1つと、大人くらいの背丈の影が4つと…それから、大柄で角が生えた人影が1つ。

 ……大柄の人は、本当に人なのかな。

 正直そうは見えないけど、その部屋に居る人達は、蜂谷君を囲んで見下ろしていた。

 そんな中で、私達と同じくらいの人影が前に出てきた。

 そしてその人は、蜂谷君の右手を思いっ切り踏み付けた。

「ぎゃぁアアアアアアアアアアアア______!!!」

 その瞬間、蜂谷君が絶叫した。

 ……ダメだ。

 大人しく見ているなんて、無理。

「蜂谷君!!」

 私は一気に部屋の中に踏み込んだ。

 その場に居る人達なんて気にせず、痛みに悶える蜂谷君を抱き起こす。

 右手の指が、3本折れていた。

 指だけじゃない。

 右腕の骨まで、あり得ない方向に曲がっている。

 そもそも、体中ボロボロにされていた。

「きゅ…救急車!」

 私はそう言いながら、119番に掛けようとする。

 その時だった…。

「えっ……!?姫路さん!?」

 聞き慣れた声で、名前を呼ばれた。

 私は咄嗟に顔を上げる。

 目の前に立っていたのは、黒部君だった。

「黒部君…!?……なん…で…?」

 私の中で、時が止まったような感覚があった。

 どうして黒部君が…。

 黒部君はこんなところで何をしているの。

 私は部屋の中を見渡した。

 丁度暗闇に目が慣れてきたところだった。

「………え?」

 おかしな姿の人達が、そこに居た。

 体が黒ずくめだけど、顔が釘になっている人…。

 それから顔が、ロープの束になっている人、バットの人、剃刀の人…。

 その人達の姿は奇妙だったけど、1番存在感があるのは、大柄の人。

 全身筋肉質で、カブトムシみたいな甲冑を身に着けている。

 身長も多分、2mくらいはあるかも。

 凄く、強そう。

 そして、そのカブトムシの人の傍らに、アンテナみたいな物があった。

 それには蜘蛛のような細い脚が4本ある。

 ……生きてるのかな。

 そもそも、この人達は本当に人なのかな。

 誰かが仮装しているようにも見えない…。

 黒部君とこの人達は、どういう関係なの?

「姫路さん?どうしたの?」

 黒部君が、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 ……なんでだろう。

 今はその顔が、恐ろしく見えた。

 でも、きっと気圧されてたらダメだ。

 訊かないと…。

「あの…黒部君……」

「うん?何だい?」

「この人達は誰なの?黒部君とどういう関係なの?黒部君は、ここで何をしているの?」

 私は疑問に思っていることを、一気に吐き出した。

 黒部君が驚いた顔をしている。

 一度に言い過ぎたかな……。

 そう思っていると、黒部君が周りを見て、そして優しく笑って口を開いた。

「あ〜ごめんごめん。変な見た目の奴ばっかりでビックリしたよね〜」

「或斗様!見た目が変とか酷いんだゾ!」

「あぁ悪い悪い。気にするなよ」

 黒部君はカブトムシの人にツッコまれた。

 兜で口が隠れて見えなかったけど、あの人、喋るんだ……。

 それにしても、“或斗様”って…。

 まるで、黒部君に従ってるみたい。

「コイツらは僕の眷属だ」

「眷属って……?」

「手下って意味だよ。僕、最近凄い力を手に入れてね。それでコイツらを作ったんだ」

 黒部君は自慢げにそう言った。

「作った……?黒部君が、この人達を……?」

「そう言ってるじゃないか。現実的な話じゃないのは解るけど、理解してほしいなぁ」

 そう言われても、理解が追いつかない。

 釘の人達も、カブトムシの人も、アンテナも、皆黒部君が作ったというの…。

 いったいどうやって…。

 ……黒部君は、最近凄い力を手に入れたって言った。

 それは多分、きっと私が見たこともない、不思議な力なのだろう。

 具体的にどんな力なのかは解らないけど、黒部君は、その力で何を……。

「あぁそうだ。ここで僕が何をしてるのか…だったね」

 黒部君は思い出したようにそう言うと、ニヤリと笑った。

 私の背中に、自然と冷たい汗が伝った。

「罰を与えていたんだ」

「罰……?」

「そう、その馬鹿に罰を与えてたんだ」

 黒部君は軽蔑するような目で、蜂谷君を指差した。

「そいつは長きに渡ってこの僕に嫌がらせをしてきた。馬鹿の分際で……。まぁ僕は心が広いから、多少のことには目を瞑ろうと思ってたよ。だけどそいつは調子に乗り過ぎた。よく言うよね?仏の顔も三度までって…。流石に僕も限界でさぁ。だから罰を与えたんだよ。もちろんそっちの2人にもね」

 黒部君は今度は小池君と大久保君を指差した。

 怪我をしている2人は、怯えた顔でビクリと体を震わせた。

 その怪我も、黒部君と、その眷属さん達が負わせたものなのかな…。

 罰…。

 確かに蜂谷君と小池君、それから大久保君は、黒部君をいじめていた。

 私とマユちゃんが止めたこともあったけど、それでも蜂谷君達はやめなかった。

 黒部君の言う通り、蜂谷君達に非があったのかもしれない。

 だけど…これは……。

「やり過ぎ……なんじゃないかな…」

 私は、自然とそう言っていた。

 その言葉を聞いて、黒部君の顔が歪む。

「やり過ぎだって…?」

 不満が籠もった口調で、そう言われる。

 恐い、けど…。

 私が怯んだら、黒部君は蜂谷君に、さらなる暴力を加える。

 そんな気がした。

 ……こうなったら、なんとか説得するしかない。

「なに?姫路さん。そのクズの肩持つの?」

「そっ、そういう訳じゃないけど…。だけど、これはやり過ぎなんじゃないかな」

「何言ってんの?コイツらは人間のクズだ。人の痛みが解らない大罪人だ。だからこれくらいしないと自覚しないんだよ。自分が悪だって」

「……確かに、先にいじめてきた蜂谷君達が悪いよ。黒部君も、ここまでしないといけないくらい追い詰められてたって、ことだよね……」

「ッ!!……解ってくれたようだね!」

「……ごめんね。それでも、黒部君には共感できない。仕返ししたかったのは解るよ。でも、大勢で囲んで、こんなに酷い怪我をさせるなんて…。これじゃあ……」

「……?姫路さん?」

 私は途中で言葉を詰まらせた。

 これを言ったら、きっと黒部君を傷つけることになる。

 そしてその後、黒部君が何をするのか解らない。

 だけど、肯定したらダメだ。

 このままだと、黒部君は悪い道に進んじゃう。

 それは嫌だ。

 少しだけど、黒部君とは最近仲良くなってきたばかりなんだから。

「これじゃあ……蜂谷君達と同じだよ!」

 私は勇気を出して、言葉を紡いだ。

「ッ……!!」

 黒部君の表情が、さらに強張る。

 大丈夫、きっと届いてる。

 そのまま言葉を続けるんだ。

「だから_____」

「ふざけんなよ!!!!」

「ッ……!!」

 私の言葉は、黒部君の怒号で遮られた。

 黒部君の顔は、怒りに満ちていた。

「この僕が、こんなクズ共と一緒だって!!?ふざけんなよ!!!僕を侮辱したいのか!!!?」

「そっ、そういう訳じゃ……」

「じゃあどういう訳なんだよ!!!」

 黒部君はそう叫んで、私の頭を殴った。

「痛っ……」

 私は痛みで頭を抑える。

 そうしていると、黒部君は私の胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせた。

「失望したよ姫路さん。きみとなら仲良くしてやってもいいと思ってたのに……」

「黒部…君……!」

「よ〜〜く解ったよ。きみもクズだってことがね!!」

 そう言って黒部君が拳を振り上げた。

 殴られる。

 そう思った私は、反射的に目を瞑った。

 でもその時…。

「やめるルーーーーーーーー!!!」

 ルルちゃんが部屋の中に飛び込んできた。

 そして黒部君の顔に貼り付く。

「うわっ!なんだ!?」

 黒部君が慌ててルルちゃんを剥がそうとする。

 それと同時に、私は解放された。

 そのまま床に両膝を着く。

「ケホッケホッ…。……ルルちゃん…!!」

 咳き込みながら、視線を上げた。

 黒部君はルルちゃんを引き剥がすために、必死になっている。

 周りの眷属さん達も、戸惑ってるみたい。

 もしかしたら、今なら逃げられるかも……。

「小池君!大久保君!」

 私は2人に声をかけた。

 それから、蜂谷君を起こす。

「蜂谷君をお願い!病院に連れていってあげて!」

「えっ、えぇ…」

「でも……」

 小池君と大久保は、戸惑っているみたいだ。

 2人の視線の先には、黒部君が居る。

 この2人も、黒部君達に怪我をさせられたんだ。

 きっと黒部君が恐いんだ。

 だけど、今は2人の力が欲しい。

 私だけで、この場を切り抜けるのは無理だ。

「黒部君は私がなんとかするから!だから蜂谷君と逃げて!」

「ッ……!?」

「なんとかって……?」

「早く!!」

「いっ…!!?」

「わっ、解った……!」

 2人が蜂谷君を担ぎ上げて、慌てて部屋から出ていく。

 よかった。

 ひとまずこれで大丈夫。

 あとは3人が逃げられるくらいの時間を稼がなきゃ。

 私は部屋の方に視線を戻す。

“ベシッ!!”

「ル”ッ!!!」

 ルルちゃんが黒部君に掴まれて、床に叩きつけられていた。

「ルルちゃん!」

 私は慌ててルルちゃんを掬い上げた。

 それと同時に、黒い影が私達に被さる。

 目の前に立っていたのは、やっぱり黒部君だ。

「……姫路さん、そいつと知り合いなの?」

 黒部君は、こんなことを訊いてきた。

 その目はとても冷たかった。

 まるで何か、嫌な物でも見るみたいな……。

「この子とは、さっき出逢ったばかりだけど……。黒部君は、ルルちゃんのこと知ってるの?」

「知ってるも何も、そいつは僕の野望を邪魔する存在だ。そんな奴は消さなきゃ」

 淡々とそう言いながら、黒部君がルルちゃんに手を伸ばす。

 私は反射的に、ルルちゃんが取られないように抱き締めた。

「何するの姫路さん。そいつ渡してよ」

「……黒部君の野望って、何なの?」

 正直そこは引っかかる。

 黒部君は、何がしたいのだろう。

 眷属さん達を作って従えるくらいの力を手に入れて、蜂谷君達に仕返しをしていた。

 それに、ルルちゃんが邪魔って…。

 黒部君の野望って、いったい何なのだろう。

「ハハッ、そんなに気になるんだ?」

 黒部君が前髪を掻き上げて、得意げに笑った。

 まるで訊いてくれるのを、待っていたかのように。

「僕の野望は、この世界を支配することだ」

「世界を、支配……?」

「そう。この世の中ってさぁ、腐ってるよね。あの3馬鹿みたいな奴らが調子に乗って、野ばらしにされてるんだ。そしてそんな馬鹿共の存在を許してる国のトップも腐ってる。だから、僕が代わりに仕切ってやるんだ。この世の王になって、馬鹿共を消して、秩序ある世界を作るんだ。それが僕の野望だよ」

「………」

 今度こそ、理解が追いつかなかった。

 馬鹿な人達を消してしまおうなんて、そんなの過激すぎる。

 それに、秩序ある世界を作るって……。

 聞こえはいいけれど、黒部君のやったことが、どうしても頭に過ぎる。

 仕返しとして、蜂谷君達に怪我をさせたことが…。

「そんなの間違ってるル!」

 突然私の胸の中で、ルルちゃんが叫んだ。

「なに…?」

 それを聞いた黒部君の額に、青筋が立った。

 だけどルルちゃんは怯まなかった。

「秩序がある世界を作るとか立派なこと言ってるけど、きみはただ、ムカつく奴をいじめたいだけなんだル!きみの言う馬鹿って、自分にとって都合の悪い人のことなんだル!」

「なんだと……!?」

「さっきから強い人みたいに振る舞ってるけど、大勢で1人を痛めつけたり、都合の悪い人を消そうとしたり…。そんなの、弱い人間がすることなんだル!」

「黙れ!!!」

 怒りが籠もった声で、黒部君が叫ぶ。

 それは、今までで1番大きい声だった。

 目の前の男の子が、本当に黒部君なのか解らなくなるくらいに…。

「ゴミの分際で僕……俺に意見してんじゃねぇよ!!お前は殺す!!絶対殺す!!!」

 そう言いながら、黒部君が手を伸ばしてきた。

 私はルルちゃんを抱き締めたまま、背中を向けた。

「……姫路さん、そいつ渡してよ」

「……渡さない」

「渡せって!!!」

 黒部君は私の背中を思いっ切り蹴った。

「う”あ”っ____!!」

 私は床に、前のめりに倒れた。

 背中への衝撃で、一瞬息が止まる。

「渡せ渡せ渡せ渡せ!!!」

 黒部君は諦めず、私の体を蹴って、踏みまくる。

 痛い。

 苦しい。

 凄く、痛い。

「由希!」

 胸の中で、ルルちゃんが叫ぶ。

「大丈夫…。大丈夫……だから…!」

「由希……」

 私は掠れた声で、ルルちゃんにそう言い聞かせた。

 ルルちゃんを渡す訳にはいかない。

 私はただ、ダンゴムシみたいに体を丸めてひたすら耐えた。

「いい加減、渡せよ!!!!」

 ここで黒部君が、今までで1番強い蹴りを放った。

「う”ぅ”ッ……!!!」

 私の体が、部屋の玄関前まで転がった。

 それでもルルちゃんは、離さなかった。

「ハァ……ハァ………」

 黒部君は息を荒げていた。

 私を蹴りまくって、疲れてしまったのかも。

「……姫路さんさぁ、いい加減しつこいんだよ。そいつ渡せよ。もう痛いの嫌でしょ?きみには助けてもらったことあるし、あんまり乱暴したくないんだけど」

「……嫌だ」

 私は痛む体に鞭打って、立ち上がった。

 痛いのは確かに嫌だ。

 そしてここからさらに痛いことが待っていると思うと、恐ろしくてたまらない。

 だけど、ここでルルちゃんを渡してしまったら、一生後悔することになると思う。

 だから……。

「ルル…ちゃんは……、渡さ…ない!!」

 私は黒部君に、はっきりそう宣言した。

「……あっそ」

 後頭部をポリポリと掻いて、黒部君は私を凝視した。

 その目からは、失望が読み取れた。

「もういいよ。お前ら、奪い取れ」

 黒部君は後ろに居る眷属さん達に命令する。

「了解なんだゾ」

 カブトムシの人が応える。

 他の黒ずくめの人達も、ジリジリと私に迫ってくる。

 私は走って逃げようとした。

「うっ……!」

 だけど黒部君に踏まれた脚が痛み、その場に転んでしまった。

 そしてその拍子に、ルルちゃんを手放してしまった。

「ッ……!!ルルちゃん!!」

 私はルルちゃんに手を伸ばした。

「由希……。……きみなら!」

 そう呟いたルルちゃんが、私の頭上に飛び上がった。

 いつの間に持っていたのか、両手で白いコンパクトを抱えていた。

 コンパクトが、自然と開かれる。

 その途端、白くて眩しい光が放たれた。

「うわっ!眩しいんだゾ!」

「ぐっ…まさか!!」

 黒部君と眷属さん達が、光によって怯む。

 だけど私には、何故かその光が心地良く感じた。

 そのコンパクトが、ゆっくりと落下する。

 中には白くて綺麗な宝石が埋め込まれていた。

 そしてコンパクトは、私の手元に落ちた。

「由希」

 私の目の前に、ルルちゃんが舞い降りてくる。

 そして真っ直ぐな目で、私を見つめた。

「そのコンパクトの宝石に触ることで、あいつらに対抗できる力が手に入るル」

「黒部君に対抗できる……力?」

「そうだル。優しいきみになら、この力をあげても良いと思ったル。さぁ…宝石に触れるル!」

 私はコンパクトを見つめた。

 それは神秘的というか、魅力的というか…。

 人を惹きつける何かがあるように思えた。

 実際に私の手は、自然とコンパクトへと伸びていた。

「やめろ!!!」

 その声に、私の体が強張る。

 叫んだのは、黒部君だった。

「そっ、それに触れるな!!後悔することになるぞ!!!」

「……後悔?」

「そ、そうだ!!!それを使って変身したら、待ってるのは地獄だぞ!!!」

「……地獄って」

 黒部君は、何故か取り乱している様子だった。

 後悔…。

 待っているのは地獄……。

 不穏なことを言っているけど、目の前のコンパクトからはそんな雰囲気は感じない。

 私はルルちゃんを見た。

 ルルちゃんもまた、真剣な目で私を見つめ返した。

「ッ……!!」

 私はコンパクトを拾い、立ち上がる。

 そして黒部君達に、向き直った。

「なっ……!!姫路さん……!!!」

「……いろいろ思うことはあるけれど、黒部君……、やっぱり、あなたを止めなきゃ」

「ッ……!!?」

「今話し合ったところで、あなたは止められない。あなたが力で訴えてくるのなら……私も、それに応える!」

 この宝石に触れた先に、何が待っているのか解らない。

 だけどもう、覚悟は決まってる。

 私は素早く宝石に触れた。

 その途端、私は白い光に包まれた。

 何が起きているのかよく解らないけれど、着ている服が脱げて、新しい衣装を着せられているような…。

 そういう感覚があった。

 そして光が晴れると、その場に居る皆の視線が、私に釘付けになっていた。

 周りを見ても、特に変わったところはないように見える。

 じゃあ変わったのは、やっぱり私自身…。

 私は自分の体を見回した。

「何…これ……?」

 自分の格好に困惑する。

 白いボディスに、白い花のように広がった袖口。

 フリル付きのふわりとした、空色スカート。

 腰回りを結ぶ、ピンクのリボン。

 胸元にもピンクのリボンが付いていて、その中心で、白いブローチが輝いていた。

 膝下までの桃色のソックスに、ピンク色に輝く靴。

 肩がスースーすると思ったら、この衣装はオフショルダーだった。

 衣装だけでも驚きだけど、1番驚いたのは、髪の毛の変化だった。

 真っ白になっていて、腰くらいまで長くなっている。

 ツインテールに結ばれた白い長髪が気になって、私は自然と指で弄っていた。

「変身成功だル!由希、綺麗で可愛いル!」

 ルルちゃんがそう言いながら、私の周りをくるくると飛び回る。

 そこで私は、ようやく我に返った。

「ルルちゃん……。これが、力なの……?」

「その通ル!その姿だったら、いつもの倍のパワーが出せるル!」

「いつもの倍の、パワー………」

 そう言われてみると、体が軽い気がしてきた。

 それに、さっき黒部君に蹴られた時の痛みも感じない。

 今だったら、何でもできそうな気がしてきた。

「……チッ。ここでどうにかするしかねェな」

 黒部君が、小さく冷たい声でそう言った。

 そしてゆっくりと右手を上げて、私達を指差した。

「お前ら、コイツらを捕まえろ」

「……合点なんだゾ」

 眷属さん達が動き出す。

 黒部君は、本当にやる気なんだ。

「由希、来るル!」

「うん……!」

 話し合いで解決したいところだけど、仕方がない。

 まずは眷属さん達をなんとかしなきゃ。

 私は拳を強く握り締めた。

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